国を奪われた少女は、遠い海の向こうでエリート役人に捕まって溺愛される

春風由実

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♥選ぶもの

84.知らない顔

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「……どうしよう、キリム。何も分からない」

 鬼気迫るアイリーンの視線の圧に負けたシーラの視線は、縋るようにキリムに逃げた。

「ふふ。思い込みが過ぎましてよ、アイリーン嬢」

「申し訳ありません。しかしながら仔細聞いてしまっては──」

 一体どんな想像をして、気を遣っているのだろうか。
 アイリーンの中でシーラとイルハについてのどんな物語が成り立っているか大変興味のあるキリムであったが、早く本当のシーラを知ってアイリーンをこちら側に巻き込んでしまいたいので、今は聞くことをやめておく。
 その話だけで、お茶会が終わってしまいそうだったから。

「気遣いは素晴らしいけれど、あなたの前提が正しいとは限らないわ。ねぇ、シーラ。レンスター卿はあなたと一緒に編み物をなさるのよね?」

「うん。私が出来なかったから、一緒にしたのは一度だけだけどね!今度、イルハの編んだマフラーを見る?」

「是非見せていただきたいわ」

 アイリーンの反応はかなり遅れた。

「……は?」

「え?」

「うふふ」

 アイリーンは口を小さく空けて呆け、シーラはどうしたのかと首を傾げる。
 その二人を交互に眺め、キリムは笑った。

「レンスター卿はあなたの前ではどんな感じかしら?」

「どんな?イルハはいつもイルハの感じだよ?」

「……なっ!」

「え?」

「うふふ」

 また似たようなときが繰り返される。
 こんなこと、あと何回続くのかしら?とキリムは回数を予測して自分の中だけで楽しむことにした。

「分かりにくい聞き方をしてしまったわね。そうだわ。ここに来る前に、レンスター卿があなたに何を言っていたか聞かせてくださる?」

 シーラから満面の笑みが零れると、その笑顔をアイリーンは疑うことが出来ない。

「帰りは迎えに行くからねって。それから帰りたくなったらいつでも伝言を頼むようにと言っていたよ。時間に関係なくイルハが迎えに来てくれるんだって。今日はお仕事が忙しくないからそのまま一緒に帰ると言っていたの」

「まぁ、それは……大変ね」

 今夜を想像して、キリムは面倒ね、と思ったが顔には出さない。

「大変?」

「いいえ、こちらの話よ。他にも何か言っていらして?」

「リタが夕食に特別なものを作るから食べ過ぎないように……あ!沢山食べちゃった。でもまだ沢山食べられるから平気だね。イルハって私のお腹がどうなっているか不思議なんだって。どうにもなっていないのにね?」

 いいえ、それは私も気になっているわ。
 なんてキリムは思うがこれも口にはしなかった。

 もっと面白い話を早く聞き出したいから。

「そうそう今日の装いが素敵だって褒めてくれたの。それはもう朝から何回も言っていた!」

 ここでキリムは、自分がいつもならしていることを今日はしていなかったことに気付く。
 どちらに対してもだ。



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