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5章 いざ海へ

4、海の味

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 アリサの作った籠の中はミースルとコガオガニでいっぱいになった。
 2人合わせてミースルが36匹、コガオガニが7匹の収穫か。
 結構な数がとれたな。

「こ、これ以上は食べられないと思うし、このくらいでいいんじゃないかな」

 せっかくの食糧だ。
 今調子に乗ってとりすぎると、数が減って後で後悔してしまうのが目に見えている。
 それに生態的にも良くないしな。

「ん、そうね。また2日後くらいに、ここへ来ましょか」

「……へ?」

 2日後だって?
 しかも他の所ならともかく、またここにっていうのは流石に……。

「そ、それだと今後とれる食料の数が減っちゃうし……自然にも良くないよ」

 これはちゃんと言っておかないと。

「ああ。その心配は、いらないわよ」

「……? それはどういう事?」

「ミースルは、分裂貝とも呼ぶって、言ったでしょ?」

 あーそういえば通称、分裂貝とか言っていたな。
 貝って事で頭がいっぱいになっていたから、その辺り抜けていた。
 分裂貝……って、それはもしかして。

「まさか……増えるの?」

「そう。ミースルは、分裂して増えるのよ」

 マジかよ、そんな……あ、待てよ。
 流石異世界と思ったけど僕の世界にもそんな事が出来る生物がいたっけ。
 確か無性生殖って奴だったかな。
 分裂してまったく同じ遺伝子の存在、つまり自分のクローンを作り出す生物だ。
 小学か中学のどっちかで習ったような記憶がある。
 単細胞系とかイソギンチャクとかが……あ、ミースルの中身の見た目がイソギンチャクだからなんか納得。

「だから2日くらいで、元の数に戻るわけ。けど、不思議なのよね~最大でも、大体10匹くらいまでしか増えないの」

「へぇー」

 なるほど……多分だけど、これ以上増えると駄目だって本能的に持っているんだろうな。
 プランクトンや場所の奪い合いを、自分と自分が争う。
 それはあまりにも不毛な争いすぎる。

「あ、そ、そろそろ石が焼けてると思うし、戻ろうか」

「うん、そうだね~。ミースルとコガオガニ、楽しみだな~」

 アリサがスキップしながら焚き火の元へ向かって行った。
 ちょっと不安を持ちつつ、僕はその後を追いかけた。



「焼けてる、焼けてる! じゃあ、さっそく! どば~っと!」

 アリサは籠の中に手をつっこんで、ミースルとコガオガニを石の上にぶちまけた。
 流石にそれはざつ過ぎるでしょ。
 全くしょうがないなー、木の枝で綺麗に並べ直してっと……。

「……」

 コガオガニが僕を見ている。
 甲羅の顔が僕を見てるよ。

「……」

 駄目だ。
 甲羅とわかっているのに焼かれているところ見ているのが辛い。

「あ、あの……コガオガニは甲羅の方を下にしても大丈夫かな……?」

「? 大丈夫だけど……」

 僕はそっとコガオガニの甲羅を下にしれ顔を隠した。
 これで大丈夫……かな?

「そ、そうだ。アリサ……さんに、聞きたい事があったんだだけど」

「ん? なに?」

「竹って、この世界にあるかな?」

「タケ?」

「う、うん、真っすぐで緑色で中が空洞になっている木? なんだけど……」

 正確にはイネ科なんだけど、こういった方がアリサにつたわりやすいだろう。
 茎が木の様に硬くなっているの初めて知った時は本当にびっくりした。

「緑色で、空洞……? バムムの木の事?」

「バムムの木?」

「うん、あの木の事よ」

「え? あれ?」

 アリサが指をさしたのは、ブロッコリーを細長く伸ばしたような植物。
 無人島に来た時に最初に見た奴じゃないか。
 あれって木だったのか。
 どう見ても植物の茎にしか見えない。
 鱗斧で伐り倒せるかな? 後で試してみるか。



 辺りには甲殻類が焼ける匂いが漂ってきた。
 うおおお……この臭いを嗅いでいると、めちゃくちゃ醤油が欲しくなる。

「そろそろ、いいかな……?」

 アリサがミースルを1つ手に取って、細い枝で中身を取り出した。
 焼いたとこで、やっぱりイソギンチャクの様な触手が付いているサザエみたいなのは変わらずだ。

「はむ……モグモグ……うん、おいし~!」

 アリサのおいしいそうな顔を見ていると、こっちもお腹が減って来た。
 美味しいそうな匂いもあり、僕はミースルを1つ手に取って細い枝で中身を取り出した。

「……ううっ」

 この触手がどうもな……ええい! ままよ!!
 僕は勇気を出してミースルを口の中へと入れた。

「パクッ! モグモグ……んっ!」

 これはうまい!
 触手のツブ貝の様なコリコリした歯ごたえ。
 身はカキの様な旨味と甘味。
 そして、サザエのほろ苦い内臓。
 色々とミックスされていてすごくおいしい!

「はむ……! はむ……!」

 2個3個とミースルの中身を取り出しては口の中へと放り込んだ。
 これは何個でも食べられるぞ。

「そんなに慌てなくても、うちは盗らないよ」

「うぐっ――ごっくん」

 少々がっつきすぎた。
 恥ずかしいところを見られたな。

「あははは。よっぽど、気に入ったんだね。良かったよ。おっそろそろ、コガオガニもいい頃かな。あちちっ」

 焼けたコガオガニを手に取ったアリサ。
 とうとうこの時が来たか……ある意味こっちの方が食べ辛いんだよな。

「ふ~ふ~……あ~むっ」

 なんの躊躇も無しに殻ごと口の中へと入れた。
 そうですか、殻ごと食べられるタイプですか。
 それってますます食べにくいんですけど。

「パリッ、パキッ、パリッ、パキッ」

 焼いたエビの殻を噛み砕く様な音が聞こえる……。
 この軽い音からして、問題なく僕もかみ砕けるだろう。

「ん~おいひ~……あれ、食べないの? 甲羅は柔らかいから、そのままいけるよ?」

「あ、うん……すぅーはぁーすぅーはぁー……」

 これはただのカニ、これはただのカニ、これはただのカニ。
 そう自分に言い聞かせて――。

「――パクッ!」

 目をつぶりながら、コガオガニを口の中へと入れた。

「パリッ、パキッ、パリッ……こっこれは!」

 口の中にカニの味が広がった!
 これは本当にカニだ!
 まごうことなき、僕の世界と同じカニの味がする!
 おおおおお……異世界に来てまさか同じカニを食べれるとは思いもしなかった。
 どの世界でもカニはカニなんだな。
 なんか感動して涙が出て来た。

「へ? リョー、泣いているの!? 殻が、口の中に刺さったの? 大丈夫?」

「あ、うん。大丈夫……大丈夫だから」

「そう? なら、良いんだけど……」

 あはは、アリサにいらない心配をさせてしまった。
 こんな事で泣いてどうするんだ。
 僕は涙をぬぐって目をあけた。

「…………」

 目の前には真っ赤かになった人の顔、顔、顔。
 いつの間にかアリサがコガオガニを繰り返していたらしい。
 それを見た瞬間、僕の感動は一瞬にして消え去ってしまうのだった。
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