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公爵夫人となるべくして
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聖剣院での尋問中も、ダニエルは妻子がどうなったかと聞くことはなかった。
それどころか、生家である子爵家の者たちがどうなったかさえ、聞こうとしなかったのだ。
それぞれ捕らえられて罪人となり、その罪を償うことが決まったと聞いたときも。
ダニエルは興味も示さず、その口を開くときには、自分のことばかり言っていた。
そういう部分でも、尋問した役人から嫌悪感を持たれ、情状酌量の想いを持つ者が一人も現れなかったのだ。
頭が弱いダニエルは、自分への同情を引こうと他者を貶め、ますます聖剣院の役人たちから嫌われていったのである。
二人の娘が自分の子ではあり得ないと聞かされたときには、それが顕著となり。
妻子に騙された。伯爵に騙された。子爵家にも騙された。可哀想な私を許せ。
こう喚くばかりだった。
そんなダニエルが今、必死に叫ぶ。
「そうです!娘は、娘はこの結果を知っているのですか!嫁がせた娘に会わせてください。あの娘ならきっと──」
娘として扱ったことのない存在に、何故助けを求められるのか?
レオンはダニエルを鼻で笑い、さらに喜ばせてやった。
「喜べ。お前は幸せ者だぞ。我が妻が特別に見送り役を務めることになったからな」
レオンが扉近くに立っていた紺色を纏う騎士の一人に視線を送ると、騎士は頭を下げて部屋を出て行った。
かと思えば、すぐに人を連れて戻って来る。
オリヴィアだ。
仕事用として仕立てられたシンプルな濃紺色のドレスは、晩餐会のときとは違って華やかさがなくも、やはりオリヴィアには恐ろしいほどに似合っている。
地獄の番人の横に女神がいたっていいだろう。
レオンは、この場に至極似つかわしくないことを考えて、近付いて来る妻を待っていた。
ところが待ちわびたオリヴィアは、誰かの前で足を止め、すぐにレオンの側へと来ない。
「王子殿下にご挨拶申し上げます」
オリヴィアがすっと片足を引いて、もう片の足を軽く曲げれば。
この部屋でおおよそ目にすることのない、凛とした美しい貴婦人の完璧な挨拶を見ることになった。
いつまでも眺めていたいと思う美しさだったが、すぐにルカは手を上げてこれを辞めるように促す。
「有難いが、この場で堅苦しい挨拶は不要だ。今は聖剣院の役人として仕事で来ているからね。つまり僕らは対等なんだよ、公爵夫人」
「お許しを感謝いたします。では、失礼ながら公爵夫人としてそのように」
足を戻したオリヴィアがその場で立ち姿のままにこりと微笑めば。
いつもとは違う凛々しい華が咲き誇った。
「へぇ。これはまた」
率直な感心を示したルカだったが、オリヴィアに見惚れるようなことはなく、にやにやと笑ってレオンを見るのだ。
ルカの行動が読めていたレオンはもう顔を顰めていたが、オリヴィアが近付いて来ると、これまでとは別人のように優しく微笑み掛けた。
「お仕事中に失礼いたします。お約束通り、この場には公爵夫人となるべく参りました」
「うん。有難い。俺の隣へ」
ちゃっかりと手を取って、レオンは妻を自分の横へと導く。
目の前のダニエルは、オリヴィアの美しさに魅了されるような、澄んだ心をその内に残していないのだろう。
瞳をぎらつかせ、欲まみれの顔をして、オリヴィアを見ているのだから。
この男、かつての娘に同情を誘い、縋る気は毛頭ないことがその顔から読み取れた。
これまでのように従わせてやろう、という強い意志を隠す気もない。
この娘はいくら虐げてもいい存在だ。
従わせるべき存在である。
そういう位置にオリヴィアを置き続けてきたから、ダニエルは今のオリヴィアを見られないのだ。
そもそも過去を振り返ったときには、ダニエルに娘を従わせられたことがあっただろうか?と疑問に思わねばならないというのに。
暴力と暴言により脅されて口を閉ざしたことはあっても、オリヴィアはダニエルに何かするよう命じられて動いたことがない。
それもそのはず。ダニエル自身がオリヴィアを避け続けていたのだから。
暴力と暴言をしばし続けた後には、長く小屋に閉じ込めて虐げるよう命じただけ。
オリヴィアの心に恐怖を根付かせたことは事実だが、幼い子ども一人、従わせられたことはなかったのだ。
「おい……私を助けてくれ。見て分かるだろう。急いでなんとかしてくれ!お前が言えば、そいつらも聞いてくれるだろう?」
ダニエルはオリヴィアに向かい捲し立てた。
こんなに早口で話せたのだな、などとルカが感心するくらいに言葉を急いでいる。
オリヴィアはレオンの手をぎゅっと握り返しながら微笑みを浮かべた。
その瞬間、ダニエルの痩せた顔に歓喜が溢れ、思わずルカはこれを笑う。
「お久しぶりですね……、私はこの方をダニエル殿とお呼びすればよろしいのでしょうか?」
オリヴィアは、ダニエルではなく、途中から横にいるレオンに向かい尋ねるのだ。
「敬称など要らんが、言いにくいのであれば、それでいいと思うぞ」
「はい。では、ダニエル殿。しばらくぶりですが、お元気そうで何よりでございます。この国のお役に立てる大事なお身体ですから、どうぞ末永くお元気でいらしてください」
言い終えたオリヴィアは、ふわりと微笑む。
そうすれば、ダニエルの顔は見る間に紅く染まっていった。
もちろん、それは照れからくるものではない。
それどころか、生家である子爵家の者たちがどうなったかさえ、聞こうとしなかったのだ。
それぞれ捕らえられて罪人となり、その罪を償うことが決まったと聞いたときも。
ダニエルは興味も示さず、その口を開くときには、自分のことばかり言っていた。
そういう部分でも、尋問した役人から嫌悪感を持たれ、情状酌量の想いを持つ者が一人も現れなかったのだ。
頭が弱いダニエルは、自分への同情を引こうと他者を貶め、ますます聖剣院の役人たちから嫌われていったのである。
二人の娘が自分の子ではあり得ないと聞かされたときには、それが顕著となり。
妻子に騙された。伯爵に騙された。子爵家にも騙された。可哀想な私を許せ。
こう喚くばかりだった。
そんなダニエルが今、必死に叫ぶ。
「そうです!娘は、娘はこの結果を知っているのですか!嫁がせた娘に会わせてください。あの娘ならきっと──」
娘として扱ったことのない存在に、何故助けを求められるのか?
レオンはダニエルを鼻で笑い、さらに喜ばせてやった。
「喜べ。お前は幸せ者だぞ。我が妻が特別に見送り役を務めることになったからな」
レオンが扉近くに立っていた紺色を纏う騎士の一人に視線を送ると、騎士は頭を下げて部屋を出て行った。
かと思えば、すぐに人を連れて戻って来る。
オリヴィアだ。
仕事用として仕立てられたシンプルな濃紺色のドレスは、晩餐会のときとは違って華やかさがなくも、やはりオリヴィアには恐ろしいほどに似合っている。
地獄の番人の横に女神がいたっていいだろう。
レオンは、この場に至極似つかわしくないことを考えて、近付いて来る妻を待っていた。
ところが待ちわびたオリヴィアは、誰かの前で足を止め、すぐにレオンの側へと来ない。
「王子殿下にご挨拶申し上げます」
オリヴィアがすっと片足を引いて、もう片の足を軽く曲げれば。
この部屋でおおよそ目にすることのない、凛とした美しい貴婦人の完璧な挨拶を見ることになった。
いつまでも眺めていたいと思う美しさだったが、すぐにルカは手を上げてこれを辞めるように促す。
「有難いが、この場で堅苦しい挨拶は不要だ。今は聖剣院の役人として仕事で来ているからね。つまり僕らは対等なんだよ、公爵夫人」
「お許しを感謝いたします。では、失礼ながら公爵夫人としてそのように」
足を戻したオリヴィアがその場で立ち姿のままにこりと微笑めば。
いつもとは違う凛々しい華が咲き誇った。
「へぇ。これはまた」
率直な感心を示したルカだったが、オリヴィアに見惚れるようなことはなく、にやにやと笑ってレオンを見るのだ。
ルカの行動が読めていたレオンはもう顔を顰めていたが、オリヴィアが近付いて来ると、これまでとは別人のように優しく微笑み掛けた。
「お仕事中に失礼いたします。お約束通り、この場には公爵夫人となるべく参りました」
「うん。有難い。俺の隣へ」
ちゃっかりと手を取って、レオンは妻を自分の横へと導く。
目の前のダニエルは、オリヴィアの美しさに魅了されるような、澄んだ心をその内に残していないのだろう。
瞳をぎらつかせ、欲まみれの顔をして、オリヴィアを見ているのだから。
この男、かつての娘に同情を誘い、縋る気は毛頭ないことがその顔から読み取れた。
これまでのように従わせてやろう、という強い意志を隠す気もない。
この娘はいくら虐げてもいい存在だ。
従わせるべき存在である。
そういう位置にオリヴィアを置き続けてきたから、ダニエルは今のオリヴィアを見られないのだ。
そもそも過去を振り返ったときには、ダニエルに娘を従わせられたことがあっただろうか?と疑問に思わねばならないというのに。
暴力と暴言により脅されて口を閉ざしたことはあっても、オリヴィアはダニエルに何かするよう命じられて動いたことがない。
それもそのはず。ダニエル自身がオリヴィアを避け続けていたのだから。
暴力と暴言をしばし続けた後には、長く小屋に閉じ込めて虐げるよう命じただけ。
オリヴィアの心に恐怖を根付かせたことは事実だが、幼い子ども一人、従わせられたことはなかったのだ。
「おい……私を助けてくれ。見て分かるだろう。急いでなんとかしてくれ!お前が言えば、そいつらも聞いてくれるだろう?」
ダニエルはオリヴィアに向かい捲し立てた。
こんなに早口で話せたのだな、などとルカが感心するくらいに言葉を急いでいる。
オリヴィアはレオンの手をぎゅっと握り返しながら微笑みを浮かべた。
その瞬間、ダニエルの痩せた顔に歓喜が溢れ、思わずルカはこれを笑う。
「お久しぶりですね……、私はこの方をダニエル殿とお呼びすればよろしいのでしょうか?」
オリヴィアは、ダニエルではなく、途中から横にいるレオンに向かい尋ねるのだ。
「敬称など要らんが、言いにくいのであれば、それでいいと思うぞ」
「はい。では、ダニエル殿。しばらくぶりですが、お元気そうで何よりでございます。この国のお役に立てる大事なお身体ですから、どうぞ末永くお元気でいらしてください」
言い終えたオリヴィアは、ふわりと微笑む。
そうすれば、ダニエルの顔は見る間に紅く染まっていった。
もちろん、それは照れからくるものではない。
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