30 / 84
妻を想う旦那様
しおりを挟む
いつまでも無言で拒絶を示すレオンに、男は鼻で笑うようにして言った。
「君が出来ないと言うなら、僕がしてもいいのだよ?」
するとレオンは、さっと顔色を変えて憤る。
「それはならん!それだけはさせん!」
「それなら、君が早くするといい」
「だがっ」
くすくすと笑った男は、レオンの焦りをさらに煽った。
「君さぁ、確か変わると言っていなかったっけ?今の君のしていることは、以前と何が違うのかなぁ?僕には同じに見えるけれど?」
「変わっているではないか。だから妻だって少しずつ俺を……」
そうだろうか?
レオンは言い掛けながら疑問に思う。
妻は心を開くどころか、いつまでも自分の言葉を真正面から受け止めてさえくれないではないか。
それはまるで避けているかのように。
レオンの想いなど微塵も求めていないというように。
レオンはごくりと喉を鳴らすと、相手が違うと知りながらも男を睨んだ。
そんなレオンの心情などすべてお見通しだという顔で、男は嘲笑う。
「腫物に触るようにして?過去に触れないようにして?そうして君は、今までと何を変えたと言うつもりなのかな?」
レオンはまた違う形で押し黙った。
あまりに図星だったからだ。
「彼女が話したくないと言ったわけではないのだろう?彼女が本当に必要としている言葉も聞かずして、君の身勝手な変化を奥さんは本当に喜んでくれているのかな?」
自分さえ変わればいいと、レオンは信じてきた。
それがもし、妻にとっては、妻を蔑ろにしていることと同義だったら?
すべてはレオンの独りよがりの行いとなる。
「君はさぁ、もっと聞かなければならないのではないかな?圧倒的に会話が足りていないように感じたよ。今は君だけが一方的に話し掛けている段階だろう?これは会話とは言わないものだよ。君はただ奥さんに話を聞いて貰い、奥さんはそれに付き合ってくれていただけなのだ」
男は黙るレオンに、なお厳しい言葉を語り続けた。
「君の話から君の想いは見えてきたけれど、奥さんの想いは何も見えて来なかったからね。それは君が聞こうとしてこなかったからではないのか?気遣うなと何度も言われていることだって、奥さんは薄々君が気遣いから聞かぬようにしていることに気付ていたのかもしれないよ。だから何も言わない。いや、言えない。君は奥さんの気持ちを、その望みを、聞こうとしたことはあったか?」
妻の望み……それはいつも、レオンに愛する人が早く現れることを願うだとか、いつでも離縁に応じるからそのときは気にせずに言って欲しいだとか、あるいはまだ家に置いてくれるならば目立たぬように暮らしたいだとか、何もしないでいるのは悪いから侍女たちのように働かせてくれないか、といったように……どれも到底レオンには認められる願いではなかった。
だからレオンはなるべく聞かぬようにして、自分の気持ちばかり押し付けてきたのだ。
そうすれば、妻もいずれ、レオンが望む形の願いを口にするに違いないと。
それは結局、妻の意志を蔑ろにしてきたことと同義ではないか。
一瞬レオンの体がぶるりと震えた。
男はここで満足したように頷くと、突然話題を変えてくるのだった。
「つい先日、とある子爵家から、爵位返上と領地返還の願い出があった」
レオンの顔付きが一瞬で厳しいものに変わった。
「まさか、あの男は本当に……いや、待て。子爵家が知っていたとすると話が変わってくるぞ」
「その辺も奥さんに早急に聞いておいて欲しいのだよ。期限は二か月」
「二か月だと?」
「それだけあれば十分だろう?ちょうど二月後に恒例の晩餐会が開かれるではないか。もちろんさすがに晩餐会の場を汚されたくはないから、その後にどうかと思ってね」
「待ってくれ。それは──」
男は制止しようと焦るレオンを無視し、淡々と命じるのだった。
「君には奥さんと一緒に夜会に出て貰うよ。君のことだから、晩餐会が終わったらさっさと帰るつもりだっただろうけれどね。え?晩餐会にも奥さんを連れて行く気がなかった?愚かだなぁ、君も。そういうことだよ」
「勝手なことを言うな。この件は妻の知らぬところで済ませるためにもお前には──」
「レオン、これは決定事項だ。反論は認めないよ。彼女はどうしてもその場に必要だからね」
当然レオンはしばらく抵抗を示し、男を説得しようと試みたが、これは失敗に終わった。
その後、男はとてもすっきりとした顔で公爵家を出ていく。
食事でもと誘ってくれていいのだよ。
と男は去る前に玄関で再三願望を口にしていたが、レオンは悉くこれを突っ撥ねてやった。
こちらの要望を聞き入れてくれるならば、考えてやらんことはないぞ。
何?それは無理だ?ならばさっさと帰れ。
ただでさえ今日は妻との時間が減っているのだぞ。早く帰ってくれ!
けらけらと笑う男を追い出すようにして見送ると、レオンは妻の元へと駆けて行く。
とにかく今は、妻の顔を見て、その妻の手を取り、騒ぐ心を落ち着かせたいレオンだった。
「君が出来ないと言うなら、僕がしてもいいのだよ?」
するとレオンは、さっと顔色を変えて憤る。
「それはならん!それだけはさせん!」
「それなら、君が早くするといい」
「だがっ」
くすくすと笑った男は、レオンの焦りをさらに煽った。
「君さぁ、確か変わると言っていなかったっけ?今の君のしていることは、以前と何が違うのかなぁ?僕には同じに見えるけれど?」
「変わっているではないか。だから妻だって少しずつ俺を……」
そうだろうか?
レオンは言い掛けながら疑問に思う。
妻は心を開くどころか、いつまでも自分の言葉を真正面から受け止めてさえくれないではないか。
それはまるで避けているかのように。
レオンの想いなど微塵も求めていないというように。
レオンはごくりと喉を鳴らすと、相手が違うと知りながらも男を睨んだ。
そんなレオンの心情などすべてお見通しだという顔で、男は嘲笑う。
「腫物に触るようにして?過去に触れないようにして?そうして君は、今までと何を変えたと言うつもりなのかな?」
レオンはまた違う形で押し黙った。
あまりに図星だったからだ。
「彼女が話したくないと言ったわけではないのだろう?彼女が本当に必要としている言葉も聞かずして、君の身勝手な変化を奥さんは本当に喜んでくれているのかな?」
自分さえ変わればいいと、レオンは信じてきた。
それがもし、妻にとっては、妻を蔑ろにしていることと同義だったら?
すべてはレオンの独りよがりの行いとなる。
「君はさぁ、もっと聞かなければならないのではないかな?圧倒的に会話が足りていないように感じたよ。今は君だけが一方的に話し掛けている段階だろう?これは会話とは言わないものだよ。君はただ奥さんに話を聞いて貰い、奥さんはそれに付き合ってくれていただけなのだ」
男は黙るレオンに、なお厳しい言葉を語り続けた。
「君の話から君の想いは見えてきたけれど、奥さんの想いは何も見えて来なかったからね。それは君が聞こうとしてこなかったからではないのか?気遣うなと何度も言われていることだって、奥さんは薄々君が気遣いから聞かぬようにしていることに気付ていたのかもしれないよ。だから何も言わない。いや、言えない。君は奥さんの気持ちを、その望みを、聞こうとしたことはあったか?」
妻の望み……それはいつも、レオンに愛する人が早く現れることを願うだとか、いつでも離縁に応じるからそのときは気にせずに言って欲しいだとか、あるいはまだ家に置いてくれるならば目立たぬように暮らしたいだとか、何もしないでいるのは悪いから侍女たちのように働かせてくれないか、といったように……どれも到底レオンには認められる願いではなかった。
だからレオンはなるべく聞かぬようにして、自分の気持ちばかり押し付けてきたのだ。
そうすれば、妻もいずれ、レオンが望む形の願いを口にするに違いないと。
それは結局、妻の意志を蔑ろにしてきたことと同義ではないか。
一瞬レオンの体がぶるりと震えた。
男はここで満足したように頷くと、突然話題を変えてくるのだった。
「つい先日、とある子爵家から、爵位返上と領地返還の願い出があった」
レオンの顔付きが一瞬で厳しいものに変わった。
「まさか、あの男は本当に……いや、待て。子爵家が知っていたとすると話が変わってくるぞ」
「その辺も奥さんに早急に聞いておいて欲しいのだよ。期限は二か月」
「二か月だと?」
「それだけあれば十分だろう?ちょうど二月後に恒例の晩餐会が開かれるではないか。もちろんさすがに晩餐会の場を汚されたくはないから、その後にどうかと思ってね」
「待ってくれ。それは──」
男は制止しようと焦るレオンを無視し、淡々と命じるのだった。
「君には奥さんと一緒に夜会に出て貰うよ。君のことだから、晩餐会が終わったらさっさと帰るつもりだっただろうけれどね。え?晩餐会にも奥さんを連れて行く気がなかった?愚かだなぁ、君も。そういうことだよ」
「勝手なことを言うな。この件は妻の知らぬところで済ませるためにもお前には──」
「レオン、これは決定事項だ。反論は認めないよ。彼女はどうしてもその場に必要だからね」
当然レオンはしばらく抵抗を示し、男を説得しようと試みたが、これは失敗に終わった。
その後、男はとてもすっきりとした顔で公爵家を出ていく。
食事でもと誘ってくれていいのだよ。
と男は去る前に玄関で再三願望を口にしていたが、レオンは悉くこれを突っ撥ねてやった。
こちらの要望を聞き入れてくれるならば、考えてやらんことはないぞ。
何?それは無理だ?ならばさっさと帰れ。
ただでさえ今日は妻との時間が減っているのだぞ。早く帰ってくれ!
けらけらと笑う男を追い出すようにして見送ると、レオンは妻の元へと駆けて行く。
とにかく今は、妻の顔を見て、その妻の手を取り、騒ぐ心を落ち着かせたいレオンだった。
91
あなたにおすすめの小説
P.S. 推し活に夢中ですので、返信は不要ですわ
汐瀬うに
恋愛
アルカナ学院に通う伯爵令嬢クラリスは、幼い頃から婚約者である第一王子アルベルトと共に過ごしてきた。しかし彼は言葉を尽くさず、想いはすれ違っていく。噂、距離、役割に心を閉ざしながらも、クラリスは自分の居場所を見つけて前へ進む。迎えたプロムの夜、ようやく言葉を選び、追いかけてきたアルベルトが告げたのは――遅すぎる本心だった。
※こちらの作品はカクヨム・アルファポリス・小説家になろうに並行掲載しています。
辺境は独自路線で進みます! ~見下され搾取され続けるのは御免なので~
紫月 由良
恋愛
辺境に領地を持つマリエ・オリオール伯爵令嬢は、貴族学院の食堂で婚約者であるジョルジュ・ミラボーから婚約破棄をつきつけられた。二人の仲は険悪で修復不可能だったこともあり、マリエは快諾すると学院を早退して婚約者の家に向かい、その日のうちに婚約が破棄された。辺境=田舎者という風潮によって居心地が悪くなっていたため、これを機に学院を退学して領地に引き籠ることにした。
魔法契約によりオリオール伯爵家やフォートレル辺境伯家は国から離反できないが、関わり合いを最低限にして独自路線を歩むことに――。
※小説家になろう、カクヨムにも投稿しています
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
【3月中ーー完結!!】
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
二十年の裏切りの果て、その事実だけを抱え、離縁状を置いて家を出た。
そこで待っていたのは、凍てつく絶望――。
けれど同時に、それは残酷な運命の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と縋られても、
死の淵を彷徨った私には、裏切ったあなたを許す力など残っていない。
「でも、子供たちの心だけは、
必ず取り戻す」
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔い、歪な愛でもいいと手を伸ばした彼女が辿り着いた先。
それは、「歪で、完全な幸福」か、それとも――。
これは、"石"に翻弄された者たちの、狂おしい物語。
虚弱で大人しい姉のことが、婚約者のあの方はお好きなようで……
くわっと
恋愛
21.05.23完結
ーー
「ごめんなさい、姉が私の帰りを待っていますのでーー」
差し伸べられた手をするりとかわす。
これが、公爵家令嬢リトアの婚約者『でも』あるカストリアの決まり文句である。
決まり文句、というだけで、その言葉には嘘偽りはない。
彼の最愛の姉であるイデアは本当に彼の帰りを待っているし、婚約者の一人でもあるリトアとの甘い時間を終わらせたくないのも本当である。
だが、本当であるからこそ、余計にタチが悪い。
地位も名誉も権力も。
武力も知力も財力も。
全て、とは言わないにしろ、そのほとんどを所有しているこの男のことが。
月並みに好きな自分が、ただただみっともない。
けれど、それでも。
一緒にいられるならば。
婚約者という、その他大勢とは違う立場にいられるならば。
それだけで良かった。
少なくとも、その時は。
成人したのであなたから卒業させていただきます。
ぽんぽこ狸
恋愛
フィオナはデビュタント用に仕立てた可愛いドレスを婚約者であるメルヴィンに見せた。
すると彼は、とても怒った顔をしてフィオナのドレスを引き裂いた。
メルヴィンは自由に仕立てていいとは言ったが、それは流行にのっとった範囲でなのだから、こんなドレスは着させられないという事を言う。
しかしフィオナから見れば若い令嬢たちは皆愛らしい色合いのドレスに身を包んでいるし、彼の言葉に正当性を感じない。
それでも子供なのだから言う事を聞けと年上の彼に言われてしまうとこれ以上文句も言えない、そんな鬱屈とした気持ちを抱えていた。
そんな中、ある日、王宮でのお茶会で変わり者の王子に出会い、その素直な言葉に、フィオナの価値観はがらりと変わっていくのだった。
変わり者の王子と大人になりたい主人公のお話です。
【完結】記憶にありませんが、責任は取りましょう
楽歩
恋愛
階段から落ちて三日後、アイラは目を覚ました。そして、自分の人生から十年分の記憶が消えていることを知らされる。
目の前で知らない男が号泣し、知らない子どもが「お母様!」としがみついてくる。
「状況を確認いたします。あなたは伯爵、こちらは私たちの息子。なお、私たちはまだ正式な夫婦ではない、という理解でよろしいですね?」
さらに残されていたのは鍵付き箱いっぱいの十年分の日記帳。中身は、乙女ゲームに転生したと信じ、攻略対象を順位付けして暴走していた“過去のアイラ”の黒歴史だった。
アイラは一冊の日記を最後の一行まで読み終えると、無言で日記を暖炉へ投げ入れる。
「これは、焼却処分が妥当ですわね」
だいぶ騒がしい人生の再スタートが今、始まる。
「私に愛まで望むとは、強欲な女め」と罵られたレオノール妃の白い結婚
きぬがやあきら
恋愛
「私に愛まで望むな。褒賞に王子を求めておいて、強欲が過ぎると言っている」
新婚初夜に訪れた寝室で、レオノールはクラウディオ王子に白い結婚を宣言される。
それもそのはず。
2人の間に愛はないーーどころか、この結婚はレオノールが魔王討伐の褒美にと国王に要求したものだった。
でも、王子を望んだレオノールにもそれなりの理由がある。
美しく気高いクラウディオ王子を欲しいと願った気持ちは本物だ。
だからいくら冷遇されようが、嫌がらせを受けようが心は揺るがない。
どこまでも逞しく、軽薄そうでいて賢い。どこか憎めない魅力を持ったオノールに、やがてクラウディオの心は……。
すれ違い、拗れる2人に愛は生まれるのか?
焦ったい恋と陰謀+バトルのラブファンタジー。
白のグリモワールの後継者~婚約者と親友が恋仲になりましたので身を引きます。今さら復縁を望まれても困ります!
ユウ
恋愛
辺境地に住まう伯爵令嬢のメアリ。
婚約者は幼馴染で聖騎士、親友は魔術師で優れた能力を持つていた。
対するメアリは魔力が低く治癒師だったが二人が大好きだったが、戦場から帰還したある日婚約者に別れを告げられる。
相手は幼少期から慕っていた親友だった。
彼は優しくて誠実な人で親友も優しく思いやりのある人。
だから婚約解消を受け入れようと思ったが、学園内では愛する二人を苦しめる悪女のように噂を流され別れた後も悪役令嬢としての噂を流されてしまう
学園にも居場所がなくなった後、悲しみに暮れる中。
一人の少年に手を差し伸べられる。
その人物は光の魔力を持つ剣帝だった。
一方、学園で真実の愛を貫き何もかも捨てた二人だったが、綻びが生じ始める。
聖騎士のスキルを失う元婚約者と、魔力が渇望し始めた親友が窮地にたたされるのだが…
タイトル変更しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる