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あの、旦那さま。
これでは旦那さまの素敵なお顔も見えないのですが……。
まぁ旦那さまのお顔が見えました。
また可愛らしいお耳をされておりますね、旦那さま。
大好きです。
「……話を戻そう。仮に夫人が君の言った通り何かをしていたとして、結局侯爵は三年の間に対処どころか、気付くことも出来なかった。この事実は揺らがないね?」
父はもう話す気力がないのかもしれません。
うなだれたまま、動くことはありませんでした。
「領地からの収入が途絶えてやっと気付き、今さらになって娘のせいだと騒ぎ出す。引継ぎがどうのと言っていたが、それだって三年前に確認すべき事案だ。これだけでも、君にこのまま当主を続けさせては危険だと私は考えているが。君は爵位を持つ意味を、その責任を、どのように捉えてきたのだろう?」
「私は──」
やっと出てきた父の声は、先ほどまであれほどの怒声を上げていた方とは思えないほどに弱弱しいものでした。
「王家に忠誠を誓う身として、大臣の職を承ったからには国政にこの身を投じることこそが我が使命と信じ──」
「あぁ、そういうのはいいよ。他の大臣が聞いたら鼻で笑われるだけだから、君もそれ以上は口にしない方がいい。というか君だって今までは笑う側の人間だったと思うのだけれど?今回の君の凋落振りには、私たちも困惑しているのだよ?」
大臣をしている姿どころか、いかなるときの父の姿も知らない私は、何の感慨もなく、殿下のお言葉をただ聞いていることしか出来ませんでした。
「一応問うておこうかな。君は一貫して娘のせいだと主張してきたが、具体的に辺境伯夫人がいつどこで何をしたか、それくらいはちゃんと裏を取って調べ上げてあるのだよね?」
この問いにも父が答えなかったことに、私は今日一番に驚いておりました。
それはつまり、父は問題のすべてを私のせいにして、それで終わりにしようとしていただけ、ということ。
もしも陛下や殿下がこれを認める奇跡が起こっていたとしても、その後はどのように対応するつもりだったのかと、私は気になってしまいます。
罪人を裁いたあとにも領地の問題が解決しなかったら、いよいよ王家から調査が入ることになるでしょう。
そのとき父は誰のせいにするつもりでいたのか。
また身内を罪人として裁く?次は誰を?
「夫人が何をしたか、それすら答えられないのかい?」
「すぐに息子を呼んで説明させます」
弱弱しいその声は、すべてを諦めているようにも聞こえました。
「また息子か。本当に侯爵は当主としての仕事を何もして来なかったのだね。他にここで言いたいことは?」
「……誠に申し訳ございません」
「誰に何の謝罪かな?」
「私が至らぬばかりに、陛下や殿下のお手を煩わせてしまいましたことをお詫びいたしたく」
「そうか。父上、もうよろしいかと」
組んでいた腕を解かれた陛下は、ぽんっとご自身の膝を両手で叩かれたあと、「私の出番か!」と嬉しそうに仰るのでした。
そのお姿はまさしくお子さまのようで、場違いにも私はくすりと笑いそうになってしまったのです。
お隣では殿下がとても冷ややかな瞳で陛下を見ていたこともまた気になりましたけれど。
「ここに侯爵家が出して来た十年分の納税関係の書類を集めさせた。だが実はこれらよりずっといいものを手に入れていてねぇ」
こう言っては失礼かもしれませんが。
子どものように得意気に笑われた陛下は、いつの間にか運び込まれていたワゴンの上から、ひときわ分厚い書類を取り出して、私たちに見せびらかすように掲げると、それをひらひらと揺らしたのです。
父は愕然としておりましたが、そうしたいのは私でした。
これでは旦那さまの素敵なお顔も見えないのですが……。
まぁ旦那さまのお顔が見えました。
また可愛らしいお耳をされておりますね、旦那さま。
大好きです。
「……話を戻そう。仮に夫人が君の言った通り何かをしていたとして、結局侯爵は三年の間に対処どころか、気付くことも出来なかった。この事実は揺らがないね?」
父はもう話す気力がないのかもしれません。
うなだれたまま、動くことはありませんでした。
「領地からの収入が途絶えてやっと気付き、今さらになって娘のせいだと騒ぎ出す。引継ぎがどうのと言っていたが、それだって三年前に確認すべき事案だ。これだけでも、君にこのまま当主を続けさせては危険だと私は考えているが。君は爵位を持つ意味を、その責任を、どのように捉えてきたのだろう?」
「私は──」
やっと出てきた父の声は、先ほどまであれほどの怒声を上げていた方とは思えないほどに弱弱しいものでした。
「王家に忠誠を誓う身として、大臣の職を承ったからには国政にこの身を投じることこそが我が使命と信じ──」
「あぁ、そういうのはいいよ。他の大臣が聞いたら鼻で笑われるだけだから、君もそれ以上は口にしない方がいい。というか君だって今までは笑う側の人間だったと思うのだけれど?今回の君の凋落振りには、私たちも困惑しているのだよ?」
大臣をしている姿どころか、いかなるときの父の姿も知らない私は、何の感慨もなく、殿下のお言葉をただ聞いていることしか出来ませんでした。
「一応問うておこうかな。君は一貫して娘のせいだと主張してきたが、具体的に辺境伯夫人がいつどこで何をしたか、それくらいはちゃんと裏を取って調べ上げてあるのだよね?」
この問いにも父が答えなかったことに、私は今日一番に驚いておりました。
それはつまり、父は問題のすべてを私のせいにして、それで終わりにしようとしていただけ、ということ。
もしも陛下や殿下がこれを認める奇跡が起こっていたとしても、その後はどのように対応するつもりだったのかと、私は気になってしまいます。
罪人を裁いたあとにも領地の問題が解決しなかったら、いよいよ王家から調査が入ることになるでしょう。
そのとき父は誰のせいにするつもりでいたのか。
また身内を罪人として裁く?次は誰を?
「夫人が何をしたか、それすら答えられないのかい?」
「すぐに息子を呼んで説明させます」
弱弱しいその声は、すべてを諦めているようにも聞こえました。
「また息子か。本当に侯爵は当主としての仕事を何もして来なかったのだね。他にここで言いたいことは?」
「……誠に申し訳ございません」
「誰に何の謝罪かな?」
「私が至らぬばかりに、陛下や殿下のお手を煩わせてしまいましたことをお詫びいたしたく」
「そうか。父上、もうよろしいかと」
組んでいた腕を解かれた陛下は、ぽんっとご自身の膝を両手で叩かれたあと、「私の出番か!」と嬉しそうに仰るのでした。
そのお姿はまさしくお子さまのようで、場違いにも私はくすりと笑いそうになってしまったのです。
お隣では殿下がとても冷ややかな瞳で陛下を見ていたこともまた気になりましたけれど。
「ここに侯爵家が出して来た十年分の納税関係の書類を集めさせた。だが実はこれらよりずっといいものを手に入れていてねぇ」
こう言っては失礼かもしれませんが。
子どものように得意気に笑われた陛下は、いつの間にか運び込まれていたワゴンの上から、ひときわ分厚い書類を取り出して、私たちに見せびらかすように掲げると、それをひらひらと揺らしたのです。
父は愕然としておりましたが、そうしたいのは私でした。
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