【完結】彼女が心を取り戻すまで~十年監禁されて心を止めた少女の成長記録~

春風由実

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閑話 まおうさまのおそろしいさけび(雨の日の勇者と魔王③)

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「セイディちゃんは、『主さま』の意味を知っているのかな?」

「あるじさまはしゅじんとききました!しゅじんはおつかえするひとです。せいでぃ、ちゃんとおぼえます」

「おぉ、偉いなぁ、セイディちゃんは。さすがは我が自慢の娘。おとうしゃまからよしよしだよ」

 得意気に胸を張る勇者セイディの頭を撫でながら、魔王レイモンドは苦々しい記憶に触れて、ついそれを口に出していた。

「うん、うちの者たち、やっぱりおかしいよね?」

「うん、うちのものたち、やっぱりおかちいよね……うちのものたち?」

 魔王の言葉を一語も忘れまいと、早口で必死に真似た後に、勇者は首を傾げて固まった。
 その勇者の頭を撫でながら、「本当に物覚えが早くて賢いねぇ、セイディちゃんは。これからもっと賢くなるのだろうねぇ。よしよし」と若干何かを誤魔化すように言ったレイモンドは、続いて聴こえぬ声を出すことにした。



 お前たち、こうなることまで想像していたのかな?
 ならば回答プランは出来ているね?

 …………。

 …………。

 …………。

 おかしいな。声が聴こえないよ。

 先代当主の私が問うているのだ。分かるね?
 うん、これでもまだ誰も答えない気なのかな?

 セイディちゃんの大好きなおとうしゃまが聞いているのだよ?
 セイディちゃんの大好きな魔王さまが聞いているのだよ?
 シェリルの愛しい夫がね、答えなさいと言っているのだけれど?

 …………。

 …………。

 …………。

 何故だ?何故誰も答えぬ?

 いつもあれほどうるさいというのに!


 あぁ本当にどうしてくれるんだね?
 
 私だけは反対してきたのだよ?
 その私に君たちは答えろと言うのかね?

 あぁ、本当に!
 うちの者たちはおかしいな!!!!



 アルメスタ公爵家の先代当主が虚しくも聴こえぬ叫びを上げているところに重ねてあれだが。

 当時の例の会議でも、先代公爵夫人を『大奥さま』と呼ぶことはおかしいのではないか?という話は出ていた。
 だが彼らは飽きていたのだ。
 大事なことだからもう一度。
 ただもうこの議題に飽き飽きとしていたのである。
 先々代当主、先代当主、現当主という御三方の呼び方を決めることに、彼らはあまりに時間を費やし過ぎた。
 それは誰のせいか?
 うん、彼らのせいでしかない。

 そんなことで、真剣に考えることをやめた彼らの中から、お館さまに匹敵する夫人の呼び方を思い付く者など出るわけがなかった。


『奥さまに関しては、慣例通り大奥さまでよろしいのでは?』

『おういいと思うぞ。賛成賛成。早く別の議題に移ろうぜ』

『そうだそうだ。我らに話し合うべきことは沢山あるのだからな』

『はは。お館さまが発狂するな』

『うんうんするね。まぁそれがいつまで続くかも大奥さまのご気分によりけりということで』



 彼らの予想した通り。
 レイモンドは周りからの呼び方が変わるとしばらく荒れた。

 番を奪われた息子の状態は心配していても、それはそれ。
 先が見えない息子の番探しに注力していても、やはりそれはそれ。


『ん?私が聞き間違えたのかな?誰がお館さまで?誰が大奥さまだと?そして誰が大旦那さまだって?』

 レイモンドは話し掛けられるたびに、声を大にしていちいち聞いた。

『まるで誰かと誰かが夫婦のように聞こえる物言いだね?だがそんなことはあり得ない。愛しい私のシェリルは私だけのもの。ということは、私が聞き間違えただけだと思っていいのかな?』

 青筋を立て、低く唸るようなその声に殺気まで乗せていたあたり、レイモンド史上五本の指に入るくらいには本気で怒っていたのだが。

 悲しいかな、彼の言うことを聞く使用人はどこにもなかった。

 何故だ?
 それを問うのもレイモンドばかり。

 そしてやっと彼が落ち着いたのもまた、例の会議での予測通りとなった。


『お館さまと呼ばれるあなたも素敵よ、レイモンド』

 妻シェリルのその一言で、レイモンドはすっかり落ち着きを取り戻した。
 以来彼は納得していなくても、『お館さま』と呼ばれることを受け入れ続けてきたのだが……。


 ここに来てこんな問題に直面するとは。
 それはレイモンドだけでなく、アルメスタ家に仕える優秀な彼らとて想像していなかったことなのだろう。


 それが正解というように、いつも賑やかな彼らの声が魔王の耳には届かない。



 うちの者たち、おかしいよね?

 もう間違いなく、おかしいよね?

 …………。

 気にした方が負けなのか……。

 …………。

 いや、おかしいだろう!



 魔王の叫びはさておき。

 せっかく話題に出たので、次は『大旦那さま』の名を譲らなかった男の話も軽く語っておこうか。




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