【完結】ねぇ、それ、誰の話?

春風由実

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129.ここが住処でここが故郷

 先に馬車の扉から身体を出せば、慣れ親しんだ風が柔らかく頬を霞めた。
 見渡せば遠く丘の上から、よく知る人が手を振っている。

 大きく手を振り返して、アシェルは振り返り、さっと右手を出した。
 掴まれた右手に満足そうに微笑んで、「気を付けて」と囁き、二人でゆっくりステップを降りて路面に立つ。


「トム爺!」


 長旅のあととは思えない、元気な声を出して、ソフィアもまた丘の上に向け大きく手を振った。
 それから隣を見て、嬉しそうに微笑む。


「早く行きましょう、アシェル!」


 駆け出そうとするソフィアに手を引かれ、慌てて馬車の御者に声を掛けると、アシェルも草を踏み歩き出す。


 ──戻って……いや、帰って来た、だ。


 息を吸い込むと、また一段と以前より呼吸が楽になったことを感じて、アシェルは嬉しくなる。


 王都から戻り、領地に入ってから。
 アシェルたちは領主の屋敷にも寄らず、真直ぐにこの丘を目指してきた。
 今頃はアシェルたちが戻ったという連絡を受けたセイブルが、屋敷で一人拗ねていることだろう。


 ──セイブルには悪いけれど。これからはもっと多くの時間、一人で頑張って貰わないといけないからね。早く慣れておいてよ。


 拗ねた友人の顔を想像すれば、すぐに王都でのあれこれも思い出された。
 ほんの少し前のことなのに。
 領地に帰って来た途端に、それらが遠い過去の出来事に思えてくることは、アシェルにも不思議だった。


 ──濃い旅だったよ。本当にね。


 王子の断罪劇に強制的に参加させられたあの日から。
 目まぐるしくアシェルたちの知る情報は更新されていった。

 たとえば、アシェルに手紙を送ってきた人々。
 その多くが、オーレリア王女が教えてくれた『美の女神の愛し子』を崇拝するというあのよく分からない集まりの参加者であることが発覚した。

 アシェルとソフィアは一度限りと説明し、その集まりに参加して、堂々とこれまで勝手に創られた物語の内容に怒っていることを宣言してきたのだが……。
 すると新しい物語が創生された。


 ──ねぇ、どうして、そうなるのかな?


 アシェルはうんざりしていたが。
 意外にもソフィアが新しい物語の内容を楽しんでしまって、妻が喜ぶならばとアシェルは渋々とこれを許してしまった次第である。


 ──次に王都に行ったときに、またおかしなことに巻き込まれなければいいけれど。


 集まりの者たちは、次がないよう管理を徹底するとは言っていたが。

 人間の想像力は容易に暴走するのだと、アシェルは今回の王都の旅から嫌というほど学んだので。
 辛い幼少期を過ごしたアシェルを、ソフィアが救い出して、それから二人が共に研究を行いながら、愛を深めていくという、新しいその物語から、妙な想像力を働かせて暴走する者が出ないことを願うばかりである。


 ──想像力といえば……。騎士たちも勝手な物語を創り始めていたね。この国は本当に大丈夫かな?


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