【完結】あなたを愛するつもりはないと言いましたとも

春風由実

文字の大きさ
17 / 96

17.大事な扇が見付かりません

しおりを挟む
 それは出立の数日前のことでした。

 二人だけで話がしたいと珍しく父が私の部屋に顔を覗かせまして。
 恥ずかしながら私は、遠くの地へ嫁ぐ私に最後に何か言葉を掛けてくださるのでしょうと期待していたのですが。
 娘の結婚前に父親が涙を誘う温かい言葉を掛ける、そういう小説を読んだことがあったのです。

「あれは我が領だけで通じる夫人の姿であって、他家ではそうではないからな」

 父の話は、貴族の夫人についてでした。
 このとき私が少々がっかりしていたのは内緒です。

「出来ぬことをしようと思うなよ」

 父はそう言っていました。

 ついでに「それはどちらかと言えばアルの方が適任」「我が領の次代は安泰か」「よくぞ受け継いでくれたとは思えどももう少し私への態度を軟化してくれぬものだろうか」と何かぶつぶつと話が続いていましたけれど。

 完全に父のそれは独り言だったので、途中から流してしまいました。
 物語の感動を現実に求めてはいけませんね。
 ちなみにアルとは、弟の愛称です。

「私たち、奥様には心から感謝しているんですよ」

「え?」

 髪を梳いてくれていた侍女のメグが、急に感謝の言葉を口にしました。
 そこで思い出したアルの顔は、そっと心の奥に仕舞っておきます。

 元気にしているでしょうか。
 姉として心配になりますが、こちらも出立前に「私の方が心配だよ」と言われていたのでした。
 
 体力があるから長旅は問題ないし、どこでも寝られて何でも食べられる方だから、遠くの地でも何の心配もないと伝えましたのに。
 その後に頭を抱えながら「そうではない。そういうところだ」と言っていたのは、何だったのでしょうね?

 アルもときどき分からないことを言う子でした。
 それで私が困っていると侍女たちがさっとその場を上手いこと取り成してくれていたのです。


 けれども私はこちらの侍女たちにそれを願ってはいません。
 お飾りだろうと、白い結婚だろうと、結婚するからには立派な夫人になれるよう努めねばと思い、嫁いできましたから。
 
 目指すは、母のような当主夫人!
 母ならば、扇ひとつで場を取り成してみせるでしょう。

 私の最終目標はそこです。

 侯爵様は元より、早く侍女たちにも認めて貰えるよう、母を目指して精進しますとも。


 はっ!
 今度は母から掛けられた言葉を思い出しました。

 母は私の結婚が決まるずっと以前から「あなたには無理よ、他を目指しなさい」と言っていたのです。

 そういえば母は、他の人には何も言わないのに、私にはお小言を含めて沢山話しておりましたね。
 その方が早いし正確だからって言っていましたけれど、あれも何だったのでしょうか?

 とにかく私には無理と……いけません。努力する前から諦めるだなんて。
 私は母のような夫人になってみせますとも!

 母もよく「出来ぬ言い訳は要らない。まずやれ」と言っていましたものね。


「断らずに旦那様の元へと嫁いできてくださって、本当にありがとうございます。王命でも無理ではないかと、私たちもずっと心配していたんです」

 心で気張っていたら、メグには不思議なことを言われていました。
 そこへさらに、爪を磨いてくれていたエレナが言葉を重ねます。磨き甲斐があるとかで、毎日何か塗り込んではせっせと磨いてくれるのです。

「そうですよ。よくぞ、お断りにならず旦那様のところに嫁いできてくださいました。本当にありがとうございます」

 皆が一度手を止めて口々にお礼を伝えてくれたのですが。
 いえ、そんな。お礼なんて。

「私への感謝は要りません。王命による政略結婚なのですから」

 私が感謝される立場なら、私たちもまた侯爵様に感謝しなければなりません。

 よく知らぬ遠くの貴族の令嬢なんて妻にしたくなかったでしょうに、そのうえ妙な噂話もありました。
 それでも王命を正しく履行してくださって、おかげで王家や他家に対し我が家が悪い印象を与えることもありません。
 お互いさまと言えばそうですが、私もまたこの結婚に感謝しているのです。


 あら?

 示し合わせたように、侍女たちの動きがぴたと止まっていました。


 何か集まる視線が痛いのですが。
 私はまたしても失言をしてしまったでしょうか?

 うぅ……いままでの侍女たちとまだ勝手が違いますね。
 いえ、違いました。ここでは夫人らしい付き合いを……扇、そう、扇です。
 その扇がないのです。

 確かに荷物に入れておいたはずですのに、こちらに着いてから荷をひっくり返して探しても見つかりませんでした。

 母の沢山ある予備の扇をお願いしてひとつ貰ってきたのです。
 もっと他に欲しいと強請るものがあるだろうと母は怪訝な顔をしておりましたが、私は扇を求めました。

 旅の途中に開けない荷として運んでいましたから、どこかで落としたとも考えにくく。
 必ず荷の中にあると思ったのですが、一体どこに消えたというのでしょうか?

 新しく送って貰うには、また何か月も掛けなければなりません。
 お願いの手紙から始まって……急ぎではない話ですし一年くらい掛かるでしょうか。

 せめて扇があれば、形だけでも母に近付けましたのに。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

白い結婚を告げようとした王子は、冷遇していた妻に恋をする

夏生 羽都
恋愛
ランゲル王国の王太子ヘンリックは結婚式を挙げた夜の寝室で、妻となったローゼリアに白い結婚を宣言する、 ……つもりだった。 夫婦の寝室に姿を見せたヘンリックを待っていたのは、妻と同じ髪と瞳の色を持った見知らぬ美しい女性だった。 「『愛するマリーナのために、私はキミとは白い結婚とする』でしたか? 早くおっしゃってくださいな」 そう言って椅子に座っていた美しい女性は悠然と立ち上がる。 「そ、その声はっ、ローゼリア……なのか?」 女性の声を聞いた事で、ヘンリックはやっと彼女が自分の妻となったローゼリアなのだと気付いたのだが、驚きのあまり白い結婚を宣言する事も出来ずに逃げるように自分の部屋へと戻ってしまうのだった。 ※こちらは「裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。」のIFストーリーです。 ヘンリック(王太子)が主役となります。 また、上記作品をお読みにならなくてもお楽しみ頂ける内容となっております。

《完結》金貨5000枚で売られた王太子妃

ぜらちん黒糖
恋愛
​「愛している。必ず迎えに行くから待っていてくれ」 ​甘い言葉を信じて、隣国へ「人質」となった王太子妃イザベラ。 旅立ちの前の晩、二人は愛し合い、イザベラのお腹には新しい命が宿った。すぐに夫に知らせた イザベラだったが、夫から届いた返信は、信じられない内容だった。 「それは本当に私の子供なのか?」

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

一年後に離婚すると言われてから三年が経ちましたが、まだその気配はありません。

木山楽斗
恋愛
「君とは一年後に離婚するつもりだ」 結婚して早々、私は夫であるマグナスからそんなことを告げられた。 彼曰く、これは親に言われて仕方なくした結婚であり、義理を果たした後は自由な独り身に戻りたいらしい。 身勝手な要求ではあったが、その気持ちが理解できない訳ではなかった。私もまた、親に言われて結婚したからだ。 こうして私は、一年間の期限付きで夫婦生活を送ることになった。 マグナスは紳士的な人物であり、最初に言ってきた要求以外は良き夫であった。故に私は、それなりに楽しい生活を送ることができた。 「もう少し様子を見たいと思っている。流石に一年では両親も納得しそうにない」 一年が経った後、マグナスはそんなことを言ってきた。 それに関しては、私も納得した。彼の言う通り、流石に離婚までが早すぎると思ったからだ。 それから一年後も、マグナスは離婚の話をしなかった。まだ様子を見たいということなのだろう。 夫がいつ離婚を切り出してくるのか、そんなことを思いながら私は日々を過ごしている。今の所、その気配はまったくないのだが。

婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?

すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。 人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。 これでは領民が冬を越せない!! 善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。 『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』 と……。 そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。

処理中です...