14 / 14
歴史は真実を語らない
しおりを挟むこの国の王太子の婚約者からは、愚物と痛烈に批判されていたけれど。
あの隣国の元王太子は、正しき言葉も残していた。
彼が言った通り、男は確かに幸せ者であったのだ。
王妃となるべくして生まれた女。
そんな令嬢を自身で選ぶことなく、物心ついた頃には婚約者に据え置かれていたのだから。
稀代の賢王とそれを支える賢妃として、彼らが広く世界へと名を馳せるときは、後に王妃となる令嬢がご立腹だったこの日からそう遠くない未来にやって来る。
それは二人が存命の時代に終わらず。
国内外から乱世の種を退けて、かつてなき安定した地盤を築き、その後数百年の太平の世が続いたのも、この王と王妃の功績であるとして語り継がれることになった。
二人は未来の人々からも感謝され崇拝されている。
しかしそれが──この王の心配性故の結果だったとは。
彼らの生きた時代にそれを知っていた者は少なく、やがて時が流れると語り継ぐ者も残らなかったので、かの王をそのような小心者として考察する歴史学者は未来には一人もない。
二人の功績は、彼がいかに心配性な男であったかを語っているのだが。
たとえば、二人はまた、愛し合う王と王妃としても有名となり、後の世で恋愛事の神様のようにも崇められていくのだが。
三男二女と子宝に恵まれた男は、それは心配性の男らしく振舞った。
子孫の王位継承権争いへの憂いも制度を改めしかと払ったし、王族の子の教育を徹底することで王位を争う価値あるものではなくしてしまった。つまるところ、幼い頃からの洗脳である。
あるいはまた、王妃が妊娠と出産回数を重ねるほどに、医療の質が改善していったことも、男の心配症な気質を窺わせるものだった。
子の教育の重要性に気付いた男はまた、王都に貴族の子らを預かって教育を施す機関を築き、それが後の世で彼が憧れたあの婚約破棄騒動の場になることなど知る由もないのだが。
それはまた別の話として──。
すべては男が小心者であるが故に。
心配で心配で堪らないことばかりだったために。
男は世を変えていった。
そんな心の弱き男だったけれど。
あのとき婚約者が願った通り、彼は二度と未来の王妃となるあの令嬢と離れる未来を口にすることはなかった。
その真実は──男が彼女のことに関してだけ心を強く持てたというところにはない。
「わたくし、怒りますわよ?」
この一言だけで、王は王妃に服従していた。
なんて話を当時の側近たちに囁かれていたこともまた、時の流れが霧散して──。
男はいつしか、あの憧れた隣国の元王太子も含め、国を越え、世代を越えて、世界中の多くの人たちから憧れる存在となっていたのだった。
彼のような素晴らしき人間になりたいと言うのは、子どもだけではない。
そんな未来があることを知ったとき、きっと彼はこう言っただろう。
「是非とも代わっておくれ」と──。そして王妃は怒るのだ。
42
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
罠に嵌められたのは一体誰?
チカフジ ユキ
恋愛
卒業前夜祭とも言われる盛大なパーティーで、王太子の婚約者が多くの人の前で婚約破棄された。
誰もが冤罪だと思いながらも、破棄された令嬢は背筋を伸ばし、それを認め国を去ることを誓った。
そして、その一部始終すべてを見ていた僕もまた、その日に婚約が白紙になり、仕方がないかぁと思いながら、実家のある隣国へと帰って行った。
しかし帰宅した家で、なんと婚約破棄された元王太子殿下の婚約者様が僕を出迎えてた。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さくら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる