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第2章 14歳:嫉妬

第38話 「ど、どうしているの?」

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 十時半。自室に戻る道中、私はふと、リュカの手紙を思い出した。


 ◆◇◆


 マリアンヌへ

 今日、時間がある時でもいいから、僕の部屋に来てくれないかな。渡したい物があるんだ。だから、できれば一人で来てほしい。

 リュカ・ドロレ


 ◆◇◆


「今日って書いてあったけど、もうリュカはオレリアと領地に行ったのよね。なのに、どうして“今日”って書いてあったんだろう」

 う~ん。もしかして、その“渡したい物”が部屋に置いてあるから、取りに来いってことかな。一人っていうのも、エリアスに知られたくない、とか。

 それだと辻褄が合う。……今ならエリアスに知られずに、リュカの部屋に行ける……。一人で。

「リュカの部屋に寄って、すぐに戻れば、エリアスにバレないよね」

 私は廊下を見渡す。皆、オレリアの見送りで出払ってしまい、廊下には誰もいない。窓の外に目を向けても、同じだった。

 うん、大丈夫。ちゃちゃっと用事を済ませよう。

 私は廊下の角で、ユーグがこっそり見ていたことに気がつかず、リュカの部屋を目指して歩き始めた。


 ***


 十時四十五分。リュカの部屋に到着。いないと分かっていても、一応扉をノックした。勝手に入る罪悪感からだろうか。

「はい」
「え?」

 しかし、なぜか部屋から返事が返って来た。それも、いないはずのリュカの声で。

 どうして? と驚いている間に、扉が開く。そこに立っていたのは、灰色の髪の少年。

「リュカ?」
「お嬢様。良かった。なかなか来られないから、今日は無理なんじゃないかと思いました」

 青い瞳が安堵の色を見せる。逆に、マリアンヌのオレンジ色の瞳は、動揺の色に揺れていた。

「ど、どうしているの? 領地に、オレリアと行ったんじゃなかったの?」
「あぁ、僕は明日、向かうように言われているんですよ」
「誰に?」

 だって、エリアスはオレリアから、今日一緒に領地に行こうと誘われたって。リュカと交換してほしいと言われたって。

 エリアスが嘘をついた? ううん、そんなことはあり得ない。だったらなんで?

「それはお嬢様でも言うことはできません」
「お父様は知っているの?」
「一使用人のことなど、旦那様がすべて把握はしていませんよ」

 確かに。私でさえ、このカルヴェ伯爵邸に、何人使用人がいるのか知らない。その一人一人の行動など、尚更だ。

「それよりも、手紙に書いた通り、お嬢様にお渡ししたい物があるので、どうぞ中に入ってください。いつまでもお嬢様を立たせたままにしたくないので」
「う、うん。お邪魔させてもらうね」

 なんだろう、嫌な予感がするけど、大丈夫だよね。攻略対象者であるリュカが、ヒロインの私に危害を加えるなんて、あり得ないもの。

 大丈夫、大丈夫。

 私はリュカに促されて、部屋に一つしかない椅子に座らされた。

「少しだけここで待っていてもらえますか。お茶をお持ちしますので」
「えっ、いいわよ。そこまでしなくても。受け取ったらすぐに出て行くつもりでいたんだから」
「そんなことを仰らないでください。お嬢様とは、なかなか時間が取れないのですから、せめてお茶を飲む時間くらい、僕にはくれないんですか?」
「ううん。お茶を飲むくらいなら、時間はあるわ」

 リュカにそこまで言われてしまうと、拒否できなかった。今まで蔑ろにしてしまった罪悪感が湧きあがって。

 私の返事に満足したリュカは、ティーセットを取りに、部屋を出て行った。一人、取り残された私は、部屋の中を見渡す。

 椅子の近くには、普段リュカが使っている机があった。その上を見ても“渡したい物”がない。

 あまり他人の部屋をじろじろ見るのはいけないんだけど、すぐに戻ってこないだろうから、少しくらいいいよね、と椅子から立ち上がった瞬間、扉が開いた。

「お待たせしました」
「え? は、早くない?」
「あぁ、いつでも来てもいいように準備していたんですよ」

 そうなんだ、と私は椅子に座り直した。その間にリュカは、ティーセットが乗ったお盆を机の上に置き、カップにお茶を注ぐ。

「どれくらい練習したの? 随分様になっているね」
「ありがとうございます。お嬢様にそう言っていただけると、とても嬉しいです」

 リュカはそう言って、注いだカップを手渡す。この部屋には他にテーブルがないから、私はそのままの流れでカップに口を付けた。

「どうですか?」
「うん。おいし……い……うっ!」

 ガシャン! ガタン!

 カップが床に落ちた音と、私が椅子から落ちた音は同時だった。

 く、苦しい。喉が、胸が、焼けるくらい、苦しい。

「うっうう……あぁぁぁ……」

 喉元と胸を抑えられずにはいられない。

「げほっげほっ……うっ……」

 咳が出た瞬間、床が赤く染まった。それが血だと認識している暇もなく、さらに喉が押し上げられて、私は続けて血を吐いた。

 痛い。胸が痛いよぉぉぉ。助けて、助けて、エリアス。痛くて堪らない……!

「うっ……あっ」
「マリアンヌっ!!」

 再び血を吐いた瞬間、勢いよく扉が開いた。私は息を切らせて駆け寄ってくる音に向けて手を伸ばす。血に染まった手を、相手は躊躇ためらわずに掴み取る。

「マリアンヌ! 俺が分かるか?」

 体の下に腕を回されて、仰向けになった。会いたかった顔に、胸を抑える手を向けたくても、苦しくて動かせない。

「エ……リア……ス」

 私は絞り出すように、相手の名前を必死に呼んだ。助けて、という言葉までは出せずに、私は意識を失った。
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