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63.想定外の幕引き
イーガン子爵夫人が次男ダニエルと異なる部分、それは自身で気付く力を持つことだろう。
されどこの場でその能力が発揮されるには、あまりに遅かった。
「ち、違うわ。違いますのよ。あの、これは……おほほ。これは違いますわ。本当に違うのですよ」
そもそも招待状もなくこのパーティーへと突撃して来る前に気付く事案であったが。
カツカツカツという音が止まってみれば、違う違うと繰り返すばかりの青褪めた夫人が立っている。
アシェルとソフィアは自然に顔を見合わせていた。
「この後はどうしたらいいかしら?」
「終わり方を想定していなかったね」
元々悪意を強く持ったことのない二人だ。
他者とのちょっとした揉め事も、いつもなら相手を軽く諫めたらそれで終わった。
反省し態度を変えてそれからも付き合う者もいれば、相手から逃げ去って二度と関わろうとしない者も多かった。
それに領地なら、ここまで問題ある人間は、衛兵などが揉める前に回収していく。
当主の娘と、当主が他家から預かると決めた研究者である子どもたち。二人はしかと周りの大人たちに守られて育ってきた。
そんな二人には、これほどに人を追い詰めた経験もなければ、パーティーにも不慣れ。
貴族の付き合いというものだって、アシェルが他家との付き合いを経験していたのは十一歳までの子ども時代で、経験のないソフィアとは知り得ている情報は似たようなもの。
下位貴族の集まりということで、ローワンが遠慮したことが仇となったか。
追い詰めた後は、さてどう終わる?
壊れてしまったようにも見える夫人を前にして、若い二人はそれぞれ考え込んだ。
──俺としては、二度と会わないでくれたらそれでいいんだけれど。
アシェルの想いはこれに尽きる。
ソフィアを傷付ける発言は許せないものの、もうやり返しているし、言いたいことは伝えて、次がないならば。
これからイーガン子爵家の者たちがどう生きようと、正直どうでもいいのである。
アシェルはここで一つ思い出していた。
──セイブルが『俺にくれ』と言っていた。あれがどうしても引っ掛かるんだよね。
すでにイーガン子爵家から除籍したアシェルに、イーガン子爵家の者たちをどうこうする権利はないし、たとえ除籍していなくても、ただの三男でしかないアシェルにはやはり権利はないのである。
──欲しいなら自分で奪っていってよ、セイブル。得意でしょう?
ここにセイブルがいたら、本当に夫人と令息を回収していただろうなと想像して、友人にこの場の後始末を頼みたくなってしまったアシェルだった。
成人したばかりの二人が対応に悩む中、見守る壮年の貴族たちもまた口を挟むか否かと悩んでいた。
それはここに集まる皆が下位貴族だったからだ。
「帰ろう、母上」
悩むアシェルたちを救ったのは、まさかのイーガン子爵家次男の発言である。
すでに立ち上がり、母親である夫人に歩み寄ったダニエルは、動く腕で母の肩に手を置いた。
ダニエルが「帰るよ、母上」とさらに告げれば。
イーガン子爵夫人は、子どものように嫌々と首を振り抵抗を見せ始める。
「駄目よ。このままでは帰れないわ。あなたも分かるでしょう?」
「もう無理だよ、母上。俺も一緒に叱られるから帰ろう」
「嫌よ。嫌。離してちょうだい!わたくしはその子を連れて帰るのよ!」
母の腕を掴んだダニエルが、ぎゅっと眉を寄せたのは痛みからだろうか。
直後に彼はアシェルを見据えた。
「招待状なく来たことについては、謝っておいてくれ」
「はい?」
「弟だろ。それくらいはしてくれ」
掛けられた想定外の言葉に驚き、ダニエルの視線からまったく敵意を感じられなかったことにも重ねて驚いて。
アシェルは戸惑いながらも頷いた。
「もちろん。言われなくても謝罪する予定だよ」
「ふんっ。生意気になりやがって。お前を見るのもこれが最後と思えば清々するぜ。せいぜい元気でな」
「はい?」
「ふん。ほら、母上。歩いてください。行きますよ」
顔を顰めたダニエルは、母親の腕を無理やり引いて、最後に振り返って無言で皆に向け頭を下げたのち、門から出て行った。
「……どういうことなの?」
このときは目を丸くして呟いていたソフィアが、気付いて叫んだのは夜も更けてから。
「あの二人、謝らなかったわ!」
アシェルは笑った。
前の晩よりもさらに心は軽くなっていた。
されどこの場でその能力が発揮されるには、あまりに遅かった。
「ち、違うわ。違いますのよ。あの、これは……おほほ。これは違いますわ。本当に違うのですよ」
そもそも招待状もなくこのパーティーへと突撃して来る前に気付く事案であったが。
カツカツカツという音が止まってみれば、違う違うと繰り返すばかりの青褪めた夫人が立っている。
アシェルとソフィアは自然に顔を見合わせていた。
「この後はどうしたらいいかしら?」
「終わり方を想定していなかったね」
元々悪意を強く持ったことのない二人だ。
他者とのちょっとした揉め事も、いつもなら相手を軽く諫めたらそれで終わった。
反省し態度を変えてそれからも付き合う者もいれば、相手から逃げ去って二度と関わろうとしない者も多かった。
それに領地なら、ここまで問題ある人間は、衛兵などが揉める前に回収していく。
当主の娘と、当主が他家から預かると決めた研究者である子どもたち。二人はしかと周りの大人たちに守られて育ってきた。
そんな二人には、これほどに人を追い詰めた経験もなければ、パーティーにも不慣れ。
貴族の付き合いというものだって、アシェルが他家との付き合いを経験していたのは十一歳までの子ども時代で、経験のないソフィアとは知り得ている情報は似たようなもの。
下位貴族の集まりということで、ローワンが遠慮したことが仇となったか。
追い詰めた後は、さてどう終わる?
壊れてしまったようにも見える夫人を前にして、若い二人はそれぞれ考え込んだ。
──俺としては、二度と会わないでくれたらそれでいいんだけれど。
アシェルの想いはこれに尽きる。
ソフィアを傷付ける発言は許せないものの、もうやり返しているし、言いたいことは伝えて、次がないならば。
これからイーガン子爵家の者たちがどう生きようと、正直どうでもいいのである。
アシェルはここで一つ思い出していた。
──セイブルが『俺にくれ』と言っていた。あれがどうしても引っ掛かるんだよね。
すでにイーガン子爵家から除籍したアシェルに、イーガン子爵家の者たちをどうこうする権利はないし、たとえ除籍していなくても、ただの三男でしかないアシェルにはやはり権利はないのである。
──欲しいなら自分で奪っていってよ、セイブル。得意でしょう?
ここにセイブルがいたら、本当に夫人と令息を回収していただろうなと想像して、友人にこの場の後始末を頼みたくなってしまったアシェルだった。
成人したばかりの二人が対応に悩む中、見守る壮年の貴族たちもまた口を挟むか否かと悩んでいた。
それはここに集まる皆が下位貴族だったからだ。
「帰ろう、母上」
悩むアシェルたちを救ったのは、まさかのイーガン子爵家次男の発言である。
すでに立ち上がり、母親である夫人に歩み寄ったダニエルは、動く腕で母の肩に手を置いた。
ダニエルが「帰るよ、母上」とさらに告げれば。
イーガン子爵夫人は、子どものように嫌々と首を振り抵抗を見せ始める。
「駄目よ。このままでは帰れないわ。あなたも分かるでしょう?」
「もう無理だよ、母上。俺も一緒に叱られるから帰ろう」
「嫌よ。嫌。離してちょうだい!わたくしはその子を連れて帰るのよ!」
母の腕を掴んだダニエルが、ぎゅっと眉を寄せたのは痛みからだろうか。
直後に彼はアシェルを見据えた。
「招待状なく来たことについては、謝っておいてくれ」
「はい?」
「弟だろ。それくらいはしてくれ」
掛けられた想定外の言葉に驚き、ダニエルの視線からまったく敵意を感じられなかったことにも重ねて驚いて。
アシェルは戸惑いながらも頷いた。
「もちろん。言われなくても謝罪する予定だよ」
「ふんっ。生意気になりやがって。お前を見るのもこれが最後と思えば清々するぜ。せいぜい元気でな」
「はい?」
「ふん。ほら、母上。歩いてください。行きますよ」
顔を顰めたダニエルは、母親の腕を無理やり引いて、最後に振り返って無言で皆に向け頭を下げたのち、門から出て行った。
「……どういうことなの?」
このときは目を丸くして呟いていたソフィアが、気付いて叫んだのは夜も更けてから。
「あの二人、謝らなかったわ!」
アシェルは笑った。
前の晩よりもさらに心は軽くなっていた。
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