【完結】彼女が心を取り戻すまで~十年監禁されて心を止めた少女の成長記録~

春風由実

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163.暗闇の中で

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 ひっそりとした暗闇の中に、セイディはぽつんとひとり立っていた。
 怖いという感情も、今のセイディは知っているから。

 この暗い場所はとてもとても恐ろしかった。

 でもセイディは、他にも色んな感情を学び育てたから。

「せいでぃはまけません!」

 セイディが自分の手元を確認すれば、いつも使うとても軽い大剣がちゃんと握られていた。
 ふぅーっと一仕事終えたように、セイディが息を吐く。

 沢山の書類を確認したあと、ふぅーっと息を吐くまでが、セイディにとっての大事なお仕事なのだ。
 ここではまだ仕事はしていないけれど、すでにセイディはやり切った達成感に満たされている。

 これは夢だ。

 凄くて可愛くて賢いセイディちゃんは、ちゃんと分かっている。

 これはもう何度も何度も見てきたいつもの夢の中のこと。
 夢が何かも、セイディは知っているのだ。

「ぷりんをたべます!」

 夢の中で味わう特別なプリンは、いつも目覚めるとよく思い出せなくなってしまう。
 それが悔しいセイディは、今日こそはとお腹にぐっと力を籠めた。

 ぷりん、ぷりんと呟いていたら、怖い気持ちは霧散する。
 誰かが夢の中を覗けたら、もう彼は号泣していたかもしれない。『またプリンに負けた』と。


 セイディは、はっと気付いて横を向いた。

 ひたひたひた。
 気味の悪い足音が近づいてくる。

 ──いたいのはいやです。いたいはないないです。

 恐怖を思い出し、震える身体を鼓舞するために。

 セイディは上空へ向けて、しゅたっと大剣を持ち上げた。
 とても軽いから出来ること。

「せいでぃはつよいこです!せいでぃはゆうしゃです!」

 真っ暗闇にあったはずなのに。
 セイディが見上げれば、そこは青空。

 もっと高く。高く。

 セイディはうんと背伸びをした。
 その姿はまるで天上の神々に大剣を捧げているよう。

 ──せいでぃ、できました!

 よく読む絵本にある勇者の姿を、セイディは今、完璧に真似ているつもりだ。
 こうして勇者は、聖剣で闇を祓い、魔王の手下を一挙に蹴散らすのである。

 注ぐ陽射しに、セイディは「いたいはないないしました!」と満足そうに頷いた。

 そこで心はひと段落。
 なんだか違う遊びがしたくなってきた。

「せいでぃ、びゅんびゅんします」

 宣言し、両手を下げてみても、大剣はあっても、縄はそこに現れない。
 いつも庭を吹く風だけが、セイディの頬を笑うよう撫でていった。

「とくべつなぷりんはありますか?」

 呟いてみても。
 やっぱりいつものように、テーブルと椅子が現れることもなくて。

 当然プリンと果実水もどこにもない。

 これが夢でなければ。
 大剣を振り回したあとには、そこに全部並んでいるのに。

「ぷりんはごほうびです。せいでぃがんばります。せいでぃ……そふぃあ、おててふりふりしますか?」

 しんとした静けさに、風も止まった。
 いつでもそこにいる侍女長のソフィアが、どこにもいないなんて。

「りさ、なぞなぞしますか。くれあ、えほんよみますか。めあり、おえかきしますか」

 たとえソフィアがいなくても。
 セイディの側にはいつも複数人の侍女がいて、返事がないときなんてないのだ。

 青空から注ぐ光が瞬く間に消えていく。

「おかあしゃま、しゅくじょのおべんきょうしますか?おとうしゃま、おしごとしますか?」

 二人も呼べばすぐに会いに来てくれることを、セイディは知っていた。
 だけど二人は、お仕事をしているから会えないときがあることも、セイディは知っている。

 そういうときは、あとで。
 
 そうだ、それなら。

「とっと!」

 セイディにとって、それは魔法の言葉。
 大きな声でその名を呼べば、ぱっと目の前にいるのがトットなのに。

「へんり?」

 庭師のヘンリーは、庭に限るもその名を呼べば、トットと同じように急に目のまえに現れるのだ。
 しかもいつも違った姿で登場するから、セイディにはとても楽しい遊び相手だった。
 ただし彼が魔王になることだけは、まだ許されていないようである。

「るーす、ぷりんつくりますか?」

 セイディにとって、ルースは毎日プリンを作ってくれる特別に凄い人。
 朝食のあとには、今日もプリンを沢山作ってとルースにお願いするのが、セイディの日課だ。

「かーる、せいでぃ、きょうはたくさんあそびました」

 沢山遊んで、沢山食べて、沢山寝たら褒めてくれるのは、医者のカールだ。

 それからもセイディは順に名前を呼んでいった。
 誰かが夢の中を覗けたら、今度こそ発狂していたかもしれない。『夢でも負けるなんて』と。

 そんなとき。
 やっとやっと誰かさんの出番が来た。

「せいでぃ、いたい……いたいです」

 いたいと言ったら、セイディのところに飛んで来てくれて。
 それでセイディは抱えられ、運ばれて、皆が大切にしてくれて……そして出て来る大きなプリン。

「せいでぃ、いたいです。いたいです。いたい……」

 もうセイディは真っ暗闇の中。

 ひたひたひた。忘れていた音も聞こえてきた。

「ひゃうっ!」

 夢なのに変な声が出た。
 夢だから、すらすらと活舌よく話せていたのに。

 それは突然のこと。
 ピーマンのお色をした仮面が、ピカピカ光って、闇に浮かんでいる。

 ふたつのお目目とお鼻、お口のところがぽっかり空いたその仮面は真緑。

 もうこれは絶対に、かつて見た仮面ではない。

「おい、獣。何をしている!汚い顔を見せるな──」

 セイディは震え上がった。
 いつか知ったような暗くて静かな冷たい場所で。




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