都市伝説の兄妹は、いずれ最強の伝説になる

進藤 樹

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第二十五話 抗魔官の係長は、京魔高専を訪れる

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 京魔高専の敷地の外側に広がる雑木林。そこに通る細い道を、一台の魔導車が土砂降りの雨の中、走っていた。
 四〇歳ほどの、スーツをきっちり着こなした男・九条弥一くじょうやいちの運転する車を、男女二人組の大人が出迎える。魔導車は彼らのそばで停車し、運転席の窓を開いた。すかさず、黒と赤、二つの傘が近寄ってくる。

「お疲れ様です、先輩。奥さんも」

 爽やかなスマイルと共に挨拶をした九条に、赤い傘を差した女性――美月が「まあ」と顔を綻ばせる。

「お久しぶりです、九条さん。お元気そうでなにより」
「悪いな九条、こんなところまで来てもらって」

 美月の隣に立つ黒い傘を持った男――上弦の声も、どこか楽しそうだ。

「いえいえ、先輩の頼みなら、たとえジムの中道場の中ですよ」

 九条は傘を差して車を降りると、ちらりと木々の向こうに建つレンガ造りの校舎を見やる。

「しっかし脳筋な先輩が教師だなんて、ここはいつから訓練施設になったんです?」

 答えたのは美月だ。冗談めかすような笑顔を浮かべて言う。

「それが聞いて驚きの、座学で授業をする学校なんです」
「……座学って、椅子に座って先生の話を聞く、あの?」
「はい! 教科書を読んでノートに書く、あの授業です!」
「ダンベルは」
「使いません!」

 ぴっしゃあああん! どこかで雷が落ちたらしい。

「そんなばかな……! なにか裏があるんじゃないですか? 奥さんの例の秘密がバレたとか」
「まっさかぁ」
「「あはははは!」」

 学生の如く盛り上がる美月と九条のテンションに耐えきれず、上弦は溜息をついた。

「お前らが会うの、朔夜の三回忌以来だろ……? よくそんな息が合うな」
「ハハハ、先輩がやたら口下手なだけですよ。娘さんが背後霊になっていることを知りながら三回忌をするくらい律儀なところは、もう少し柔軟にした方がいいかと思います」
「でも、口下手だからこそ行動で語ることが多くて、おかげであの時私を助けてくれたのかもって思うわ」

 決め顔で放つ美月の言葉に、上弦は照れくさそうに眉間に皺を寄せる。
 四十代半ばの男の照れ顔に、九条は呆れた顔で言い放った。

「先輩、僕としてはまったく同じ言葉を褒め言葉ではなく警告のつもりで言いたい気分です」
「うふふ、無茶をする癖は昔からみたいだものね。それよりあなた」
「ああ、本題に入ろう。九条、入学式に乗り込んできた現人神々の男だが……」

 上弦が咳払い。つられるように、九条の表情も真剣なものになった。

「ええ。先輩の推理通りでしたよ。新たに逮捕した構成員から裏も取れました」
「やはりか……」
「まだあの事件は終わっていなかったのね……」

 深刻そうに呟く美月の声に混ざって、九条は別の音も耳にした。雨風が吹いて揺れるような自然の音に紛れた、誰かが触れたことで動いたような、ピンポイントな枝葉の揺れる音。

「誰だッ!」

 九条は腰に忍ばせていた拳銃を抜き、両手で構える。すると、銃口の先にある木陰から、半透明なレインコートを着た一人の少年が顔を出した。
 見覚えのある顔にハッとして、九条は咄嗟に銃口を下へ逸らす。

「君は……! 重護君⁉」

 黒髪短髪、目元などは特に、上弦によく似ている。まごう事なき星埜重護だ。彼の後ろに隠れるように、尖った耳とプラチナブロンドの髪が目を引く少女も出現した。九条は彼女についても知っている――妹の朔夜だ。
 美月も口に手を当てて驚いている。

「重護……どうしてここに」
「ウチの先輩たちが教えてくれたんだ」

 重護がチラリと後ろを見やると、その先の木陰から、二人の人影が出てくる。

「あ~あ。だからボク言ったじゃないか、あんまり近づきすぎるなって。ねぇ先生?」

 一人は、赤いボブヘアーの少女。九条もテレビで知っている人物だった。当代竜巫女・竜胆玲那。
 先生と呼ばれた、もう一人のパンツスーツタイプの女性は知らないが、纏う雰囲気は同僚の抗魔官と比べてもプレッシャーがある。
 九条の隣で、美月が目を丸くした。

「あなたは確か、体育教師の鈴谷先生……」
「憶えていてくださいましたか、美月先生。実はわたくし、生徒代表選抜試験小隊の顧問も務めさせていただいております」

 美月とそんな会話を交わした鈴谷と名乗る女性教師が、鋭い視線を九条に向ける。

「そちらは?」
「……抗魔庁魔導犯罪対策部捜査五課十係長、九条弥一と申します」
「五課というと星埜先生の……。現人神々対策チーム」
「厳密には、二都府県以上に跨がって活動する犯罪組織への対策チームの集まりが五課です。現人神々対策は五課の一~三係が合同で行っておりまして、僕は他の班も含めた後方支援を行う十係の係長を務めております」
「――おい九条、そんな細かく説明せんでも……」

 上弦に小声で注意され、九条は笑顔の裏に圧を込める。

「――学校内に蟠り作ったっていいことないでしょ、任せてください」

 咳払いして、友好的な声音を作り直した。

「それでそちらの生徒代表選抜試験小隊というと、学生のうちからプロの現場に見込みある生徒を参加させて即戦力を育てるってチームですよね? その子たちって、講師の身辺調査までさせてるんですか?」

 長年抗魔庁で勤めていると、そういった噂も耳に入る。京魔高専出身の同僚に言わせれば、キャリアとは別の、キャリア以上の花形出世ルートだそうだ。

「そういうのに向いているのがいるのでね」

 鈴谷は臆せず不敵に笑う。抗魔官の勘が、ただの教師じゃないと警鐘を鳴らした。

「向いているからって、学生にやらせます? 普通」
「まあまあ! 大人同士のお話もあるんでしょーけど、先にボクらの用事から済まさせてもらってもいいですかー?」

 玲那が愛想笑いを浮かべて割り込んでくる。

「ああ、すまないね。重護くんのご両親に用事かな」
「そうなんです! 美月先生、いきなり不躾な質問させてもらいますけど、重護くんの体内魔力濃度ってご存じですか?」

 玲那が突然、意味深な質問を飛ばした。

「去年の五月、中学校で測ってもらったのが最後で、たしか二.一%だったかしら」

 それが何か? と訝しむ美月に対し、玲那は「いえ」と首を横に振って朔夜へ目を向ける。

「ちなみに朔夜ちゃん、重護くんの背後霊になってから、魔力測定の時ってどうしてた?」
「おかしな数値が出ないように、お兄ちゃんの頭の上に透明化して浮いていましたけど……」

 やっぱりね、と玲那は頷き、顔を九条たちの方に戻す。

「実は昨晩ですね、朔夜ちゃんに憑依してもらった状態で測らせてもらったんですよ。その時はその十倍の数値になってましたよ。厳密には二三.二%――明らかに異常値です」

 ぴか、と空が瞬く。ゴロゴロと空が喉を鳴らす。

「――いやいやいや、初耳なんスけど⁉ なにしてくれてんスか!」
「勝手に検魔計口に突っ込んだのは謝るけど、なにしてくれてんの、はこっちの台詞だよ。霊魔に憑かれているんだからさ、普通の子たちとは別にちゃんと検査しないとダメじゃん」

 得意げに人差し指を立てて玲那が自慢する。

「義務教育でやるやつは人数が多いから簡易的な測定法なんだって、結芽ちゃんが言ってたよ。魔療科の授業で習うみたい」

 九条はその名に聞き覚えはないが、友人の名前だろうと察し、そして同時に歯がみする。
 思えば、重護の測定結果そのものは毎年気にしていたものの、測定時に朔夜が憑依しているかどうかという条件についてはまったく意識していなかった。

「あれ、皆さん揃って怖い顔して。普通、まさか誰もそこまで考えてなかったなんてわけないですよねぇ。そちらの九条さんはともかく、妹さんが背後霊になっていることを理解しているご両親がどうしてそこを気にかけなかったのでしょう」

 わざとらしく大げさな身振り手振りで振る舞う玲那の頭に、鈴谷が手を下ろす。

「こら、大人を煽るんじゃない。失礼しました、ウチの生徒が」

 こちらも本気で謝罪する気があるのか、社交辞令的に頭を下げて、鈴谷が続ける。

「重ねて失礼を承知でこの話を続けますが、今竜胆が提示した疑問の答え……それは、お二人が既に、魔人および魔人と従魔契約した人間という関係性で、自分たちの魔力測定では異常値が出なかったから油断していた、ということではないでしょうか」

 その物言いからして、まだ証拠を得たわけではなさそうだ。
 しかし実際、去年も一昨年も重護の診断結果を見ながら星埜夫妻とそのような会話をしたことを、九条は憶えている。鈴谷という教師が語る推理は、正鵠を射ていた。
 黙り込み、警戒心を露わにした上弦と美月に、鈴谷は表情一つ変えずに言葉をかける。

「こちらとしては、美月先生が魔人だと判明したら即浄魔、なんて物騒なことは考えていません。ただ一方で、入学式の時に現人神々に襲撃された、その目的が美月先生やお子さんにあるかもしれないのなら、学校を守るためにまずは真実を知りたいのです。ここはどうか、素直にそちらの知っていること、お話ししていただけませんか」

 それを聞いて、九条の中で張り詰めていた糸が少し緩む。
 美月の浄魔……それこそが、最も恐れていたことだったのだから。

「あなた……話しましょう?」
「……そう、だな」

 上弦は腹を括ったらしい。なにせ今まで重護たちの実戦訓練を都市伝説として隠蔽していたことだって、すべては抗魔庁、実の子供二人、世間一般……それらすべての眼と思考から、美月が魔人であることを隠すためだったのだ。
 美月の正体がバレてなお生存権が保証されるなら、こそこそする必要も、事情を隠す必要もないだろう。

「親父……」

 どこか不安そうに、しかし真剣に見つめる息子と娘の視線を受け止めて、上弦はゆっくりと頷いた。

「ここではなんです、一度校舎に来てください」

 そうして応接室へと移動し、上弦が語り出す。

「あれは、もう一五年以上昔の話になるか――」

 つられて九条も思い出す。まだ抗魔官になったばかりで、上弦の部下として働き始めた頃の話だ。
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