1 / 10
file.01
プロローグ
しおりを挟む
東京新宿歌舞伎町。フィクションの世界では無法地帯の繁華街だが、無法地帯というわけでもない。
公的権力、つまり、警察はそこまで無能ではないからだ。
たとえば刑事。
ごく一般的な私服姿で警邏や捜査にあたる刑事たちは犯罪を見逃さない。
夜に向かって華やぎだした飲食店街の路地に目をやり、山城清澄は立ち止まった。ありふれた安物のスーツ、シャツは開襟。黒縁メガネは伊達じゃない。軽い乱視だ。が、視力は問題ない。むしろ最近は遠くがよく見える。
「シロさん、何かあります? あ」
後ろを歩いていたチャラい風体の若い男、平野拓人が同じ方を見て、目と口を丸くした。
「うわー。すげーイケメン。芸能人かな」
「バカが、そうじゃねーだろ。……行くぞ」
山城はビルの隙間に向かった。足取りには迷いはない。
「あ! 待って、こういうのは所轄に、って! もう、シロさん!」
文句を言いながら、平野が後をついてくるのはわかっている。平野は山城の部下だ。
ゴミ箱や酒瓶の箱が積み上がった建物の隙間で、スーツ姿の男が二人、向き合っている。
片方は若い男が言った通りの若いイケメン。いかにも高そうなスーツだ。もうひとりはしょぼくれたサラリーマン風、四十絡みというところか。
ホストと客にしては妙な雰囲気だ。両者には緊張感がある。
「おい! そこの二人!」
男たちを指し、山城は胸ポケットから身分証を引っ張り出した。近頃は警察への対応も色々うるさくて、こちらが正しく警察官であることを示してから行動しろと徹底されている。
「行って下さい」
「は、はい!」
イケメンの指示でしょぼくれ男が走り出した。平野が追って駆け出す。
山城はイケメンの腕を掴んだ。
「ブツは何だ。アイスか? マヨか? そいつを見せろ!」
「警察ですか? 薬物ではありません。腕を放してください。痛い」
「見せろっつってんだよ!」
見せろ、見せないで揉み合いになった。
普段から荒事に慣れている山城からしたら、優男を脅すくらい簡単なことだ。なんなら制圧も楽勝である。
「抵抗すんの? 公務執行妨害だな。言葉くらい知ってんだろ、ああ?」
山城は凄み、イケメンが持っていた手のひら大の包みを奪い取った。
白い布の包みだ。開くと封筒があった。平たい。
「開けないで!」
もちろん無視。薬なら不法所持で一発逮捕だ。
山城は紙のシールの封を切り、中身を取り出した。
白木の板に筆かなにかでうねうねとした模様が描いてある。お守りの中に入っているものと似ているかもしれない。少なくとも薬物ではなさそうだ。残念だが。
「なんだこりゃ」
山城は木札を親指と人差し指で持ち上げて、目の高さにあげた。よく観察するには夕暮れ時は薄暗く、建物のせいで光が淡かったからだ。
「乱暴に扱わないで! 破損したら大変なことになります」
イケメンが慌てる。ヤマシイ証拠だ。
声に釣られて視線をやって、力加減がおかしくなったのだろう。いや、木札がとんでもなく脆かったのだ。親指と人差し指で摘んだだけで砕け散るなんて、誰が思うというのか。
パキン、と、どこかで高い音がした。
「あ」
「なんてことを! ああっ……!」
イケメンが木札を取り返してきた。といってもすでにカケラになっている。木に見えたが、ガラスだったのだろう。カケラはすぐに消えたから、氷かもしれない。
「あぁ……! 星脈符が粉々に……!」
イケメンはこの世の終わりみたいな顔をして呻いて、山城を見た。
「……私は角鹿クラウド、陰陽師です。この符を壊した件で、この先、あなたは大変な目に遭うことになる」
「はぁ? 俺を脅そうってのか? イカれてんのか? ラリってんのか?」
「……何かあれば連絡を」
イケメン、角鹿という男はそう言って、名刺を置いて行ってしまった。
「逃げられましたー、すんません、シロさん!」
入れ違いに平野が戻ってきてヘラヘラ言った。
山城は平野を睨みつけた。
「バカが! あんなおっさんに追いつけなくてどうすんだよ!」
怒鳴りながら、一歩踏み込む。途端。
「うわっ!」
靴底が何かを踏んでヌルッと滑った。咄嗟に腕を伸ばしたが何も掴めず、山城はそのままひっくり返った。狭い建物の隙間だ。転んだ先は酒瓶の箱の山。
ガシャガッシャンと派手な音をさせて、空き瓶が山城の上に降った。
何が、起こった?
自分が転んだことが理解できず、山城は呆然と平野を見上げた。生意気な後輩に愛の指導を一発入れてやろうと思っただけなのに、どうして自分が痛い目にあっているのか。
意味がわからない。
『この符を壊した件で、この先、あなたは大変な目に遭うことになる』
なんていう、イヤなセリフが蘇る。
「あーあーあー! 何やってんすか、シロさん!」
「うるせーっ! 戻んぞ!」
大袈裟に肩をすくめた平野にムカついて、山城は立ち上がった。
公的権力、つまり、警察はそこまで無能ではないからだ。
たとえば刑事。
ごく一般的な私服姿で警邏や捜査にあたる刑事たちは犯罪を見逃さない。
夜に向かって華やぎだした飲食店街の路地に目をやり、山城清澄は立ち止まった。ありふれた安物のスーツ、シャツは開襟。黒縁メガネは伊達じゃない。軽い乱視だ。が、視力は問題ない。むしろ最近は遠くがよく見える。
「シロさん、何かあります? あ」
後ろを歩いていたチャラい風体の若い男、平野拓人が同じ方を見て、目と口を丸くした。
「うわー。すげーイケメン。芸能人かな」
「バカが、そうじゃねーだろ。……行くぞ」
山城はビルの隙間に向かった。足取りには迷いはない。
「あ! 待って、こういうのは所轄に、って! もう、シロさん!」
文句を言いながら、平野が後をついてくるのはわかっている。平野は山城の部下だ。
ゴミ箱や酒瓶の箱が積み上がった建物の隙間で、スーツ姿の男が二人、向き合っている。
片方は若い男が言った通りの若いイケメン。いかにも高そうなスーツだ。もうひとりはしょぼくれたサラリーマン風、四十絡みというところか。
ホストと客にしては妙な雰囲気だ。両者には緊張感がある。
「おい! そこの二人!」
男たちを指し、山城は胸ポケットから身分証を引っ張り出した。近頃は警察への対応も色々うるさくて、こちらが正しく警察官であることを示してから行動しろと徹底されている。
「行って下さい」
「は、はい!」
イケメンの指示でしょぼくれ男が走り出した。平野が追って駆け出す。
山城はイケメンの腕を掴んだ。
「ブツは何だ。アイスか? マヨか? そいつを見せろ!」
「警察ですか? 薬物ではありません。腕を放してください。痛い」
「見せろっつってんだよ!」
見せろ、見せないで揉み合いになった。
普段から荒事に慣れている山城からしたら、優男を脅すくらい簡単なことだ。なんなら制圧も楽勝である。
「抵抗すんの? 公務執行妨害だな。言葉くらい知ってんだろ、ああ?」
山城は凄み、イケメンが持っていた手のひら大の包みを奪い取った。
白い布の包みだ。開くと封筒があった。平たい。
「開けないで!」
もちろん無視。薬なら不法所持で一発逮捕だ。
山城は紙のシールの封を切り、中身を取り出した。
白木の板に筆かなにかでうねうねとした模様が描いてある。お守りの中に入っているものと似ているかもしれない。少なくとも薬物ではなさそうだ。残念だが。
「なんだこりゃ」
山城は木札を親指と人差し指で持ち上げて、目の高さにあげた。よく観察するには夕暮れ時は薄暗く、建物のせいで光が淡かったからだ。
「乱暴に扱わないで! 破損したら大変なことになります」
イケメンが慌てる。ヤマシイ証拠だ。
声に釣られて視線をやって、力加減がおかしくなったのだろう。いや、木札がとんでもなく脆かったのだ。親指と人差し指で摘んだだけで砕け散るなんて、誰が思うというのか。
パキン、と、どこかで高い音がした。
「あ」
「なんてことを! ああっ……!」
イケメンが木札を取り返してきた。といってもすでにカケラになっている。木に見えたが、ガラスだったのだろう。カケラはすぐに消えたから、氷かもしれない。
「あぁ……! 星脈符が粉々に……!」
イケメンはこの世の終わりみたいな顔をして呻いて、山城を見た。
「……私は角鹿クラウド、陰陽師です。この符を壊した件で、この先、あなたは大変な目に遭うことになる」
「はぁ? 俺を脅そうってのか? イカれてんのか? ラリってんのか?」
「……何かあれば連絡を」
イケメン、角鹿という男はそう言って、名刺を置いて行ってしまった。
「逃げられましたー、すんません、シロさん!」
入れ違いに平野が戻ってきてヘラヘラ言った。
山城は平野を睨みつけた。
「バカが! あんなおっさんに追いつけなくてどうすんだよ!」
怒鳴りながら、一歩踏み込む。途端。
「うわっ!」
靴底が何かを踏んでヌルッと滑った。咄嗟に腕を伸ばしたが何も掴めず、山城はそのままひっくり返った。狭い建物の隙間だ。転んだ先は酒瓶の箱の山。
ガシャガッシャンと派手な音をさせて、空き瓶が山城の上に降った。
何が、起こった?
自分が転んだことが理解できず、山城は呆然と平野を見上げた。生意気な後輩に愛の指導を一発入れてやろうと思っただけなのに、どうして自分が痛い目にあっているのか。
意味がわからない。
『この符を壊した件で、この先、あなたは大変な目に遭うことになる』
なんていう、イヤなセリフが蘇る。
「あーあーあー! 何やってんすか、シロさん!」
「うるせーっ! 戻んぞ!」
大袈裟に肩をすくめた平野にムカついて、山城は立ち上がった。
3
あなたにおすすめの小説
完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。
音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。
だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。
そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。
そこには匿われていた美少年が棲んでいて……
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
可愛らしい人
はるきりょう
恋愛
「でも、ライアン様には、エレナ様がいらっしゃるのでは?」
「ああ、エレナね。よく勘違いされるんだけど、エレナとは婚約者でも何でもないんだ。ただの幼馴染み」
「それにあいつはひとりで生きていけるから」
女性ながらに剣術を学ぶエレナは可愛げがないという理由で、ほとんど婚約者同然の幼馴染から捨てられる。
けれど、
「エレナ嬢」
「なんでしょうか?」
「今日の夜会のパートナーはお決まりですか?」
その言葉でパートナー同伴の夜会に招待されていたことを思い出した。いつものとおりライアンと一緒に行くと思っていたので参加の返事を出していたのだ。
「……いいえ」
当日の欠席は著しく評価を下げる。今後、家庭教師として仕事をしていきたいと考えるのであれば、父親か兄に頼んででも行った方がいいだろう。
「よければ僕と一緒に行きませんか?」
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる