国を奪われた少女は、遠い海の向こうでエリート役人に捕まって溺愛される

春風由実

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♥選ぶもの

85.他の誰かの話では

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「いつもとは感じが違っているのに、触れなくてごめんなさいね。あなたはいつも可愛いけれど、今日の装いは格別で素晴らしいわ。卿が何度も褒めてしまう気持ちがよく分かるもの」

 シーラと会ってすぐに再会を喜ばれたので、いつもならする社交辞令をすっかり忘れていたキリムだった。
 お茶会といえば、装いを褒めるところから始まるものだというのに。

「嬉しい!これはね、イルハが用意していてくれたものなんだ。前に二人でお店に行ってお互いの服を注文していたんだけどね。その後に、こっそり頼んでくれていたんだって。いつお店に行ったのかなぁ?」

 シーラが今日着ているワンピースは、タークォンではドレスと呼ぶ類の服である。
 晩餐会で使うような正装とまではいかないが、後宮の前庭に呼ばれたときにはまさに相応しい装いだった。

 服もこちらで用意しようと誘ったキリムであったが、まさか先回りされているとは思わず。
 ちょっと悔しい気持ちになったキリムである。

 だからと言って意地を張って、シーラを褒めなかったわけではない。

 再会してすぐに見た素直な笑顔に感化されて、いつもの社交辞令の会話なんて吹っ飛んでいただけだ。

 早くもっと喜ばせたくて、甘い菓子を食べさせたくなったのもある。
 夫の気持ちが今になってよく分かったキリムだった。

「こんな風にひらひらした服って着たことがなかったから、今朝はどきどきしちゃったんだ。汚さないか心配で着るのはちょっと怖かったんだけど、どんな汚れでも綺麗にしてみせるからいくらでも沢山汚しておいでってリタが言ってくれてね」

 絞ったウエストから裾に掛けてふわりと広がるドレスは、まだ少女らしさの残る小柄なシーラにとてもよく似合うものだった。
 淡い水色も、シーラに多分に残る少女らしさを引き立てている。

 これをイルハが選んだと思うと……本当はここで大口を開けて笑いたいキリムだった。
 王子妃としてそのようなことは決してしないのだけれど。

「卿がドレスを……」

 茫然と呟くアイリーンを余所に、キリムはシーラを褒め称える。

「本当によく似合っているわよ、シーラ。あなたのためだけにこの世に生まれたドレスね。他の誰もあなたほど似合わないわ。だから今日は髪型も特別なのね?」

「分かる?今日はリタがこの服に合うようにリボンを三つも編み込んでくれたんだ!」

 白、青紫、青のリボンが巧妙に絡み合い、後ろ姿に芸術品が完成していた。
 シーラは嬉しそうに横を向いて、髪型をキリムに見せ付ける。

「リボンまで……」

「アイリーン嬢も、さすがにもう分かったわね?」

 しかしまだアイリーンは正気に戻り現実を受け止めることが出来ないようだ。

「これは私の存知ているレンスター卿の話でしょうか」



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