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人の悪い笑みを浮かべる侍女たち

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「奥様はどちらの髪型がよろしいと思いますか?」

 一人の侍女が手で簡易に作った髪型を鏡越しに見せながら、オリヴィアに問い掛けた。
 侍女長にはオリヴィアの答えなど分かり切っていたが、まだ若い侍女らは察することが出来ないようだ。
 この短い期間に急速に変わりつつあるオリヴィアへの理解が追い付かないのかもしれない。

「どちらも素敵なのですが。出来れば旦那様から頂いた髪飾りがより映える方でお願いできますか?」

 オリヴィアは申し訳なさそうに抑えた声で言ったというのに。
 侍女はこれで余計に興奮し、甲高い声を並べることになった。

「まぁあ、なんて尊い!わたくしとしたことが!最も大事なことを失念しておりましたわ。どうかお任せくださいませ!あぁあ、どちらがいいのでしょう、侍女長?」

「何がお任せくださいですか。何も決められていないではありませんか。とにかく、あなたは今すぐに落ち着きなさい。そう興奮していたら、大事なことは何も決められませんよ。奥様、本当に朝から騒がしく、申し訳ございません。本日は初めての王都へのお出掛けということで、落ち着いて身支度を整えさせていただくはずでしたのに」

「いえ、皆様のお話は聞いていてとても楽しいので。勉強にもなりますし。私のためによく考えてくださって、いつもありがとうございます」

 この通り、オリヴィアがどこまでも甘いので。
 侍女長はすっと頭を上げると、何事もなかったかのように侍女らに指示を出した。

 もちろん、オリヴィアを無事送り出したあとには、説教の予定を組んでいる。

 若い侍女らもまた、その後のお説教があることは分かっているのだ。
 分かっているのだけれど……オリヴィアさえ目の前に居れば、侍女長が鬼に変わることはないと知っているため、甘えを見せた。
 どうせ叱られるのだけれど。


 それからも、すぐに騒ぎ出す侍女らを侍女長が都度窘めながら、オリヴィアの支度は着々と整えられていく。

 そしてついに。


「奥様、本日はこのようにさせていただきましたが、いかがでしょう?どこか気になるところがあれば、まだお時間も十分にございますし、何なりとお申し付けくださいませ」

 オリヴィアはすくっと鏡の前に立つと、完成した自分の姿を見詰めては微笑む。

「気になるところはないのですが、聞いてもよろしいですか?」

「もちろんです。何なりと仰ってください」

「皆様を信じていないわけではないのです。ただ確認をして、勇気を頂きたくて。これで旦那様の隣にあって問題ないようになれたでしょうか?」

 侍女長は、以前にも増して笑顔を見せるようになっていた。

 侍女たるもの、感情を示すべきではないと思ってきたが。
 現女主人に合わせていたら、侍女長はそれで何ら仕事に支障が出ていないことに気が付いた。
 それどころか、笑顔があった方が円滑に進む場面にも何度か遭遇している。

 だから。

 オリヴィアの前に限るも、侍女長は頻繁に微笑むようになった。
 それは今のように。

「えぇ、えぇ。問題ないどころか、とても素晴らしいですわ、奥様。失礼承知で申し上げれば、旦那様には勿体ないくらいに美しいお姿にございます」

 侍女長も言うようになったものである。

「勿体ないのはですが……公爵夫人らしくあるでしょうか?」

「ご安心くださいませ。どこからどう見ても、お忍びで王都を楽しまれる公爵夫人というお姿に仕上げさせていただきました。旦那様とおらましたら、間違いなくお似合いのご夫婦として見られましょう」

 先と言っていることが、変わっているが。
 オリヴィアは気付いていないのか、嬉しそうに微笑んだ。

「おかげさまで安心出来ました。私を選んでいただいた旦那様のためにも、少しでもお役に立ちたくて……お似合いと……そのように見えましたら、とても嬉しく思います。そうだとすれば、皆様のおかげですね。本当にありがとうございます」

 薄い化粧は、ぽっと赤らんだ頬を隠さない。
 長い睫は白磁の肌に影を落とし、潤んだ瞳の純真さを強調していた。

 若い侍女たちは、侍女長の目を盗み、にんまりと微笑み合う。


 計画通りだわ。
 これで旦那様も。
 それから不敬な輩も。

 ふふふ……。



 そのとき、廊下から声が掛かり、すぐに部屋の扉は開かれた。




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