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婚約者はとても怒っている
しおりを挟む「殿下お一人だけで責任を取る未来など、わたくしは許しません。殿下はそのような未来を受け入れて、わたくしがその後の人生を幸せに生きられるような薄情な人間だと思いまして?」
「それは分かっている。君は苦しむだろうが、そのときは私を恨めばいい。元よりそれを分かっての私の判断なのだから、全面的に私が悪かろう」
「殿下。もっと怒りましてよ?」
男は押し黙った。
言葉で取り繕える未来が見えない。こんなときに下手に話せば話すほど、泥沼に沈んでいくことを知っていた。
あの噂の愚物、かつて隣国の王太子であった者のせいで、母親と婚約者からたっぷりと怒られたときに、男はこれを学んだのだ。
沈黙は問題を解決はしないものの、その問題から生じる傷を最小に収める力がある。
令嬢はといえば、よく分かっておりますことと言うように頷いて、先の言葉を紡いだ。
「聡明な殿下のお力で、すでに最悪の結果は明白となっております。あとはこれを回避するに尽きるというもの。殿下とわたくしとで、西の次期辺境伯様を篭絡し、殿下の御代では、いいえ、その先の長き代に渡って、西の辺境伯だけでなくすべてのこの国の貴族たちが王家に忠誠を示しながら、国のためを想い行動する、そんな未来を築いてみせましょうとも」
男がやっと、ふわりと笑うように息を吐いた。
長く続きそうなお小言が意外にも短く終わったことに対する安堵ではない……いやそれも少しはあったが、男にあった心の重荷は急激に失われていた。
男は知っている。
令嬢が隣にいてくれるとき、普段感じている胃の痛みは霧散するのだ。
そして不思議なことに、令嬢からどれだけ厳しいことを言われようと、胃が痛むことはなかった。
「君が言うと、その未来が決定事項のように感じるから不思議だ」
「わたくしが言ったのですもの。それは確定した未来そのものですわ」
笑い合う二人の声に、周囲がほっとしたのも束の間。
「でも殿下。わたくし怒っていますのよ」
「……うん」
「お部屋に戻って二人でゆっくりとお話し合いをしたいわ」
「えぇと……まだ仕事が残っていてね」
「わたくしも手伝いますわよ。次期辺境伯様への対応の件も合わせてご相談せねばなりませんし。さぁ、殿下。行きましょう?」
「そうだね。うん、それはいいとして。ちょっと近くないかな?」
淑女らしからず、男の片腕にぎゅっと両手で絡まる令嬢に、男は身を引こうとした。
しかし令嬢はぎゅっと強く腕に絡まっているわけで、そう簡単には離れない。
「わたくしとっても怒っておりますからね?」
令嬢はさらに念を押して言ったうえ、その柔らかい身を男の腕に押し付けてきた。
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