クロノス

新井 岳

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未来を運ぶ少年

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私は、西暦2300年の、ドーム型都市に住む少年、リョウだった。退屈な日々を送っていた私にとって、クロノスは唯一の希望だった。ある日、私はクロノスに乗り込み、階数パネルに「2025年」と入力した。
扉が開くと、そこには青空が広がっていた。土の匂い、風の音。それは、私が図鑑でしか見たことのない、本物の自然だった。私はそこで、一人の少女と出会った。彼女は、AIに頼りきりの未来の人間とは違い、自分の手で小さな畑を耕し、花を育てていた。
「どうして、そんなことしてるの?」
私の問いかけに、彼女は微笑んで答えた。
「未来でも、この花が咲くように、おまじないをかけてるの」
彼女の言葉は、私の心を揺さぶった。私は、未来へと戻る際、彼女が育てた一輪の花を、そっと持ち帰ることにした。ドーム都市に帰り、私はその花を、荒れ果てた屋上の庭に植えた。そして、毎日水をやり続けた。
何日か経ったある日、花は枯れ、土へと還っていった。しかし、私は諦めなかった。未来へと戻るたびに、過去の彼女の元へ行き、花の種を貰い続けた。そして、その種を、未来の荒れた土に蒔き続けた。
数年後、私の屋上庭園は、色とりどりの花で満ち溢れていた。未来へと戻るたびに、私は過去の彼女に、未来の風景を語った。それは、未来への希望を運ぶ、小さな旅だった。

リョウが育てる屋上庭園は、今やドーム都市で最も美しい場所の一つになっていた。色とりどりの花が咲き誇り、AIが管理する無機質な都市の中で、そこだけが唯一、命の輝きを放っていた。花を見に来る人々は増え、リョウはいつしか「庭師」と呼ばれるようになっていた。
ある日、リョウはいつものようにクロノスに乗り、過去の少女の元へと向かった。
「見て! こんなにたくさんの花が咲いたんだ」
リョウは、タブレットに映し出された屋上庭園の写真を、誇らしげに少女に見せた。少女は目を輝かせ、その写真に夢中になった。
「すごい! 本当に未来でも花が咲いたんだね」
少女の笑顔は、リョウの心を温かくした。花を育てる喜びを分かち合ううち、二人の間には、時代を超えた友情が芽生えていた。
しかし、その日の帰り道、クロノスのパネルに、これまで見たことのないエラーメッセージが表示された。
「歴史的干渉の警告:重大な修正が必要です」
エラーメッセージが点滅する。リョウは不安に襲われた。クロノスが示す階数は、彼がこれまで旅したどの時代よりも遠い、西暦2000年の場所だった。
扉が開き、リョウは恐る恐る外へ出た。そこは、過去の少女が住む場所から、少し離れた町だった。そして、リョウはそこで、驚くべき光景を目にした。
少女が、花を育てていた畑が、開発業者によって破壊され、無機質なコンクリートの建物が建設されていたのだ。そして、過去の少女は、その光景を呆然と見つめていた。その手には、泥だらけのまま、枯れた花が握られていた。
リョウの胸に、衝撃が走った。彼は、未来に花を運ぶことに夢中になるあまり、過去で少女が失ったものに、気づいていなかったのだ。
「ぼくが、未来に希望を運んだせいで、過去の君から、希望を奪ってしまった…?」
リョウは、自分の行動が、過去の時間を歪ませてしまったことを悟った。彼は、少女の絶望的な顔を見て、どうしていいかわからなくなった。
その時、クロノスのパネルから、再び声が響いた。
「あなたが過去に運んだ『希望』は、この場所で、別の形で失われました。失われたものを、取り戻す必要があります」
リョウは、どうすればいいのか、クロノスに尋ねた。
「失われたもの。それは、花だけではありません。この町の人々が、自然と共に生きるという『未来への記憶』です」
リョウは、少女の元へと駆け寄り、彼女に言った。
「心配しないで。必ず、この場所を、元の姿に戻してみせる」
しかし、どうすれば、開発業者によって破壊された土地を、元の姿に戻すことができるのだろうか?

リョウは、開発業者によって破壊された土地を見て、呆然と立ち尽くす少女の隣にしゃがみ込んだ。彼女の手から、枯れた花がはらりと落ちた。
「ごめん…ぼくが、未来に夢中になりすぎて、君のこの場所を、守ることができなかった…」
リョウが謝ると、少女は首を横に振った。
「いいの。でも、あの花、また咲いてくれるかな…」
その言葉に、リョウは決意を固めた。
「必ず咲かせてみせるよ」
リョウは少女に別れを告げ、クロノスへと駆け戻った。エレベーターのパネルに、彼は震える指で「2000年、1ヶ月前」と入力した。
「警告:歴史への重大な干渉は、予測不能な結果を招く可能性があります」
クロノスは警告を発したが、リョウの決意は揺らがなかった。彼は、このままでは未来の美しい庭園が、ただの自己満足に終わってしまうことを知っていた。本当の希望は、過去を修復することから始まるのだ。
エレベーターは猛烈な勢いで時間を遡り、目的地へと向かった。
扉が開くと、そこはまだ、開発業者の手が及ぶ前の、緑豊かな土地だった。少女が大切に育てていた畑は、無数の花で彩られ、町の人々が楽しそうにその周りで談笑していた。
リョウは、開発業者がこの土地の買収を画策する、とある会議があることを、未来のデータベースで調べていた。彼は、その会議が行われるオフィスへと向かった。
扉を開けると、そこにはスーツを着た男たちが集まっていた。リョウは、おもむろにタブレットを取り出し、彼らに、未来のドーム都市の写真を見せた。
「あなたがたが、この土地に建てるビルは、未来ではこんな姿になります。無機質で、冷たい、ただのコンクリートの塊です」
男たちは、怪訝な顔でリョウを見つめた。リョウは続けた。
「でも、この土地を守れば、未来は変わります。ここに集まる人々が、花や自然を愛し、その記憶が未来へと受け継がれていく。それが、あなたがたが残せる、本当の未来です」
リョウは、熱心に語り続けた。最初は嘲笑していた男たちも、次第に真剣な表情になっていった。
「未来の…庭師だと?」
男の一人がつぶやいた。リョウは、未来のドーム都市で、花を育てる喜びを、この町の人々が自然と共に生きる姿を、熱く語った。
会議が終わると、開発業者の男たちは、再検討を約束してくれた。リョウは安堵し、再びクロノスへと戻った。
リョウが元の時間軸に戻ると、そこには見慣れた、花でいっぱいの屋上庭園があった。しかし、彼はすぐにクロノスに乗って、再び、あの町へと向かった。
扉が開くと、そこには、開発業者によって破壊される前の、美しい土地が広がっていた。そして、少女は、変わらない笑顔で、花に水をやっていた。
「未来でも、この花、咲いてくれるかな?」
少女の問いかけに、リョウは微笑んで答えた。
「きっと、咲くよ。君がこの花を大切に育てる限り、未来は、いつでも君の味方だから」
リョウは、少女に別れを告げ、クロノスへと戻った。彼のポケットには、未来のドーム都市で咲いた、一輪の花の種が入っていた。
彼はもう、過去から何かを奪うことはないだろう。代わりに、未来の希望を、この町に、そして、この町に住む人々に、そっと蒔いていくのだ。
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