国を奪われた少女は、遠い海の向こうでエリート役人に捕まって溺愛される

春風由実

文字の大きさ
9 / 349
♦一度目

8.夜のお誘い

しおりを挟む
 部屋の戸がノックされたのは、イルハが自室の一人用のソファーでグラス片手にくつろいでいるときだった。
 イルハが何か答える前に扉が開く。

「イルハ、今日はありがとう。お湯も頂いたよ。重ねてありがとうね」

 シーラがひょこっりと空いた扉の隙間から顔を出した。

 リタがあてがった白い綿のワンピースはやはり少し大きいようで、扉の端を持つ手の指先まで袖で隠れてしまっている。


「どういたしまして」

 イルハは言いながら、果実酒の入ったグラスを傾けた。

「それって、美味しい?」

 言ってシーラが体ごと部屋に身を乗り出してくる。
 部屋の主から拒絶がないと確認したあと、さらに一歩踏み出したシーラがやたらと背筋を伸ばしているのは、床に付くか否かという裾の長さを気にしてのことだろう。
 タークォンの家屋が土足厳禁だったことには、今のシーラは心から感謝しているに違いない。

 しかしそれでも、白いワンピースはシーラによく似合っていた。

 イルハはいつも通り冷静で、観察結果を表情に示さない。

「あなたはこの国でお酒を飲むことは出来ませんよ」

 少しの迷いもなく言われ、二度目に口を尖らせたシーラの顔は、湯上りのせいか先よりさらに少女らしいものだった。

 すぐに気を取り直したシーラは、この日イルハには何十回目ともなる質問を投げ掛ける。

「ねぇ、家の中でも音楽は禁止?」

「それはありませんよ。自宅まで厳しい法で縛っては、この国の民も逃げ出してしまうでしょうからね」

「じゃあ、ここで歌ってもいい?」

「ここでですか?」

「お礼にもならないけど。とてもお世話になったから、楽しい夜を贈らせて」

「では、先ほど演奏されていた曲をお願いしても?」

「喜んで!」

 急ぎ部屋を出て行ったシーラを何事かと見送ったイルハが理由に気付き追い掛けるまでもなく、シーラは例の珍しい弦楽器を抱えて戻って来た。
 
 それからシーラは迷いなく、それでいてワンピースの裾を気にしつつ、絨毯の上に腰を下ろす。
 抱えた弦楽器もまた、シーラには少し大き過ぎるように感じられた。

 シーラが順に両の袖を捲れば、もうないと思った白い布が現れる。
 湯浴みをした後に再び巻き付けたのだとすれば、傷痕でもあるのか、それとも怪我をしているのか。

 一瞬の限りだったが、イルハも眉を顰めた。
 しかしイルハは、別の気遣いを見せたのである。

「ソファーに座っていただいて構いませんよ?」

「ありがとう。でもね、床の方が落ち着くんだ。いつも甲板の上に居るからかな?」


 シャラン、シャララン。

 シャララ、シャラララン。

 指で選んだ弦をはじき、いくつかの音を確認すると、シーラは曲を奏で始めた。
 イルハが目を閉じ、その独特の音色に身を預けようとしたとき、歌声も重なった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

溺愛彼氏は消防士!?

すずなり。
恋愛
彼氏から突然言われた言葉。 「別れよう。」 その言葉はちゃんと受け取ったけど、飲み込むことができない私は友達を呼び出してやけ酒を飲んだ。 飲み過ぎた帰り、イケメン消防士さんに助けられて・・・新しい恋が始まっていく。 「男ならキスの先をは期待させないとな。」 「俺とこの先・・・してみない?」 「もっと・・・甘い声を聞かせて・・?」 私の身は持つの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界と何ら関係はありません。 ※コメントや乾燥を受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!

ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」 それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。 挙げ句の果てに、 「用が済んだなら早く帰れっ!」 と追い返されてしまいました。 そして夜、屋敷に戻って来た夫は─── ✻ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

貧乏貴族の俺が貴族学園随一の麗しき公爵令嬢と偽装婚約したら、なぜか溺愛してくるようになった。

ななよ廻る
恋愛
貴族のみに門戸を開かれた王国きっての学園は、貧乏貴族の俺にとって居心地のいい場所ではなかった。 令息令嬢の社交場。 顔と身分のいい結婚相手を見つけるための場所というのが暗黙の了解とされており、勉強をしに来た俺は肩身が狭い。 それでも通い続けているのは、端的に言えば金のためだ。 王国一の学園卒業という箔を付けて、よりよい仕事に就く。 家族を支えるため、強いては妹に望まない結婚をさせないため、俺には嫌でも学園に通う理由があった。 ただ、どれだけ強い決意があっても、時には1人になりたくなる。 静かな場所を求めて広大な学園の敷地を歩いていたら、薔薇の庭園に辿り着く。 そこで銀髪碧眼の美しい令嬢と出会い、予想もしなかった提案をされる。 「それなら、私と“偽装婚約”をしないかい?」 互いの利益のため偽装婚約を受け入れたが、彼女が学園唯一の公爵令嬢であるユーリアナ・アルローズと知ったのは後になってからだ。 しかも、ユーリアナは偽装婚約という関係を思いの外楽しみ始めて―― 「ふふ、君は私の旦那様なのだから、もっと甘えてもいいんだよ?」 偽装婚約、だよな……? ※この作品は『カクヨム』『小説家になろう』『アルファポリス』に掲載しております※ ※ななよ廻る文庫(個人電子書籍出版)にて第1巻発売中!※

処理中です...