【完結】彼女が心を取り戻すまで~十年監禁されて心を止めた少女の成長記録~

春風由実

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158.かんぱい

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「不敬、不遜なうえに、どこまでも使えない奴らだ。もっと早く粛清しておくべきだった!」

 なお不気味に笑ったあとに、急に真顔になった王弟はまじまじと兄を眺めた。

「それで?兄上はこれからどうされたいのです?私を処刑して終わりですか?彼らの残党はどうするおつもりで?」

「……お前はまだ処刑はしない。彼らからお前を洗脳した話を聞いているからだ」

「洗脳だって?はっ!洗脳されているように見せかけていただけだ!それにも気付かず。愚かな奴らよ!」

「お前がいくら否定しても、彼らは今のお前を作ったのは自分たちだと思っているし、最高傑作が出来上がったと言っていたよ。彼らがそのお前に裏切られたのは事実だが、それでもなお歴代最高に位置付けているとのことだ」

「ならば私を処分すればいい。彼らは喜んで最高傑作を壊したあなたを討伐するだろう」

「それはない。すでに彼らは次を考えているからだ。だから私はしばらくは婚姻しないつもりでいる」

「何を馬鹿なことを。もう弟も妹もいないのですよ?父上たちにも期待出来ないでしょう?王家の血が途絶えたら大変なことになるとお分かりですね?」

「貴族らにも王家の血が少なからず流れている。たとえ私でこの王朝が終わってしまおうと、これまでの王家が紡いで来たすべてが消えるわけではないし、もしそうなるならばそれこそがこの世の必然なのであろうな」

「──は?ふざけてるのか?」

 形式的かそうでないかは不明瞭ではあるものの、兄王についてはずっと敬い続けてきた王弟が、恐ろしい顔をして兄を睨みつけている。

「ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな」

 ぶつぶつと繰り返したあとに、それはぞっとする程に低い声で発せられていた。

『一番目に生まれながら、逃げることなど許さない。王家に生まれた勤めを果たせ──』

 心の奥深くに刻まれた声が、唸るように低く、王弟の口から飛び出していく。
 それに驚いたのが、誰でもなく王弟自身だ。

 勝手に内から発せられる本心に翻弄されている様子を眺めながら。
 それははたして、最初から彼の本心として存在していただろうか?
 冷静に兄弟の様子を観察しているレイモンドはそんなことを考えていた。

「兄上は王子を二人作らなければならない。兄上はそれだけ果たせばいいんだ。あとは私がすべてやってやる」

「お前は私も亡き者にしたかったのだろう?」

「そうだっ!違うっ!そうではないっ!兄上がいなくなるから、仕方なく私が次代を作るんだ!」

「お前の子は一人にしておこうと考えていたのではないか?」

「当然だ!完璧な王国を築いたら、もう王が表裏に分かれる必要はない!この馬鹿馬鹿しい仕組みは要らなくなる!兄上も必要ないっ!違うっ!兄上は生かして使う予定だった!」

 王弟がぎりっと音が漏れるほど奥歯を噛み締める。
 いくら自身を律し、制御して、冷静に発言しようと努めても、王の秘薬はそれを凌駕した。

「お前はどうしてか私だけは生かそうとしてくれてきたな?それも洗脳だと思うにはあまりに悲しきものよ。なぁ、先代公?」

「急にこちらに振ったね?」

「貴公にまだ甘い私を笑い、諫めて欲しくてな。弟の発言をどう捉えるか、意見も聞きたかった」

 兄を消そうと考えながら、兄を生かす道も考えていた。
 そんな一貫性のない弟の発言に、まだ心が揺らぐのだろう。

 新王が一度目を閉じた。すぐに開いたその瞳に、ありありとした憐憫が浮かんでいる。
 心の内に広がる葛藤はどれ程のものか。

 しかし王弟は兄の想いを悟ることも出来ず、ひたすらに兄を睨みつけていた。

 そうだね、悲しきかな、とレイモンドでもこの状況には同情している。

「弟が産まれたときも、妹が産まれたときも、この子は目を潤ませて喜んでいた。あの瞬間はどうしても偽りには思えなくてね。私にも『あにうえ』『あにうえ』と呼び掛けながら、それは可愛らしく、小さな身体で懸命に後ろを付いて来た頃があったのだよ。抱いてやれば心から嬉しそうに笑っていてな。早く生まれたおかげで、そういう思い出話はいくらでも持っている。だから──この弟は家族を想う気持ちを失っておらず、洗脳に抗いながら、私たちを生かそうと努力し続けてくれていたのではないかと、まだ期待する心が消せないのだよ」

「……人の心はひとつに定まらないと聞くからね。相反するものをいくらも抱えることはあろう」

 本人がそれを気付けていなかったこと。
 それは誰が悪いのだろう?

 それでも──。

 レイモンドが諫める前に、新王は言った。

「妙な気を起こしたわけではないから安心してくれ。ただ話を聞いて欲しかったんだ。いくら凡庸な私でも、もう十分に分かっている──父上も言葉はないようだから、そろそろ伝えるか、先代公」

 先王は「え?」と声を漏らしたが。
 レイモンドが静かに頷くと、新王からは「任せていいか」と返って来た。

「おや?私でよろしいので?」

「これは今のような甘えではないよ、先代公。弟に引導を渡す役目が、私よりもアルメスタ家にこそ相応しいと思ったのだ」


 ──そしてそれが弟にとって一番の罰になる。


 新王が告げれば、王弟の顔は醜く歪んだ。


「そうか。では遠慮なく──王弟殿下」

 獣がものを話すなと、その目が語っている。
 されどレイモンドにとって、そんな蔑みの視線など痛くも痒くもない。

「あなたの妹はまだ生きている。番相手も一緒にね。弟もそうだ。私たちが生かしている」

 ほんの少し息を吸い込んで、レイモンドは告げた。

「あなたは完全に負けたのだよ。あなたの忌み嫌う獣相手にね」



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