龍の卵 ー時代遅れの風紀総番長「巴御前」、曲者の新入生に翻弄されるー

二式大型七面鳥

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 半周前を走る、双眼鏡を突っ込んだナップザックを背負い直して階段を駆け下りる信仁の背中を見つつ、あたしは、思う。
 こいつと話してると、どうにもペースが狂う。つか、ヤツのペースに乗せられる……あたしにとって、それは未経験というか、今まであまり無かった状況だった。
 何しろあたしは、自分のペースで物事を進めるのに慣れていたから。その為に、相手をこっちのペースに巻き込むために、自分の容姿も利用しているのだから。
 そうやって、妹たちを護ってきたのだから。
 そんな事をふと思っていたので、あたしは、前を行く信仁が一階に着いた時、正門じゃなく裏門に向けて走って行くのに、一瞬、気付かなかった。
「……ちょっとあんた!そっちじゃ……」
「そっちはお願いします先輩!俺はちょいと野暮用で……」
 言いながら、立ち止まったあたしに構わず信仁は走り去ってしまう。
「って、何もうこの、あんにゃろう!」

 校舎から正門に至る並木道を抜けてあたしが正門についた時、驚いた事にそこには既に横井寿三郎よこい じゅざぶろうが来ていた。
「……おう、ウチの学校に縁の無さそうなのが雁首揃えて、何の用だ?」
 誰より先に、寿三郎が啖呵を切った、車から降りてきた数人のチンピラに向けて。寿三郎こいつ、顔は綺麗なのに、本当に声と口が悪い。
 んだとコラ、ってんじゃねえぞコラ、とかなんとか、意味不明な威嚇を口にしつつチンピラが寄って来る。あたしは、ため息を一つついてから、寿三郎の斜め前に立って、言う。
「どちらさんか知りませんが、部外者の校内立ち入りはお断りしてます。どうしてもというなら、案内しますからあちらで申請して下さい」
 一応、これは言っておかないといけない。この後どうなるにせよ、必要な事務的対応だ。勿論、胸ポケットのICレコーダは起動してある。
 こいつだ、間違いねぇか?間違いねぇ。そんなやりとりが聞こえた後、先頭のチンピラがあたしに、言う。
「俺達ゃこいつに用があってな、ちょいと貸して貰うぜ」
 言いながら、その男は寿三郎に手を伸ばす。あたしは、左手で寿三郎を制して一歩後ろに押しやり、言い返す。
「もうすぐ午後の授業なんで」
 あたしは唯一、あたしの意図を無視して寿三郎がさらに食ってかかる事を危惧していたが、どうやら杞憂だったらしい。一瞬だけあたしが投げた視線に、寿三郎も頷いて視線を返してきた。
「清滝君、何の騒ぎです?」
 あたしの後ろから、声がした。援軍だ。次期生徒会長候補、野球部二年、甲子園勝利きねくに かつとし。頭は硬いが、色々と頼りにはなる。
「……このお兄さん方が、ウチの一年に用があるんですって」
 慇懃無礼に、あたしは言ってみせる。あたしも、どっちかって言うと頭に血が上りやすいタチではあるのだ。売られたケンカは、買いたくて仕方が無い。
「それは出来ません。御用なら、生徒会が責任を持って伺いましょう」
 堂々と、甲子園は言って胸を張る。こういう性格だから、こいつ、人望はある。小回り搦め手は効かないが。
「そういう事なら……」
 大型乗用車の後部座席ドアが開いて、高そうなスーツにエナメルの靴を履いた、痩せた男が出てきた。
「……こっちの姉ちゃんを借りていくってのはどうだい?」
 下卑た目であたしを見ながら、その男は言う。
「お坊ちゃんお嬢ちゃん学校だと思ってたが、なかなか生きのいいのも居るじゃねぇか。何の御用かは、言うまでもねぇだろ?」
 言いながら、男はあたしに左手を伸ばす。
 あたしは、一瞬、どうしたものかと考えた。正味な話、あたしが本気出せば、五秒でチンピラ全員せる、その自信はある。が、相手はプロだ、果たしてそれをやって良いものか。
 迷ったのは一瞬だったが、その一瞬で、男の手はあたしの胸元に迫っていた。これはまずいかも、そう思った、その時。
「おおっと済まないねお兄さん、ウチはおさわりはやってないんです、よっと!」
 男の手を別の男の手が掴み、ひねりあげる。
「あいてててて、て、な、なにしやが、あ、あーっ!」
「アニキ!」
 相当痛いのだろう、アニキと呼ばれた背広の男の額には脂汗が吹き出している。訳のわからない事を口々に吐いて色めき立つチンピラ共を見渡して、腕を捻りあげている張本人、チンピラ共の背後から急に現れた信仁しんじが、言う。
「はいはい、暴れると余計痛いですよー。で、あんたらアレだろ、俺たちがどこの学校に居るか、調べて回ってんだろ?」
 チンピラ共の動きが、一瞬、止まる。
「俺達ぁここに居る、逃げも隠れもしねぇ。それがわかったんだから、悪い事言わねぇから出直しな」
「てめ……」
 脂汗を流すアニキが、右手をスーツの懐に入れようとする。
「止めときな、仮にも極道が、高校生にやり込められて得物抜くってか?恥の上塗りだぜ?それに、今警察呼んでもいいんだぜ?」
 信仁が、片手でスマホをひらひらさせながら、言う。
 これだ、完全に奴のペースだ。なぜか知らないけどこいつ、信仁は、その場のペースを引き寄せるのが上手い。
「それとも何か?てめぇら、このアニキとやらの腕、へし折らねぇとわからねぇか?」
 同じように懐に手を入れた周りのチンピラを見まわして、信仁が啖呵を切る。
「……引き上げだ」
 アニキとやらが、くるしげに、苦々にがにがしげに、言う。信仁は、アニキを押しのけるようにして手を離し、その反動でこっち、あたし達が居る校門の中に入る。
 覚えてやがれとか何とか、聞き飽きた捨て台詞を残して大型乗用車二台が走り去るのに、さほど時間はかからなかった。

「……こんなとこか?」
 走り去る車を見送りながら、信仁が呟く。
「ま、こんなもんだな」
 寿三郎が、同じように見送りつつ、それに答えた。
 こいつら、何か企んでやがるのか?あたしは、その瞬間ピンと来た。結奈ゆなが言っていたのと、関係があるのか?
 それと同時に、あたしの腹の中というか胸の中というかに、得体の知れない感覚が湧き上がった。
 その感覚は、アルカイックスマイルで振り向いた信仁の顔を見た瞬間、ビンタという形で暴発した。
「危ない事してんじゃないよ!」
 あたし自身、血の気は多いし喧嘩っ早い方だと自覚してるけど、このビンタは自分でも驚いた。ていうか、ヤバいと思った。
 危ない事するな、というのは本音だ。あたし自身なら、いくらでも、何とでもできる。けど、一般の学生があの手のチンピラの相手をするのは、危険すぎる。いや、あたしだって立場としては同じ学生だけど。
 でも、だから、あたしは、危ない事する妹達にそうして来たように、思わず手が出てしまったのかも知れない。下級生、年下とは言え、男子に対して。その意味であたしは、しまった、まずったと思った。信仁が、あたしのためにそうしたというのは、誰が見ても明らかだったからだ。
 だけど。信仁は、何も言わなかった。何も言わず、ただ、あたしを見ていた、微かに微笑んで。その目を見て、あたしは思わず目を逸らしそうになった。けど、目を逸らすのは、あたしの矜持が許さなかった。
「……何がどうなってるのか、君たち、ちょっと説明してくれるかな?」
 そんなあたし達に、甲子園きねくにが声をかけた。
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