【完結】親がいなくても、私が私を幸せにするので大丈夫です。どうぞ、私のことはおかまいなく。

春風由実

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2.この世界のこと

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 孤児院で過ごした最初のひと月の間に、この世界についての私の知識は一気に増えた。

 逃げ出したあの晩。
 私は町外れの通りに倒れていたところを発見されて、その身なりから孤児と判断した大人たちによって、この孤児院に運ばれたそうだ。

 孤児院にいる子どもたちの多くは、この町の生まれではない。
 二つ隣に大きな町があって、そこから来た子が大半、他にも近隣の町から親のない子どもが集められていた。
 孤児院というものは、各町にあるわけではないらしい。

 稀に親を亡くしたあとに自分で孤児院にやって来る子どもがいる。
 それで私も不審がられず、受け入れて貰えたというわけ。


 それからもう十年が過ぎた。


 私はその十年前に、リリアという名前を与えられ、そこではじめてこの国の子どもとして登録された。
 あの小屋を出る前の私に、名前があったのか、届け出はされていたのかどうか、私は知らない。

 二重登録になっていたらまずいのかなぁ?と思ったけれど、十年の間に孤児院に私を探しに来た人がいなかったから、多少の不安は残るものの、これからも問題になることはないと期待している。


 当時の私は六歳ということになった。
 これを決めたのも、私にリリアという名を与えてくれた孤児院の職員さんだ。

 あの小屋でどれだけ過ぎたかなんて覚えてはいないので、これは予想でしかない。
 私は自分がもう少し年上じゃないかなぁ?と感じていた。
 満足に食べられなくて、他の子たちより成長が遅れていただけだったと思うんだよね。


 それからは、他の孤児院の子どもたちとの接触もしばらくは控えられ。
 個室で身体を癒すことに専念する日々を送った。

 その間にこの世界の常識を教わっていったのである。
 思い返せば、あれは他の子どもたちとよく付き合えるように準備をする期間でもあったのだろう。

 名付けてくれた職員さん、私たちがマリー先生と呼ぶ彼女は、当時は私に付きっ切りで面倒を見てくれていた。
 成長して自分のことは自分でするようになった今も、細やかに気に掛けてくれる大好きな先生である。


 前世の記憶がある私は、すぐにマリー先生が痩せていることが気になって、私という存在がこの孤児院の負担になっているのでは?と考えるようになった。
 この世界の一般的な食事の程度は分からなかったものの、療養する子どもに与えるものが野菜メインのスープばかりということに、余裕のなさも感じ取っていたから。
 絶対にそうだとは言わないけれど、あの頃の先生たちは、自分たちの食べる分を減らしてまで、子どもたちにより多く食事を与えてくれていたに違いない。


 だからまだ常識知らずだった私は、少し元気になると仕事がしたいと願い出た。

「治ったら稼ぎたいの。この近くで私が働ける場所はある?」

 前世でも六歳の子どもが働くなんてあり得ない環境にいたけれど、それは私が恵まれていただけ。
 世界には学校も行かずに働く子どもたちがいることを知っていたから。

 あの世界よりずっと文明が劣っているように感じられたここは、子どもでも働けるだろうと思ったのだ。
 しかしそれは間違いだった。 

「働くだなんて、とんでもないわ!」

 マリー先生はそれは恐ろしいことを聞いたように驚き、私には「二度とそのようなことを考えてはだめ。口にしてもだめよ」と教え込んだ。

 そうして教わったこの世界の常識。

 この国は、いや、この世界全体は、『神さまの教え』に基づき形成されていたのである。

 そのなかに『子どもが働くことを固く禁ず』という教えがあった。
 前世を思い出した私は本当に実在したの?と疑ってしまうけれど、その神さまが子どもたちの幸せを願って、そのような教えを人々に与えたことは理解出来る。

 だけどさぁ、神さま。

 豊かな社会が築けてこそ、子どもたちがその言葉に守られるのであって。

 他人の子を助ける余裕なき世界では、かえってこれは子どもたちを苦しめるだけでは?
 まだちょーっと早かったと思うのだけれど?

 それにもう一つ。『子どもの世話は、その子が成人するまで必ず続けるものとす』。
 これがまた、私たちのような親のない子どもたちを救わない教えとなっていた。

 神話の通り、神さまの教えを絶対とする世界をあなたが創ったんならさぁ。
 私たちのような存在が生まれないようにするとか、それが無理でも、ちゃんと国なり神殿なりが孤児たちが困らないよう率先して手を差し伸べる教えを、裕福な人たちだけでも構わないから与えておいてくださいよ。

 神さまのせいで、孤児院の先生たち以外は誰も私たちを助けようとしなかったんだからね!
 倒れた私を見付けた人だって、触れないようにして生きていることを確認したあと、抱き上げて運ぶことには躊躇して、孤児院の先生たちを呼んで来たらしいじゃない?
 倒れた子どもも助けられないってどうよ。
 おかげで先生たちは孤児がいると連絡が来るたび、遠くまで迎えに行かなきゃならないし。
 一番驚いたのは医者だ。医者でさえ、子どもだけの患者は診ないという。
 世話をする大人が呼んだ形を取らないと、自分が世話をしたことになって成人まで面倒をみなきゃならないから困ると。
 なんだそれ!
 そのせいで助からなかった子どもがどれだけいるか、考えるのも恐ろしいじゃない!
 
 と。
 前世の記憶がある私は、当時六歳という設定の小さな身体にありながら、心の中では盛大に神さま相手に不満を漏らした。

 マリー先生だけでなく、この世界の人たちは皆、幼い私がそんなことをしていたと聞いただけでも、ひっくり返って気絶するかもしれない。
 それくらいに、この世界に信仰が常識として根付いている。

 身体を癒しながら、私はずっと考えていた。
 こういうものには、必ず見逃される抜け道があるもの。

 すっかり元気になった頃には、思い浮かんだ策を実行に移そうと決意していた。
 恩返しの気持ちもあったけれど、多くは自分のために。
 あんなに飢えていたくせに、贅沢にも私は野菜の薄味スープに心底飽きていた。


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