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第4章 17歳:婚約

第107話 「勝手に決めておいて」

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「その方がマリアンヌも安心すると思ったんだ」

 再び流れ出した音楽に合わせて、会場の風景も変わる。先ほど、フィルマンとレリアがファーストダンスを踊り終えたからだ。

 それを境に踊り始める紳士淑女たち。
 私とエリアスもその流れに乗って、ダンスを楽しんでいる最中だった。いや、はずだったと表現した方がいい。

「安心って何の?」

 共に手を取っていても、私はエリアスと目線を合わせようとしなかった。

「勝手に決めておいて」

 周りには悟られないように、笑顔を作りながら、突き刺すような声で非難した。

「悪かった。だけど、あぁ言わなければ、あの場が収まらないことくらい、マリアンヌも分かるだろう」
「そうね。まるで決定事項のような話し振りだったから」
「だが、決めるのは俺たちじゃない。旦那様だ。いくら俺と殿下が口約束をしていても、カルヴェ伯爵である旦那様がダメだといえば、白紙になることもあり得るんだから」

 侍女や側近になることは、家長の許可が必要だと、エリアスはそう言いたいのだ。
 まだ爵位を継いでいない自分には、何の権限もない、ということを。

「だから、安易に答えたの? 私に聞く余裕がなかったわけじゃないのに」
「うっ……旦那様はマリアンヌを外に出したがらないから、大丈夫だと思ったんだ。……その……ごめん」

 私の右手を少しだけ強く握る。思わず視線を横にずらすと、捨てられた子犬のような顔が目に入った。

「……相談できる時は相談して。エリアスは頭の回転が速いから、そういうのは面倒かもしれないけど」
「分かった。気をつける」

 そう言って、また同じことをするんだから。
 エリアスは忘れてしまったのかもしれないけれど、前も似たようなやり取りをしていたのよ。

 あの時も確か、すぐに許したような気がする。エリアスが私に甘いように、私もエリアスに甘いから。

「約束よ、エリアス」

 私が苦笑すると、安心したのかダンスのステップも軽やかになる。
 さらに音楽もリズミカルなものへ。

「あっ」

 速い動きについていけず、足がもつれた。その瞬間、背中を支えていたエリアスの右手が腰に移り、体がさらに後ろへ傾く。
 恐怖で咄嗟に、エリアスの肩に手を伸ばすと、何故か右足を掴まれ、あろうことか持ちあげられた。

 あ、あれ? このポーズって……。

 気がつくと音楽が止み、周りから拍手が聞こえた。

 そっか。ラストだったから見せ場のように演出したのね。

「ありがとう、エリアス」
「マリアンヌの身を守るのは当然のことだからな」

 さすが攻略対象者。キザな台詞をさらりと……!

「とりあえず向こうに行こう。もしかしたら、足をくじいているかもしれない」
「大丈夫よ。痛くないから」
「ダメだ。確かめないと。それにもう踊りたくなかったら、挫いた振りをしていてもいいんだぞ」

 そう言われてしまうと、断れなかった。ダンスがあまり得意ではないことをエリアスは知っていたから。ここで取り繕っても意味はない。
 大人しく、人気の少ないところへ向かった。

「どうせなら、本当に足を挫いた時のような歩き方でもしようかな。そうすれば違和感はないと思うんだけど」
「……ない、けど。精神的によくない……というか、見たくない」
「振り、振りだよ。さっき、痛くないって言ったでしょう。演技だって」

 それでも、エリアスの顔は晴れなかった。

「わざわざそんなことをしなくても、誰も気にしない」
「あれだけ注目を浴びたのに? エリアスだって視線を感じるでしょう」

 社交界で見かけない男女が現れるのはよくあること。しかし、パッと出の者が、王太子に話しかけられることは珍しい。いや、あり得ないことだった。

 交流を深める社交界。そこにいる者たちの多くは、王族と接点を持ちたがるものだ。
 羨望? ううん。この視線は妬みによる値踏みだ。

 自分たちにプラスになるならば交流を、マイナスもしくは邪魔だと感じたら排除。
『アルメリアに囲まれて』でマリアンヌとエリアスが。現実ではレリアが経験した道だった。

 私だって頑張らなくちゃ! いつまでも無防備だって思われたくないしね。

「それなら一曲踊っただけで、足を挫いたと思われてもいいのか?」
「えっ。……で、でも足を診るって」
「……分かった。休憩で座ったあと、立ち上がったら痛みを感じた。これならおかしくないだろう?」

 が、がんば……頑張ろう。色んな意味で……!

「とりあえず、振りでも演技でも却下だ」
「…………うん」

 けれど私の体はふらっと横へ、エリアスの方に倒れた。

「マリアンヌ、演技は……」
「足じゃなくて、心の負傷で立っていられないの」

 容赦なくポキッと折られてしまったから。

「……ごめん」

 本日三度目となる言葉はもう、私の心に響かなかった。


 ***


 本当に足を挫いたかのように、エリアスに支えられながら、人通りの少ない通路に出る。

 貴族の屋敷というのは、広大だからなのか、通路や廊下に長椅子が置かれていることが多い。
 お客様を招いている時や、今日のように舞踏会が開かれている時などは重宝されているのではないだろうか。

 私たちもそれにあやかり、長椅子に腰を下ろした。

「マリアンヌ……」

 ちょっとやり過ぎたかな、と思うほどエリアスは気落ちしていた。まるで主人に怒られてしょげている子犬みたいに。

 まだ反省していてもらいたいんだけど。私はどうやら、この顔に弱いらしい。

「そんな顔をしないで、エリアス。もう怒っていないから」
「……ごめん」
「謝罪なら、もう貰ったわ」
「いや、そうじゃなくて、なんと言うか、今日の俺は余裕があまりないみたいなんだ」

 エリアスは前髪をかきあげながら、苦々しく笑った。

「招待客として参加するのは初めてなんだから、仕方がないじゃない。給仕とはまた違うでしょう」

 私だって作法が合っているか、ずっと緊張しているのよ。余裕なんてあるわけない!

 すると、エリアスの体が近づいてきて、私の肩に顔を乗せた。

「うん。そうなんだけど、別の理由もあるんだ」
「別?」
「あぁ。実は――……」

 エリアスが顔を上げた直後、通路の向こう側から足音が聞こえてきた。それも大勢の。

「な、何?」
「どうやら始まったようだな」
「何が?」

 足音がどんどんこちらに近づいてくる。
 少しだけ怖くなり、エリアスの服を掴んだ。

「大捕り物が」

 その言葉に私は耳を疑った。
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