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♦一度目
8.夜のお誘い
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部屋の戸がノックされたのは、イルハが自室の一人用のソファーでグラス片手にくつろいでいるときだった。
イルハが何か答える前に扉が開く。
「イルハ、今日はありがとう。お湯も頂いたよ。重ねてありがとうね」
シーラがひょこっりと空いた扉の隙間から顔を出した。
リタがあてがった白い綿のワンピースはやはり少し大きいようで、扉の端を持つ手の指先まで袖で隠れてしまっている。
「どういたしまして」
イルハは言いながら、果実酒の入ったグラスを傾けた。
「それって、美味しい?」
言ってシーラが体ごと部屋に身を乗り出してくる。
部屋の主から拒絶がないと確認したあと、さらに一歩踏み出したシーラがやたらと背筋を伸ばしているのは、床に付くか否かという裾の長さを気にしてのことだろう。
タークォンの家屋が土足厳禁だったことには、今のシーラは心から感謝しているに違いない。
しかしそれでも、白いワンピースはシーラによく似合っていた。
イルハはいつも通り冷静で、観察結果を表情に示さない。
「あなたはこの国でお酒を飲むことは出来ませんよ」
少しの迷いもなく言われ、二度目に口を尖らせたシーラの顔は、湯上りのせいか先よりさらに少女らしいものだった。
すぐに気を取り直したシーラは、この日イルハには何十回目ともなる質問を投げ掛ける。
「ねぇ、家の中でも音楽は禁止?」
「それはありませんよ。自宅まで厳しい法で縛っては、この国の民も逃げ出してしまうでしょうからね」
「じゃあ、ここで歌ってもいい?」
「ここでですか?」
「お礼にもならないけど。とてもお世話になったから、楽しい夜を贈らせて」
「では、先ほど演奏されていた曲をお願いしても?」
「喜んで!」
急ぎ部屋を出て行ったシーラを何事かと見送ったイルハが理由に気付き追い掛けるまでもなく、シーラは例の珍しい弦楽器を抱えて戻って来た。
それからシーラは迷いなく、それでいてワンピースの裾を気にしつつ、絨毯の上に腰を下ろす。
抱えた弦楽器もまた、シーラには少し大き過ぎるように感じられた。
シーラが順に両の袖を捲れば、もうないと思った白い布が現れる。
湯浴みをした後に再び巻き付けたのだとすれば、傷痕でもあるのか、それとも怪我をしているのか。
一瞬の限りだったが、イルハも眉を顰めた。
しかしイルハは、別の気遣いを見せたのである。
「ソファーに座っていただいて構いませんよ?」
「ありがとう。でもね、床の方が落ち着くんだ。いつも甲板の上に居るからかな?」
シャラン、シャララン。
シャララ、シャラララン。
指で選んだ弦をはじき、いくつかの音を確認すると、シーラは曲を奏で始めた。
イルハが目を閉じ、その独特の音色に身を預けようとしたとき、歌声も重なった。
イルハが何か答える前に扉が開く。
「イルハ、今日はありがとう。お湯も頂いたよ。重ねてありがとうね」
シーラがひょこっりと空いた扉の隙間から顔を出した。
リタがあてがった白い綿のワンピースはやはり少し大きいようで、扉の端を持つ手の指先まで袖で隠れてしまっている。
「どういたしまして」
イルハは言いながら、果実酒の入ったグラスを傾けた。
「それって、美味しい?」
言ってシーラが体ごと部屋に身を乗り出してくる。
部屋の主から拒絶がないと確認したあと、さらに一歩踏み出したシーラがやたらと背筋を伸ばしているのは、床に付くか否かという裾の長さを気にしてのことだろう。
タークォンの家屋が土足厳禁だったことには、今のシーラは心から感謝しているに違いない。
しかしそれでも、白いワンピースはシーラによく似合っていた。
イルハはいつも通り冷静で、観察結果を表情に示さない。
「あなたはこの国でお酒を飲むことは出来ませんよ」
少しの迷いもなく言われ、二度目に口を尖らせたシーラの顔は、湯上りのせいか先よりさらに少女らしいものだった。
すぐに気を取り直したシーラは、この日イルハには何十回目ともなる質問を投げ掛ける。
「ねぇ、家の中でも音楽は禁止?」
「それはありませんよ。自宅まで厳しい法で縛っては、この国の民も逃げ出してしまうでしょうからね」
「じゃあ、ここで歌ってもいい?」
「ここでですか?」
「お礼にもならないけど。とてもお世話になったから、楽しい夜を贈らせて」
「では、先ほど演奏されていた曲をお願いしても?」
「喜んで!」
急ぎ部屋を出て行ったシーラを何事かと見送ったイルハが理由に気付き追い掛けるまでもなく、シーラは例の珍しい弦楽器を抱えて戻って来た。
それからシーラは迷いなく、それでいてワンピースの裾を気にしつつ、絨毯の上に腰を下ろす。
抱えた弦楽器もまた、シーラには少し大き過ぎるように感じられた。
シーラが順に両の袖を捲れば、もうないと思った白い布が現れる。
湯浴みをした後に再び巻き付けたのだとすれば、傷痕でもあるのか、それとも怪我をしているのか。
一瞬の限りだったが、イルハも眉を顰めた。
しかしイルハは、別の気遣いを見せたのである。
「ソファーに座っていただいて構いませんよ?」
「ありがとう。でもね、床の方が落ち着くんだ。いつも甲板の上に居るからかな?」
シャラン、シャララン。
シャララ、シャラララン。
指で選んだ弦をはじき、いくつかの音を確認すると、シーラは曲を奏で始めた。
イルハが目を閉じ、その独特の音色に身を預けようとしたとき、歌声も重なった。
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