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第3章 16歳:出生

第50話 「エリアスではダメなんですか?」

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 私、マリアンヌ・カルヴェの毒殺未遂事件があってから、二年。お父様の言葉通り、私の我儘が通用しない件が発生した。
 正確には一年前に、私の護衛が変わったのだ。

「今まで通り、エリアスではダメなんですか?」

 冬の最中さなか。お父様の執務室の暖炉だんろから、パチパチと薪が燃える音がしていた。

「ダメではないよ。マリアンヌがエリアスを護衛のままでいさせたいのなら、変えないけど」
「うっ」
「マリアンヌも分かっていると思うが、エリアスにはこれから学ばなければならないことが山ほどあるんだ。護衛をしている暇はないほどにね」

 つまり、エリアスと結婚する気がないのなら、護衛のままでいいと。けれど夫とするなら、伯爵として教育しなければならない、とお父様は言っているのだ。

 分かっているけど。私とエリアスが四六時中一緒にいるのが、ただ単に嫌なだけじゃないのかな、お父様としては。

「では、しばらくエリアスとは会えないということですか?」
「そこまで鬼じゃないよ。マリアンヌに嫌われたくないし、例の件が解決していない以上、エリアスも落ち着かないだろうからね」

 例の件とは、ポールのことだ。結局、叔父様もオレリアも、取り調べでポールの名前を出さなかった。
 弱味を握られているとは思えないから、便利な駒くらいにしか認識していないんじゃないか、とお父様は言っていた。

 それはそれで不可解なことだった。叔父様たちとポールの認識が違うのなら、目的は何なんだろうか。

 なぜ、私を殺そうと? お母様もポールが殺したの?

「だから、一日一回。就寝一時間前までだったら、会いに行っていいことにしよう。勿論、エリアスからだよ。間違っても、マリアンヌから会いに行けば禁止にするからね」

 そう言ったお父様の目が怖くて、私は反論できずに頷いた。干渉し過ぎじゃないかな、と思いつつ。


 ***


 夕食後。部屋に戻ってからしばらくすると、扉がノックされた。私は返事をする前に、小走りで歩みを進める。
 すると、向こう側にいる人物は、私の足音が止まるのを確認してから、ゆっくりと扉を開けた。

「エリアス」

 一年前、お父様に告げられてから毎日、同じ時間帯にエリアスはこうして私に会いに来てくれていた。
 待つしかできないのがもどかしいけど、必ず来ると分かっている時間に来てくれるのは、とても嬉しかった。

「マリアンヌ」

 扉を閉めると、私の名前を呼んで抱き締めてくれる。その安堵する声に、私もエリアスと同じ気持ちになった。
 いくら攻略対象者だからといっても、一人の人間。心が離れてしまうことだってあると思うから。
 普段、エリアスがどこで何をしているのか分からない以上、その不安は消えなかった。

 それはエリアスも感じているみたいで、このあとは決まってこう尋ねる。

「今日は何をしていた?」

 普通だったら束縛を感じる質問だけど、三年間、私の行動を把握していたからか、そんなに気にならなかった。
 エリアスだからというのも……多分、あるんだと思う。

「一日中、外に出ていたわ」
「……最近、多くないか? 毎日聞いているような気がする」
「そう? 多分、外出をとがめる人がいないからだと思う」

 クスクス笑って見せると、体を引き離された。不満そうな顔が目に入る。

「ふふふっ。そんなに怒らないで。エリアスにお土産を買ってきたんだから」
「っ!」

 途端に嬉しそうな顔に変わったのが可笑しくて、口元を手で隠しながら、机の方へ向かって歩いて行った。

 この二年で、私も背は伸びたけど、エリアスはもっと伸びて、今では頭一つ分の差がある。それなのに、中身は四年前のまま。
 形の悪いマリーゴールドの押し花の栞を渡した時と同じ反応をしてくれる。
 こういう時のエリアスは、格好いいというよりも、可愛く見えた。本人に言ったら、また不満気な表情に戻るだろうから、言わないけど。

 私は引き出しから緑色の小さなケースを取り出した。

「カフスボタンなんだけど、シャツに付ければ、上着で隠れるし。目立たないような物を選んだんだけど、どうかな」

 ケースを開けて、エリアスに見せた。何にでも合うような、銀色の四角いカフスボタンを。

 一応、伯爵邸でのエリアスの立場は使用人のままで、私と特別な関係であることは、まだ隠している。
 薄々気づいている者もいるから、こういう物をあげても問題はないんだけど。
 それによって、エリアスが嫌な目に遭うのは嫌だから。

「上着に付けたいな」
「ダ、ダメよ! 支給されているのと違うのをしたら、その、バレるわ」
「俺が毎日、マリアンヌに会いに来ているのに、どうしてバレないと思うんだ?」
「えっ」
「もう皆、知っているよ」

 嘘! そうなの?

「だったら、もっと良いのを買ってきたのに」
「例えば?」
「実はね、押し花みたいなお花を加工した物を、カフスボタンの中に入れられるんだって」

 その花は、できればマリーゴールドがいいと思ったんだけど、黄色やオレンジ色は目立つから、諦めるしかなくて。
 エリアスにそれ以外の花は、やっぱりあげたくないから。

「それはどこで? どこに行ったら作ってもらえる?」
「えっと、ごめんなさい。分からないの。ケヴィンが、そういうのがあるよって教えてくれたから」
「ケヴィンって?」

 あっ、マズい。でも、隠すよりは言わないと。変に勘繰られたら困るし。

「二年前、手助けしてくれたケヴィンよ。エリアスの知り合いだって言っていたから、多分、合っていると思うわ」
「会ったのか?」
「うん。ダメだった?」
「ダメじゃないけど」

 言葉を濁すエリアスに、私はトドメの一言を言った。

「最近外出が多いから、様子を見てくれってエリアスに頼まれたって言っていたけど、違った?」
「それは……違わないけど、マリアンヌの相手をしてほしいとは頼んでいない」
「じゃ、私がケヴィンと会ったこと、怒らないわよね」

 向こうが勝手にしたことで、私は巻き込まれただけ。不可抗力なんだから。

 そう。彼は攻略対象者の一人、商人のケヴィン・コルニュ。その人だった。
 エリアスルートに入っても、攻略対象者はヒロインである私と、どうしても会わなければいけないらしい。
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