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公爵夫人の密かな頑張り
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帰れと言われ素直に帰る男でないことはレオンも知っている。
しかしここに菓子を持てとはどういうことか。
そして何故すぐに用意されたのか。
ここは公爵家の管理棟だぞ?と、目の前で幸せそうに菓子を頬張る男に、強く疑問に想うレオンだ。
実は管理棟から近い場所に聖剣院用の建物があって、菓子はそちらから運ばれていたのだが。
その菓子を作った者があの白服を纏う騎士たちだとあとで聞いたレオンは、呆れを通り越して、一時声が出なくなったのであった。
何をさせているのだろうか、この第三王子は。
聖剣院の私物化は禁じられていたはずだが、これは該当しないのか。
というようにレオンが懐疑的になるのはこれより大分先の話で、今のレオンは何も知らず。
疲れただろうと、どこぞから出てきた菓子を妻にすすめている。
共に出された紅茶の味も素晴らしく、実はこれも騎士が……と聞いたレオンは、さらにその少し後、ルカと長く膝を突き合わせて話し合い……という名の言い争いをすることになったのだが。
基本的にこの二人は心の内を晒し合えば後に引き摺ることがないため、その後は恙なく協力関係を結びながらお互いの仕事に邁進している。
という未来の話はさておき。
幸せそうに菓子を味わっていたルカは言った。
「いやぁ、今日は本当に安心したよ。奥さん以上の公爵夫人なんて、今の貴族令嬢からは見付けられそうになくてね。奥さんに断られたら、もう僕らはどうしたらいいか分からなかった」
「え?いえ、そんなことは……」
「いいや、オリヴィア。俺の妻はオリヴィア以外にはない」
妻の言葉を遮り熱く断言するレオンに、ルカは呆れてまた首を振るのだ。
「そういうことは二人のときに頼むよ、レオン。それに僕はそういうことを言っているわけではなくてね」
「なんだ、そういうこととは?」
「奥さんの公爵夫人としての適性の素晴らしさについて語っているんだ。今も気楽に過ごしていいと言っているのに、その美しい所作だよ。これが夜会の場や今日のようなときには、なお際立っていただろう?正しい貴族としての在り方を説くのが僕ら聖剣院や公爵家の役割であると思えば、公爵夫人もまた、貴族としてお手本になる立ち居振る舞いを見せることは必須だ。それが奥さんはすでに完璧だったからね。夜会まで二か月というところで話したのに、よくあの短期間で準備したものだね。これはもう才能だよ。奥さんは公爵夫人になるべく生まれたと言っていい」
レオンは確かに、オリヴィアは自身の妻になるべくこの世に生まれた、と想っていたが。
口には出さず、眉間に皺を寄せるのだった。
「馬鹿を言え。オリヴィアの所作の美しさは、長年の努力の賜物だぞ」
生まれ持った適性として片付けられてはたまらないと、レオンは憤っている。
オリヴィアの頑張りを、もうすでによく知っているからだ。
「長年だって?だけど奥さんは確か……」
ルカの得た情報では、オリヴィアは先代公爵夫妻が亡くなったあとから教育を受けていないはずだった。
「オリヴィアはあのような伯爵家にあっても、諦めずに研鑽を積んできたのだ」
どうだ、俺の妻は素晴らしいだろう?
とでも言いたげに、レオンがあまりに胸を張って言うから、そしてルカが「それは凄い」と感心してしまったから、オリヴィアは慌ててこれを否定するのだった。
「いえ、そんな。深い意味を持ってしていたことではなかったのです。ただ、その……とても時間がありましたので」
ルカの情報通り、母親が亡くなってしばらくは、まだオリヴィアの元に家庭教師たちが通ってきていた。
その教師たちとの交流が途絶えたのは、その後に先代公爵夫妻が亡くなって、ダニエルが堂々と伯爵邸に戻ってからのこと。
いずれ公爵夫人となるべく、時間のある限り厳しい教育を受けてきたオリヴィアは、急にすることがなくなって暇を持て余した。
だからと言って邸をうろつきダニエルたちに見付かれば、また何を言われるか、何をされるか分かったものではない。
ならばと使用人らに近付いても、今度は彼らが解雇されることになる。
すると部屋で一人過ごすしかないオリヴィアは、教わったことをおさらいする日々を選んだのだ。
「理由はどうあれ、そんなに長い時間を掛けて教わったことを反復していたら。それはそうなるだろうね。奥さんは凄いなぁ」
「いえ。先生たちがいなければ、客観的に見ることも出来ませんし、修正して頂くことも叶いませんでしたので。間違ったお作法をずっと無駄に繰り返していただけかもしれません。ですがもし美しいと……少しでもそう思っていただけたのでしたら、それは公爵家に来てからの先生たちのおかげだと思います」
夜会前の二か月間、あらゆる家庭教師が公爵家を訪れた。
なかでもマナー講師は、最初からオリヴィアの所作の美しさを絶賛していたので、レオンはオリヴィアの言う通りではないことを知っている。
そしてレオンはこれを伝え続けてきた。
レオンだけでなく、教師たちも、公爵家の使用人らも、今日までオリヴィアを称賛し続けている。
それでもオリヴィアは、まだどこか自信がない。
それはダニエルの影響もあったが、その後妻の影響も根深かった。
しかしここに菓子を持てとはどういうことか。
そして何故すぐに用意されたのか。
ここは公爵家の管理棟だぞ?と、目の前で幸せそうに菓子を頬張る男に、強く疑問に想うレオンだ。
実は管理棟から近い場所に聖剣院用の建物があって、菓子はそちらから運ばれていたのだが。
その菓子を作った者があの白服を纏う騎士たちだとあとで聞いたレオンは、呆れを通り越して、一時声が出なくなったのであった。
何をさせているのだろうか、この第三王子は。
聖剣院の私物化は禁じられていたはずだが、これは該当しないのか。
というようにレオンが懐疑的になるのはこれより大分先の話で、今のレオンは何も知らず。
疲れただろうと、どこぞから出てきた菓子を妻にすすめている。
共に出された紅茶の味も素晴らしく、実はこれも騎士が……と聞いたレオンは、さらにその少し後、ルカと長く膝を突き合わせて話し合い……という名の言い争いをすることになったのだが。
基本的にこの二人は心の内を晒し合えば後に引き摺ることがないため、その後は恙なく協力関係を結びながらお互いの仕事に邁進している。
という未来の話はさておき。
幸せそうに菓子を味わっていたルカは言った。
「いやぁ、今日は本当に安心したよ。奥さん以上の公爵夫人なんて、今の貴族令嬢からは見付けられそうになくてね。奥さんに断られたら、もう僕らはどうしたらいいか分からなかった」
「え?いえ、そんなことは……」
「いいや、オリヴィア。俺の妻はオリヴィア以外にはない」
妻の言葉を遮り熱く断言するレオンに、ルカは呆れてまた首を振るのだ。
「そういうことは二人のときに頼むよ、レオン。それに僕はそういうことを言っているわけではなくてね」
「なんだ、そういうこととは?」
「奥さんの公爵夫人としての適性の素晴らしさについて語っているんだ。今も気楽に過ごしていいと言っているのに、その美しい所作だよ。これが夜会の場や今日のようなときには、なお際立っていただろう?正しい貴族としての在り方を説くのが僕ら聖剣院や公爵家の役割であると思えば、公爵夫人もまた、貴族としてお手本になる立ち居振る舞いを見せることは必須だ。それが奥さんはすでに完璧だったからね。夜会まで二か月というところで話したのに、よくあの短期間で準備したものだね。これはもう才能だよ。奥さんは公爵夫人になるべく生まれたと言っていい」
レオンは確かに、オリヴィアは自身の妻になるべくこの世に生まれた、と想っていたが。
口には出さず、眉間に皺を寄せるのだった。
「馬鹿を言え。オリヴィアの所作の美しさは、長年の努力の賜物だぞ」
生まれ持った適性として片付けられてはたまらないと、レオンは憤っている。
オリヴィアの頑張りを、もうすでによく知っているからだ。
「長年だって?だけど奥さんは確か……」
ルカの得た情報では、オリヴィアは先代公爵夫妻が亡くなったあとから教育を受けていないはずだった。
「オリヴィアはあのような伯爵家にあっても、諦めずに研鑽を積んできたのだ」
どうだ、俺の妻は素晴らしいだろう?
とでも言いたげに、レオンがあまりに胸を張って言うから、そしてルカが「それは凄い」と感心してしまったから、オリヴィアは慌ててこれを否定するのだった。
「いえ、そんな。深い意味を持ってしていたことではなかったのです。ただ、その……とても時間がありましたので」
ルカの情報通り、母親が亡くなってしばらくは、まだオリヴィアの元に家庭教師たちが通ってきていた。
その教師たちとの交流が途絶えたのは、その後に先代公爵夫妻が亡くなって、ダニエルが堂々と伯爵邸に戻ってからのこと。
いずれ公爵夫人となるべく、時間のある限り厳しい教育を受けてきたオリヴィアは、急にすることがなくなって暇を持て余した。
だからと言って邸をうろつきダニエルたちに見付かれば、また何を言われるか、何をされるか分かったものではない。
ならばと使用人らに近付いても、今度は彼らが解雇されることになる。
すると部屋で一人過ごすしかないオリヴィアは、教わったことをおさらいする日々を選んだのだ。
「理由はどうあれ、そんなに長い時間を掛けて教わったことを反復していたら。それはそうなるだろうね。奥さんは凄いなぁ」
「いえ。先生たちがいなければ、客観的に見ることも出来ませんし、修正して頂くことも叶いませんでしたので。間違ったお作法をずっと無駄に繰り返していただけかもしれません。ですがもし美しいと……少しでもそう思っていただけたのでしたら、それは公爵家に来てからの先生たちのおかげだと思います」
夜会前の二か月間、あらゆる家庭教師が公爵家を訪れた。
なかでもマナー講師は、最初からオリヴィアの所作の美しさを絶賛していたので、レオンはオリヴィアの言う通りではないことを知っている。
そしてレオンはこれを伝え続けてきた。
レオンだけでなく、教師たちも、公爵家の使用人らも、今日までオリヴィアを称賛し続けている。
それでもオリヴィアは、まだどこか自信がない。
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