愛する婚約者は、今日も王女様の手にキスをする。

古堂すいう

文字の大きさ
71 / 79
覚悟

ずるい人

しおりを挟む
「……よく、分かったわ。……あなたって意外とずるい人ね」

ガブリエルはその言葉が意味することをよく分かっているのだろう。自嘲気味に睫毛を伏せる。

「死に際に悔いに思うだなんて言われて、私があなたと距離を取るような薄情な女じゃないって分かっていて、そんな言い方をするんだもの」
「……すまない」
「謝らなくてもいいわ。……本当のことだもの」

ロメリアは毛布を被るのをやめて、ガブリエルの身体に細い腕を回した。

大きな身体はとても冷たくなっていた。長い間、身体で風を受けていたせいだろう。

「細くなった」

耳元でガブリエルの声が響く。哀憐の滲む声音に、ロメリアは苦笑を零した。

「大丈夫よ、死んだりしないわ……」

囁くように告げた瞬間、ガブリエルの腕の力がふいに弱まる。

怯えるようなその動作に驚いて顔を上げると、ガブリエルは陰鬱とした面持ちのまま口を開いた。

「私が望むことは、君に無理を強いることになる」

ガブリエルの言うことは端的ではあるが、的を得ていた。

彼は言外に聞いているのだ。

共にいることを望んだ場合、ロメリアの不安がさらに大きくなって苦しむのではないかと。

正直に言えば、王女殿下と結ばれる運命にあったはずの男の傍にいて、心中穏やかでいられるはずはない。

だが、「悔いが残る」という彼の言葉に、ロメリアは改めて考えさせられたのだ。

自分にとって「悔いが残る」こととは何なのか。前世を思い出して以来、現状の苦しさから逃れることばかり考えていた。だから、この世界で自分が死ぬ時にあるはずの「心残り」など全く考えもしなかったのだ。

自分にとっての心残り……。

今この時をもって、ガブリエルと離れることを選んで「悔いはない」と言い切れるのか。

答えは決まっていた。

「……私もあなたと同じよ。あなたと離れたら悔いが残るわ」

もちろん、全く悔いの残らない人生などないことは分かっている。だが、その大小なら計れると思うのだ。大きな悔いか、小さな悔いか。

今、すべてを諦めてガブリエルと離れると決め、平穏無事な生活を送れたとして。

死ぬ間際に残るのは大きな悔いか、小さな悔いか。

きっと「あの時、望み通りにしていれば」「自分の願いを叶えるためにしがみついていれば」そんな風に悔し涙を流す己の姿が目に浮かぶ。

決して小さくはない悔いが残ることになるだろう。

「……ありがとう」
「またお礼を言うのね……。そんなの必要ないわ。私があなたといたいだけだもの。……でも、そうは言っても、やっぱりこんな姿だからしばらくは会いに来ないで欲しいわ。あなただって忙しいでしょうし、しばらく待っていて頂戴」

ロメリアの言葉に、何故かガブリエルは硬直した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません~死に戻った嫌われ令嬢は幸せになりたい~

桜百合
恋愛
旧題:もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません〜死に戻りの人生は別の誰かと〜 ★第18回恋愛小説大賞で大賞を受賞しました。応援・投票してくださり、本当にありがとうございました! 10/24にレジーナブックス様より書籍が発売されました。 現在コミカライズも進行中です。 「もしも人生をやり直せるのなら……もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません」 コルドー公爵夫妻であるフローラとエドガーは、大恋愛の末に結ばれた相思相愛の二人であった。 しかしナターシャという子爵令嬢が現れた途端にエドガーは彼女を愛人として迎え、フローラの方には見向きもしなくなってしまう。 愛を失った人生を悲観したフローラは、ナターシャに毒を飲ませようとするが、逆に自分が毒を盛られて命を落とすことに。 だが死んだはずのフローラが目を覚ますとそこは実家の侯爵家。 どうやらエドガーと知り合う前に死に戻ったらしい。 もう二度とあのような辛い思いはしたくないフローラは、一度目の人生の失敗を生かしてエドガーとの結婚を避けようとする。 ※完結したので感想欄を開けてます(お返事はゆっくりになるかもです…!) 独自の世界観ですので、設定など大目に見ていただけると助かります。 ※誤字脱字報告もありがとうございます! こちらでまとめてのお礼とさせていただきます。

【完結】薔薇の花をあなたに贈ります

彩華(あやはな)
恋愛
レティシアは階段から落ちた。 目を覚ますと、何かがおかしかった。それは婚約者である殿下を覚えていなかったのだ。 ロベルトは、レティシアとの婚約解消になり、聖女ミランダとの婚約することになる。 たが、それに違和感を抱くようになる。 ロベルト殿下視点がおもになります。 前作を多少引きずってはいますが、今回は暗くはないです!! 11話完結です。 この度改編した(ストーリーは変わらず)をなろうさんに投稿しました。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

私のことを愛していなかった貴方へ

矢野りと
恋愛
婚約者の心には愛する女性がいた。 でも貴族の婚姻とは家と家を繋ぐのが目的だからそれも仕方がないことだと承知して婚姻を結んだ。私だって彼を愛して婚姻を結んだ訳ではないのだから。 でも穏やかな結婚生活が私と彼の間に愛を芽生えさせ、いつしか永遠の愛を誓うようになる。 だがそんな幸せな生活は突然終わりを告げてしまう。 夫のかつての想い人が現れてから私は彼の本心を知ってしまい…。 *設定はゆるいです。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~

志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。 政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。 社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。 ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。 ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。 一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。 リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。 ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。 そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。 王家までも巻き込んだその作戦とは……。 他サイトでも掲載中です。 コメントありがとうございます。 タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。 必ず完結させますので、よろしくお願いします。

陛下を捨てた理由

甘糖むい
恋愛
美しく才能あふれる侯爵令嬢ジェニエルは、幼い頃から王子セオドールの婚約者として約束され、完璧な王妃教育を受けてきた。20歳で結婚した二人だったが、3年経っても子供に恵まれず、彼女には「問題がある」という噂が広がりはじめる始末。 そんな中、セオドールが「オリヴィア」という女性を王宮に連れてきたことで、夫婦の関係は一変し始める。 ※改定、追加や修正を予告なくする場合がございます。ご了承ください。

処理中です...