厄災の王女の結婚~今さら戻って来いと言われましても~

春風由実

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第一章 厄災の王女

7.落ち込む王女

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 実はフロスティーン。
 すでに丸一日眠っていて、その間に医者の診察も受けていた。

 だから侍女が昨日よりずっと気づかわしげな視線を寄越しているのだけれど。

 ──もしかして今日は尋問が始まるのかしら?それで気遣ってくださる?とても優しい方なのね。


 何も知らないフロスティーンは、またしても見当はずれな思考を続けようとしていた。
 だがフロスティーンのそれは、たちまちに目の前に用意されたものに支配され置き換わる。


 ──あれは夢ではなかったのね!いいえ、今も夢を見ているのかもしれないわ!


 ──でも夢でも現実でもあの世でも何でもいいのよ。あぁ、温かいわ。何度食べても身体がぽかぽかするのね。このふわふわのパンは時間を置いても硬くならないのかしら?どうなっているの?


 今日もまたフロスティーンは心中だけで感激し、無の表情で食事を味わい尽くしていく。


「目覚めたと聞いたが。身体はどうだ?」


 急に男の声がして、フロスティーンが顔を上げると。
 謁見の間で見ていた男がフロスティーンへと近付いてくるところだった。

 慌ててフロスティーンはスプーンを置いて、立ち上がろうとしたのだが。


「まぁ、陛下。女性のお部屋に返事も問わず入ってくるなんて。最低ですよ?」

「あ……すまない。気になっていたものだからつい」

「ついではありません。食事中に失礼ではありませんか」

「うん、すまない。今後は気を付ける」

「謝る相手が違いますよ」

「そうだな」

 予期せず侍女が男を止めて、フロスティーンは立ち上がる機を逃してしまった。
 そんな無表情で戸惑うフロスティーンに歩み寄ってきた男が立ち止まり、フロスティーンを見下ろしている。


 ──やはりご挨拶を。


 とフロスティーンが改めて立ち上がろうとすれば。
 まるでそれを制止するように、先に男が話し掛けて来た。

「食事はどうだ?美味いか?」

「陛下?」

 両手を膝に乗せて、無表情で男を見詰めるその姿からは、想像も出来ないことであったが。
 こう見えてフロスティーンは、侍女から予想よりずっと低い声が出たことに驚いていた。

 そしてまた懐かしい人を思い出す。


 ──乳母もときどき声を低くしていたわ。怒ると怖かったのよね。


 指で頬を掻き、フロスティーンを見下ろす男。
 二人はしばらく見つめ合っていたのだが。

 侍女がもう一度「陛下?」と声を掛けると、やっと男は口を開いた。


「急に部屋に入ってすまなかった。食事中に悪かったな」

「いえ、問題ありません」

「そうか」

 また二人は無言で見詰め合う。
 長く続く沈黙を破ってくれたのは、またしても侍女だ。

「陛下。お食事中でございますよ?」

 はっと気付いた男は、もう一度謝った。

「すまない。食べながらでいいから、少し話がしたい。私にも茶を貰えるか?」

 空いた向かいの席に腰を落とした男に見詰められて、まだ動かないフロスティーン。

「食べていいぞ?」

 そう言われてやっと膝から手を上げた。
 そうすればすぐにフロスティーンの意識から目のまえの男の存在が消えていく。

 ──凄いわ。まだ温かいなんて。器以外にも秘密があるのかしら。

 ──大変だわ。パンもまだふわふわよ。いくら置いても硬くならないのかしら?まさかパンの器にも何か仕掛けが?

 フロスティーンがいくらおかしな方向に想像を膨らませていようとも。
 その顔に変化がないのだからどこにも楽しいところは見受けられないであろうに。
 男は侍女が用意した紅茶を飲みながら、しばらくは面白そうに食事をするフロスティーンの観察を続けていた。

 そしてやっと、フロスティーンの手が止まったところで声を掛ける。
 食事をしながら話すつもりで現れたのではなかったのだろうか。


「まだ食べられそうか?」


 食べ終えるのを待っていたのかと思いきや、まだ食べられるかと聞いてくる男に。
 無表情でありながら、フロスティーンは内心では食事の感動の余韻を引き摺って興奮気味に答えていた。


 ──えぇ、いくらでも入りそうよ。こんなに温かくてふわふわなのだもの。でもそう答えたら困らせてしまうかしら?お話をしたくて来られたのよね?つまり私への尋問?尋問中に食事はないわね。残念だけど、これが最後の温かいものになるのかしら?残念ね……とても残念だわ……。

 人知れず勝手に落ち込み答えぬフロスティーンから視線を逸らした男は、侍女を見た。
 心得ているように侍女は頷く。

「量は多く出来ませんが、軽めのデザートをご用意しております」

「ではそれを頼む。だが無理に食べなくていいからな?」

 フロスティーンは意味も分からず「かしこまりました」と答えるのだった。
 その先に、さらなる至高の幸福が待ち構えているとも知らず。



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