都市伝説の兄妹は、いずれ最強の伝説になる

進藤 樹

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第三十話 京魔高専の竜巫女は、作戦を指揮する

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 時同じくして、シフォンの頭上で玲那が鋭い声を張り上げる。

「さぁみんな、準備できてるよねッ!」

 比叡山の東側に広がる滋賀県。滋賀県といえば真っ先に出てくる琵琶湖の上を、高速で巨大な鳥の影が通過した。
 頭から尻尾まで二〇メートル、翼幅二〇メートルの幼竜、ワイバーンのシフォンだ。
 その背中に乗る四人の生徒たちが、腹から気合いの一声で返事をする。
 一人シフォンの頭上に座っていた玲那は、口角を吊り上げ前を見た。
 かつて魔獣の群れによる蹂躙があったせいで今や誰も暮らせなくなっている市街地には、しかし不思議と、人が住めそうな建物が点在していた。
 シフォンの背から荒廃した街を見下ろし、聖剣サニーフォースを握った葵が呟く。

「まさかこの辺り一帯に現人神々の構成員が潜んでいるとはな……」
「それだけではありませんわ。わたくしたち人間なんてペロリと平らげてしまう凶悪な魔獣だってどこに潜んでいるかわかりませんの」
「うっわぁ……。こんなところで暮らすなんて、気が狂っちゃいそう。ね、翡翠――ってなんかすごい楽しそうね⁉」

 神妙な顔をしていた小夏たちの中で、唯一翡翠だけが瞳と口を大きく開けて忙しなくあたりを見渡している。

「蟲さん、が、たくさん……いそうっ」

 他人事のようにあれこれ喋る仲間たちをちらりと見やり、玲那はパン、と手を叩いた。

「はいはい、気を抜いたらマジで死ぬからいつものテンションは置いてって~。みんな、自分たちのやることわかってるよね?」

 すかさず、葵が即答する。

「当然だ。プロの抗魔官にも劣らない従魔契約者として、この辺り一帯に潜む魔獣たちを我々が一手に引きつけるのだろう?」
「その隙に、抗魔官の皆様が業伎秀越の研究所を摘発する手筈ですわ。それにしても、また随分と荒っぽい作戦をしますのね」
「ママを酷い目に遭わせた業伎秀越を逮捕して――それこそが、朔夜ちゃんの最期の願いですから。それに、抗魔庁も長年歯痒い思いをしていたみたいですし」
「それだけ、シフォンちゃん、の、力、が……規格外」
「規格外なのは翡翠ちゃんも含めてここにいるメンツみんなだと思うけどねボクは……」

 だからこそ、学生の身分でありながら今回の作戦に参加することになったのだ。失敗は許されない。

「それじゃあみんなッ! 覚悟は決めたね⁉」
「「「「おお!」」」」
「シフォン、レゾナンスッ! そして撒き散らせ、フレイムストォォォムッ!」
「ふぉおおおん!」

 玲那の体内から血液が抜けて、すぅー、と呼気が漏れる。同時にシフォンが神々しく赤熱し、豪炎の嵐を大地に向かって放出した!
 かつては人が栄えていたであろう街が、たった一度の攻撃で広範囲にわたって破壊の炎に晒される。
 二つか三つ――市区町村単位で複数にわたって猛威を振るうシフォンの本気は、のんきさに肝を据わらせた玲那の仲間たちすら絶句させるほどの破壊を見せた。

「ヴェギャアアアアウアアアアアンッ!」

 大気を震わせ、轟く絶叫。ビリビリと殺気を伝えるおぞましい鳴き声は、明らかに強力な魔獣のものだ。
 それも、一つじゃない! あちこちから、瓦礫の巨人が、蠢く大樹が、空を覆う魔蟲の群れが湧き上がる!

「ちょっと⁉ 比叡山と琵琶湖挟んだ向こう側にこんなのがいる状況下でボクたち毎日勉強してたの⁉」
「オイ玲那! いつものテンションは置いてくんじゃないのか!」
「いやいやいやいやいや想像の数倍ヤバくないですか⁉」

 先輩からのツッコミにツッコミ返して、玲那が吠える。

「つか、こんなところに拠点作ろうとする現人神々もばかでしょ!」
「文句は後ですの、空から来ますわよッ!」

 分厚い雲を引き裂いて、毒々しい色に翼を輝かせた魔鳥が現れた。シフォンよりは一回り小さい、それでも翼幅一〇メートルは優に超えるバケモノだ。
 すかさず葵が聖剣サニーフォースを構え、魔鳥に向かって大きく振りかぶる!

「叩き落とすぞサニーフォースッ! プロミネンスブレイド!」

 剣身が真紅のエネルギー派に変換された。それを鞭のように柔らかくしならせて、揺らめきながらも伸長し、不規則な動きで魔鳥の上から振り下ろす!

「ヤツは私が対処するッ! みんなは他の魔獣をッ!」
「お願いします、葵先輩!」

 数十メートルはあろうかという高さにいるにも関わらず、葵は躊躇いなくシフォンの背中から飛び降りた。太陽光を魔力に変えて炎が出せる聖剣は、空を飛ぶくらい平然とやってのける。

「わ、わたし……魔蟲さん、たち、に……協力……お願い、してきます!」

 メタの背中に乗った翡翠が、白衣を風にたなびかせてシフォンから飛び立つ。

「めっちゃ頼りにしてるよ翡翠ちゃん!」
「玲那先輩、わたくしを魔樹の元へ連れて行ってくださいまし。わたくしとロゼでどうにかしますわ」

 既に戦闘モードに入ったのか、結芽の頭上の白バラの蕾は既に大きく花開いていた。

「アタシはあの廃墟の巨人とやります! ダニエルのハサミなら、きっと砕ける!」

 血気盛んにダニエルは両腕のハサミをガツンとぶつけて闘志を示す。

「うん、お願いね! じゃあボクは二人を戦地に送り次第、辺り一帯の雑魚を殲滅しながら九条さんたちのフォローに回るから、なんかあったら信号弾で教えてね!」

 順々に強敵の元へ仲間を送り込んだ玲那は、ピンと空へ指を向けた。

「シフォン、今度はスケイルストームだ!」
「ふおおおおぉんっ!」

 鱗状の魔力が無数に空へと舞い上がり、打ち上げ花火のように破裂する。レゾナンス状態で放ったそれは、かつて重護の入学試験で見せたそれとは一線を画すスケールを誇った。
 超広範囲へと豪雨のように降り注いだ魔力の鱗は、周辺地帯を、一掃。
 もくもくと立ちこめる砂煙は、もはや濃密な霧のよう。あるいは温泉の湯気にすら思えた。
 数百を超える不気味な物音は、魔獣たちが大群となって移動する音だろう。立ち向かう無謀者たちの集まりと、逃げ惑う臆病者たちに別れているはずだ。

「上手上手、えらいぞシフォ~ン!」
「ふぉん、ふぉん!」

 シフォンの頭を撫でて明るく励ましつつ、頭は冷静にして周囲をよく観察する。
 野生の魔物たちの利点は、頭数だけだ。知能だけなら負ける気はしないし、魔力量や魔法の威力にしたってレゾナンスで強化した自分たちなら互角以上の力を出せる。ただ、圧倒的な数の差をどう覆せるかが肝だ。

「さぁて……! こっから先は人間同士の戦場に魔物が入らないよう蹴散らす作業になるわけだけど……そう簡単にはいかないか!」

 遙か昔は運送会社の大きな倉庫だったと思しき建物を巣にしていた巨大な魔鳥が、シフォン目掛けて突進してくる。
 紫色を下地に鮮やかな赤や黄色で威嚇の模様を描いたその美しい羽は、まるで孔雀だ。しかし、そのサイズは十メートルを超える。
 後ろには、取り巻きと思しき小型の魔鳥たちも群れていた。カギヅメカラスにホワイトピジョン……他にも数種類。
 明らかに別種でありながら統率が取れている以上、巨大な孔雀がこの辺りの魔鳥を統べる王なのだろう。

「となれば、まっさきに叩くべきは頭ッ! シフォン、一番デカいの目掛けて竜牙破突!」
「ふぉおおおお!」

 パカリと口を大きく開けて三角錐の魔力塊を作り、強烈な横回転と共に射出。風の渦を巻いて一直線に飛んだ竜牙破突に対し、小型の魔鳥たちが壁になるように割り込んで魔障壁を展開した。

「いっ⁉ 群れの配下を盾に⁉」

 竜牙破突は容易く魔鳥たちを蹴散らし、孔雀の魔鳥へ迫る。孔雀の魔鳥も魔障壁を展開したが、竜牙破突の威力に耐えられず一瞬で貫通、胴体に掠って甲高い奇声を上げた。

「ちッ……ダメージは与えたけど、一撃で沈められなかったか」

 まだ幼いとはいえシフォンはドラゴン。敵は巨大だがシフォンの体格はそれを一回りも二回りも上回っている。あの程度の敵など、一撃で沈められなければ竜巫女の名が廃るのだ。

「キュオオアアアアアッ!」

 孔雀の魔鳥が絶叫と同時に発光、配下を伴い接近戦に持ち込もうとしてくる!

「やばい、くるよシフォン! 魔障壁張りながら応戦して!」

 シフォンの背中に飛び移りながら指示を出す。
「ふぉんっ」

 シフォンの強力な魔障壁なら、それを叩きつけるだけで十分な攻撃になる。尻尾、両脚、両翼、そして頭。背中の玲那を振り落とさないようにしながらも、障害物のなにもない上空で五〇羽を超える魔蝶の群れをダイナミックに薙ぎ払っていく!
 玲那は歯を食いしばってシフォンにしがみつきながら、しかし焦りを感じていた。

 ――まずい、早く九条さんたち抗魔官の突入部隊の方にいかないといけないのに……! あの人たちは、犯罪者に対しては強くても、魔獣に対しては非力……!

 シフォンがぐりんと派手に旋回し、左右の魔鳥たちを翼に巻き込んで弾き落とす。間髪入れずに今度は縦に一回転、立派な尻尾を孔雀の魔鳥の頭に振り下ろした!
 魔障壁で防ぎつつも地上へと豪快に吹っ飛ぶ孔雀の魔鳥へ、シフォンが竜牙破突で追撃。孔雀の魔鳥は墜落間際に体勢を直して地上すれすれを飛行、空振りした竜牙破突が地面を激しく爆破させる。

「ふぉんッ!」

 シフォンの鋭い鳴き声が聞こえて、玲那はハッと我に返った。従魔契約で感覚を共有していると、ボーッとしていることすらバレてしまう。

「ごめんシフォン、ボクがこんなじゃダメだよね!」
「ふぉん、ふぉんふぉーん!」

 魔鳥たちを蹴散らしながら、シフォンがなにかを訴えている。まだ人間の言葉を話せないシフォンだが、肌で伝わる熱が、なにをしたいか教えてくれた。

「まさか、アレをやるつもり? でも、まだ成功したことないでしょ……」

 玲那の脳裏に失敗ばかりの記憶が過る。まとまった時間ができるたびに、シフォンと特訓していた新しい魔法。
 レゾナンスを伴うので一日に何度も練習できるわけもなく、失敗すれば玲那の服が焦げたり燃えたりするので、制服を着ている今――着替えもない今、あまり使いたくはない。

「ふぉんふぉん! ふぉん!」

 魔鳥の群れとの空中戦を繰り広げつつ、シフォンが玲那に熱意を伝える。こうなった時のシフォンは、意外と頑固だ。
 改めて、今の自分たちを振り返ってみる。
 玲那は、生まれた時からシフォンと対面させられていた。次期竜巫女として、少しでもシフォンに慣れさせるためだ。
 時間があればシフォンと触れ合うのは幼き頃の玲那の義務だったし、玲那としても楽しんでいた。
 しかし玲那が成長して中学生になった頃、シフォンのイヤイヤ期が重なった。シフォンに自我が目覚め、お世話されるだけの状態から、自分でやろうとするようになったのだ。
 玲那は小学生から中学生になり、早く一人前の竜巫女になりたいと焦っていたこともあって、それからは喧嘩ばかりの毎日になってしまう。
 玲那も二、三歳の頃はこんな感じだったのよと母親に諭されたり、炎竜ドレイカからは食い殺されるなよとからかわれたり……いつも頼っていた人たちからはあしらわれるばかりで、散々だった。
 それでも、シフォンの大好物である母の手作りシフォンケーキ――なにせ名前の由来がこれだ――の作り方を習い、自分で作れるようになって、仲直りできた。
 炎竜ドレイカの話では、理論上、その瞬間から発動条件を満たしている魔法がある。

「…………」

 シフォンの肌に手を当てた。今までの中でも最高のコンディション。

 ――やれる。

 不思議と確信できた気持ちは、自然にシフォンと共鳴する。首から下げて服の中にしまっていた竜巫女のペンダントが輝き、玲那の全身を包み込む。

「竜巫女の名の下に命ず。形象せよ、天翔る翼、竜の加護。我に力を授けたまえ!」

 紅い光は輝きを増し、玲那の背中に長い翼を、胴に竜鱗の鎧を、首に竜の兜を、両腕に強固な篭手を作り上げる。シフォンの魔力で作った、玲那専用装備だ。
 両脚もゴツゴツした防具に包まれ、全身が隠れる。しかし、重量感はそれほど感じない。感覚的には、むしろ身体が軽くなったほどだ。
 全身の血液が沸騰するような熱が、竜の顔を模した兜から漏れる息を白くする。

「これが……シフォンの竜巫女装束……!」

 シフォンが幼かったため母にはできなかった奥の手。ドラゴンの力を身体に纏い、竜巫女自身がシフォンと同等の戦力を持って戦えるようになる竜巫女限定の魔法。
 炎竜ドレイカから聞いてはいたが、実際に完成形を見るのは玲那も今日が初めてだ。ひとえに、シフォンに求められる魔力コントロールの繊細さが高いハードルだったのである。

「ふぉふぉーん!」
「ありがとねシフォン、これでボクも戦えるッ!」

 まるで自分の手足のように、背中の翼を羽ばたかせることができた。シフォンの背中から飛び立ち、孔雀の魔鳥目掛けて一直線に突撃する!
 右の拳に力を込めれば、刺々しい小手から炎が盛った。
 孔雀の魔鳥は玲那に狙いを定めて翼を広げる。美しい模様が魔法陣となって、夥しい量の電磁波が障壁となって展開した!

「君の魔障壁は、さっきこの技で打ち破ったばかりだよねッ!」

 竜の兜の口元がパカリと開いて、母親譲りの美人顔が露出する。
 開いた兜の間に、三角錐の魔力の塊が形成された。それは急激に横回転がかかり、勢いよく射出する! 竜牙破突だ。
 電磁波の膜が容易く破れて、孔雀の魔鳥の翼に風穴が空く。孔雀の魔鳥が喉を震わせた瞬間には、その眼前に、玲那が迫っていた。

「ぶっとべぇぇぇぇぇ!」

 大きく振りかぶった右ストレートは、打ち上げ花火より重たい爆音を轟かせて、孔雀の魔鳥の顔面を捉えた。
 十メートルもある巨体がほんの一瞬で大地へと墜ち、地面に大きな砂埃が巻き上がる。直後、それまで統率の取れていた無数の魔鳥たちが、突然戸惑ったように飛行を乱す。

「ふぉおおおおん!」

 シフォンの嘶きに恐怖を覚えたのか、魔鳥たちは散り散りに逃げ出した。

「よし、さっそく九条さんたちの元へ向かおう! 魔獣たちから守らないと!」
「ふぉん!」

 シフォンが大きくて愛らしい顔を玲那の顔にすりすりと寄せてくる。
 玲那は後でたっぷり遊んであげるからと困ったように笑って、大人たちの戦場へと向かった。
 飛行しつつ、ちらりと琵琶湖の向こうに聳える比叡山に目を向ける。稜線の斜め上に位置する太陽が眩しい。空はささやかに濃い色をしていて、もうじき夕焼け色に染まっていくだろう。
 小夏の占いを参考にしつつ立てていたスケジュール通りなら、そろそろ重護と朔夜が動物園を出る頃合いだ。この後は、星埜一家四人で学食二階のテラス席を貸し切ってディナーと洒落込むことになっている。
 その四人の顔を脳裏に並べると、連想的に、上弦と美月が語っていた過去についても意識の奥底から浮上する。

「ん……そういえば、業伎秀越は違法とはいえ魔人の研究をしてるんだよね……?」
「ふぉーうーん?」
「ううん、ちょっとヤバいこと思いついちゃった。せっかくだしさ、重護くんたちへの最高のお土産、探してみよっか」

 竜巫女装束の兜の中、玲那はにやりと口角を上げた。
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