57 / 58
第六章 月齢0ー朔の月ー
611
しおりを挟む
――……我は汝に請い願う!我がもとに熾天使たるカマエルを遣わし、我に従わせ、我が望みをかなえさせたまえ!……――
ユモが振動させたエーテルの波動は、ユモが自分達の周囲に展開したイメージの魔法円に強い輝きを与える。
――……猛き天使カマエルよ!我が求めに答えて現れ出でて、その盾をもって我らに鉄壁の守護を与えたまえ!――
ユモの声なき声に合わせるように、魔法円から三対六枚の翼が伸び、そのうちの二対四枚がふわりと獣魔女の体を包み込む。
その翼の輝きは中心の獣魔女にまといつき、纏わなかった一対もろともに輝く羽根をまき散らしながら服と一体化し、消える。
――次!我は汝に重ねて請い願う!我がもとに遣わせし熾天使たるカマエルの、その刃の切っ先を我に一時貸し与えん事を!猛き天使カマエルよ!幾多の邪を討ち払いしその剣、時をも止めるその威光をもって、我の前に現したまえ!――
印を切ったユモの、銃剣を持つ右手ではなく、何かを求める様に伸ばした左手のその中に、強い輝きを放つ鋭利な何かが出現する。
――偉大なる魔法使いマーリーンに連なる我、ユモは、今ここに精霊を使役し、我の思いを成し遂げんと欲す……――
ユモの声なき声が、地上では失われた言語で別な呪文を唱え始める。その間も、獣魔女の体はユモの唱える呪文と印を切る腕の動きに関係なく、『ウェンディゴ憑き』を討ち倒し、吹雪の指を切り払う。
「一段落したら合図ちょうだい!」
木刀を振る合間に、雪風の声が言う。
「試したい事があるの!」
雪風の意識の中に、肯定を示すユモの意識が流れ込んだ。
それに知性があるのならば、もっと早くにやり方を変える事を思いついただろう。
だが、それに知性、あるいはそれに類するものがあったとしても、少なくともそれは人間に推し量れるような類いのものではない事だけは確かだった。
だからだろうか。それは、何度も何度も同じように吹雪と氷雪でこしらえた触手を伸ばし、何度も何度もそれを切り払われ、押しのけられていた。
洞窟の上部空間に位置する本体ごと攻め寄せたならば、あるいはそれは一瞬でカタがついた程度の抵抗だったのかも知れない。だが。それには、そのような方法をとるという発想自体が存在しなかった。
だから。何度目かに吹雪の指を斬り払われた時。偶然、その触手が二手に分かれ、二つの触手として機能する事に気付き。
それは、幾本もの吹雪の触手を一時に延ばす、という方法を執り始めた。
「うわマジかバカ急にふざけんなこの!」
突然数が増えた触手攻撃を木刀で捌ききれず、獣魔女は雪風の声で早口に罵ると大きく飛び退き、金と黒の髪をなびかせて身を躱す。その獣魔女を追って、何本もの細い竜巻のような吹雪の触手が追いすさる。
――月の魔女リュールカが一の弟子にしてその子たる我、ユモ・タンカ・ツマンスカヤが精霊に命ずる!『熾天使』の剣を用いて我が示す的を貫け!……いいわよ!――
ユモが、呪文を一時停止して雪風に合図する。
「よおっしゃあ!」
飛びすさって後退しつつ吹雪の触手を切り払いながら、待ちかねたように獣魔女の口から声がする。木刀を右手の逆手、中指薬指小指の3本で持ち替えると、獣魔女は担いでいたライフルを持って素早くリロードする。そのまま右手を銃から離した獣魔女は、軍用コートの右腕が持つ銃剣を木刀を逆手に持ったセーラー服の右手で掴み、受け取る。
――何を?――
「見てな!」
雪風が何をしたいのかはわからないが、何であれ体の事については逆らう気のないユモは、疑問を抱いたまま銃剣を素直に渡す。そのユモに自信満々に答えつつ、獣魔女の体をコントロールする雪風は、その銃剣をライフルのアタッチメントに当てて、引く。
「……ほら!」
――あ……――
雪風の狙い通り、かちりと音をたててその年代物の銃剣は黎明期のボルトアクション単発銃の先端部分、銃口の右横にきっちりと収まった。
「思った通りよ!そうじゃないかと思ってたのよ!そしてぇ!」
推測が正解して嬉しそうな雪風の声が、己の愛刀に命じた。
「れえばていん!あたしの命に従い!一時!この銃剣に宿れ!」
先込め式単発銃から薬莢式連発銃へ、黒色火薬から無煙火薬へと急速な進化を遂げた小銃の歴史の上で、過渡期の小銃と銃剣は、先込め時代の刺突武器としても使われるその名残を強く残し、後世のそれに比べて銃身も刀身も長いものが普通であった。
その、まさに過渡期にプロイセン軍に採用されたモーゼルM1871、後に連発式に改造される以前の単発の、Gew71とも呼ばれるオーガストが戦利品として持っていたその銃と、その銃剣、ユモが魔法を使うために父によって全体を磨き上げ研ぎ直して象嵌と銀メッキを施された、連発式に改造されたGew71/84用の短縮化されたものではないオリジナルのSG71が、何の因果か偶然かここに来てピタリと適合し、そしてその銃剣の刀身が今、雪風の命を受けた木刀が宿る事でより長く、そして鈍色に輝いた。
その姿は、銃剣を着剣した小銃でありながら、その長さはむしろ長巻、戦国時代には戦場で猛威を振るい、後の江戸幕府には所持を禁じられた威力全振りの刀剣にさも似たり、であった。
――ニーマント!出番よ!――
ユモの声なき声と共に、その長巻様の小銃を持つ獣魔女のセーラー服の左手に、軍用コートの両手が首から外した輝かない多面体のペンダントを握らせる。
「荒事は、得意ではないのですが……」
左掌から聞こえたぼやきを無視して、ぐるぐるとチェーンを何度か巻き付けて輝かない多面体を掌に固定した獣魔女は、その左手を小銃の先台に戻し、一声、吠える。
「……早田学院中の戦闘妖精、雪風!いざ!推して参る!」
一連の呪文の詠唱とそれに伴う銃剣着剣の最中も絶え間なく襲って来ていた無数の吹雪の触手を体術だけでいなしていた獣魔女は、改めて構え直したライフル――恐ろしく長い、鈍色に光る刀身付き――を振りかざして足場を蹴った。剣道初段に加えて銃剣道二段は伊達ではない。後ろの相手は捨て置き、行く手を阻む吹雪と『ウェンディゴ憑き』だけをその刀身で断ち切り払いのけ、真一文字に獣魔女は突き進む。巨人のような人型洞窟の底、丹田の位置にある平たい丸い石、発光とエーテル擾乱の根源たる、人ならぬものが描いたとおぼしき文字と抽象画の描かれたその要石に向かって。
「見えた!」
――見えた!――
見通しで、その要石が視野に入った瞬間、獣魔女の口から漏れる雪風の声と、ユモの声なき声が重なった。足場を蹴って、獣魔女は落ちるより早くその要石に向かって跳ぶ。
「だりゃあぁ!」
翼型安全装置を解除してからライフルの先台を右手の逆手で持ち直し、一声吠えた獣魔女は、その勢いのままに左手を突き出し、開いた左掌の輝かない多面体をさらして青い光に突入する。
――精霊よ!我が望みを聞き、我に仇なす彼の光をこの掌に集める魔鏡となれ!――
ユモの声なき声が、精霊を使役して青い光を輝かない多面体に集束させる。
「……ウソ!マジか!」
その光の圧力は、足場を蹴って勢いをつけた獣魔女の落下速度をも減殺し、押し返さんばかり。勢いを殺された呪魔女は、歯軋りし、罵る。
「ふざけんなこの!」
――ここまで来て!負けてたまるもんですか!――
力が、欲しい。こんなヘナチョコな光に負けない、推進力が。体をコントロールする雪風のその意図を受け、源始力を司るユモのイメージが瞬時に炸裂する。源始力の奔流が、光の翼となって獣魔女の背中から展開する。その数、三対六枚。
ほんの一瞬押し負けそうになっていた獣魔女は、光の翼の羽ばたきによって勢いを回復し、再び要石に向けて突き進む。
要石に左手が、輝かない多面体が接触するやいなや、獣魔女は右手のライフルを振り上げ、
「れえばていん!力を見せろぉ!」
その鈍色に輝く長大な銃剣の刀身を、力任せに要石に突き立てる。その刀身は要石に、不気味で不快で、石に刻まれた紋様でありながら見ている間に形を変えるような錯覚にも囚われるその禍々しい円錐形の不定形生物を描いたとおぼしき丸石に、その三分の二ほども突き刺さる。
「今だ!ユモ!撃てぇ!」
ともすれば弾き飛ばされそうな反発力に抗して、獣魔女が叫ぶ。セーラー服の左手は石の表面に、右手はライフルの先台にあって、引き金を引ける体勢ではない。
――偉大なる魔術師マーリーンに連なる我、ユモ・タンカ・ツマンスカヤが精霊に再び命ずる!光の弾丸よ!カマエルの威光をもって我が示す的を撃ち抜け!――
ユモの声なき声が、周囲のエーテルを震わせる。
獣魔女の背中から、軍用コートを着たユモの腰から上が抜け出し、ライフルを肩付けした。軍用コートに包まれた両腕がライフルに向かい、その右手が引き金とグリップを握り、左手が光る剣を持ったまま先台を掴む。左手が先台に触れる寸前、光る剣はビー玉ほどの光の球となり、左人差し指の先に宿る。
「神鳴る剛弓!」
叫んで、ユモは引き金を引く。ユモの左手の、伸ばした人差し指からまばゆい輝きが銃口に移り、直後に、銃声と共に弾丸が、弾丸と共に光の矢が放たれる。その光の矢の矢尻は目もくらむほどの輝きを放ち、銃口から丸石までのほんのわずかの距離を飛翔して、石の中に消える。
直後。石は、まるで爆薬を飲んだヒキガエルのような短い悲鳴にも聞こえる不協和音を放ち、爆散した。
「……見えてる!まだ間に合う!」
聞き覚えのある、少女の声がする。
「ニーマント!今度こそ見える?!」
二人分の、少女の声。
何が起きて、自分がどこに居てどうなっているのか皆目見当もつかない状態で、オーガストは薄目を開けた。
「まだ日蝕続いてる!急がないと!」
急速に晴れつつある空を見上げて、雪風が言う。
「ニーマント!返事なさい!」
下を向いて、自分のペンダントに向けてユモも言う。
「……いやはや、酷い目に合いました」
ニーマントが、ぼやく。
「生きてるのね?生きてるならいいわ!で!ちゃんと見えてる?!」
「……はい、見えてきました……おや、いくつかの面はブラックアウトしてしまってますね」
「故障?」
「と言いますか」
咄嗟に機械みたいに雪風に言われて、苦笑しながらニーマントが答える。
「あまりのエナジーに、焼き付いてしまったようです」
「何でも良いわ!それで、あたしかユキの居たところは見えてるの?」
ユモは、眼下の崩壊する地表から目を戻して、聞く。要の丸石を破壊したからだろう、コントロールを失った膨大なエナジーの奔流はその出口を求め、本来は頂点に向けて直径1メートル程開口していたその光の吹き出し口を10メートル程まで砕き、拡張しつつ噴き出した。当然、洞窟の中にあったあらゆるものも巻き添えにして。
――精霊の加護をつけていなかったら、あたし達も木っ端微塵だったでしょうね――
ユモは、心の中で思う。そうなっていたら、うちに帰るどころの騒ぎではなくなる、と。
「……残念ながら」
「見えないの?」
「左様で。いくつか行き先は見えますが、お二人に関係しそうな気配なありません」
ユモと雪風は、顔を見合わせる。目と目が合い、頷き合う。
「……いいわ!直接帰れなくても、ちょっとでも近づければ!」
「とりあえず次の日蝕が一番近そうなとこ!ってわかります?」
「断言は出来ませんが、多分、でよろしければ」
「決まりね!」
「よし!腹くくって行こう!」
「……と、その前に……」
オーガストは、やっと理解した。
足下の、人型洞窟の下の方の様子をうかがっていた時。
突然、爆発的な光の奔流に襲われ、気が付いたらここに、空中にいたのだ、と。
眼下の大地は、その光が吹き出したとおぼしき大穴の周囲が今、直径100メートル程もあろうか、崩落し始めた。
オーガストは、知った。自分の体も、粉々に千切れ飛んでいる事を。
痛みはない。何も感じない。ただ、残念だった。折角ここまで来たのに、仲間と呼べる者達を裏切り、切り捨ててまでここにたどり着いたのに。
これで、どうやら終わってしまうようだ。
声が、聞こえた。
聞き覚えのある、少女の声。
――あんたを助ける義理はないけど、伝言係が必要だから――
薄目を開けたオーガストには、その姿が見えた。
翼の生えた魔法円に立つ、二人の、抱き合う少女の姿が。
小さい方の少女が、金色の髪をなびかせ、何事か唱えた。
それが何か、オーガストにはすぐにわかった。
千切れ飛んだはずの体が、少しずつ、集まってきたからだ。
――スティーブとチャックに伝えて。50年したら、また必ず会いに来るって――
少女の、優しい声が聞こえる。
――あと15年くらいで、もう一度、大きな戦争が来ます。必ず、生き延びて下さい――
もう一人の少女の、これは懇願か。
――じゃあ、頼んだわよ――
――お達者で――
それきり、少女の声は聞こえなくなった。
ユモが振動させたエーテルの波動は、ユモが自分達の周囲に展開したイメージの魔法円に強い輝きを与える。
――……猛き天使カマエルよ!我が求めに答えて現れ出でて、その盾をもって我らに鉄壁の守護を与えたまえ!――
ユモの声なき声に合わせるように、魔法円から三対六枚の翼が伸び、そのうちの二対四枚がふわりと獣魔女の体を包み込む。
その翼の輝きは中心の獣魔女にまといつき、纏わなかった一対もろともに輝く羽根をまき散らしながら服と一体化し、消える。
――次!我は汝に重ねて請い願う!我がもとに遣わせし熾天使たるカマエルの、その刃の切っ先を我に一時貸し与えん事を!猛き天使カマエルよ!幾多の邪を討ち払いしその剣、時をも止めるその威光をもって、我の前に現したまえ!――
印を切ったユモの、銃剣を持つ右手ではなく、何かを求める様に伸ばした左手のその中に、強い輝きを放つ鋭利な何かが出現する。
――偉大なる魔法使いマーリーンに連なる我、ユモは、今ここに精霊を使役し、我の思いを成し遂げんと欲す……――
ユモの声なき声が、地上では失われた言語で別な呪文を唱え始める。その間も、獣魔女の体はユモの唱える呪文と印を切る腕の動きに関係なく、『ウェンディゴ憑き』を討ち倒し、吹雪の指を切り払う。
「一段落したら合図ちょうだい!」
木刀を振る合間に、雪風の声が言う。
「試したい事があるの!」
雪風の意識の中に、肯定を示すユモの意識が流れ込んだ。
それに知性があるのならば、もっと早くにやり方を変える事を思いついただろう。
だが、それに知性、あるいはそれに類するものがあったとしても、少なくともそれは人間に推し量れるような類いのものではない事だけは確かだった。
だからだろうか。それは、何度も何度も同じように吹雪と氷雪でこしらえた触手を伸ばし、何度も何度もそれを切り払われ、押しのけられていた。
洞窟の上部空間に位置する本体ごと攻め寄せたならば、あるいはそれは一瞬でカタがついた程度の抵抗だったのかも知れない。だが。それには、そのような方法をとるという発想自体が存在しなかった。
だから。何度目かに吹雪の指を斬り払われた時。偶然、その触手が二手に分かれ、二つの触手として機能する事に気付き。
それは、幾本もの吹雪の触手を一時に延ばす、という方法を執り始めた。
「うわマジかバカ急にふざけんなこの!」
突然数が増えた触手攻撃を木刀で捌ききれず、獣魔女は雪風の声で早口に罵ると大きく飛び退き、金と黒の髪をなびかせて身を躱す。その獣魔女を追って、何本もの細い竜巻のような吹雪の触手が追いすさる。
――月の魔女リュールカが一の弟子にしてその子たる我、ユモ・タンカ・ツマンスカヤが精霊に命ずる!『熾天使』の剣を用いて我が示す的を貫け!……いいわよ!――
ユモが、呪文を一時停止して雪風に合図する。
「よおっしゃあ!」
飛びすさって後退しつつ吹雪の触手を切り払いながら、待ちかねたように獣魔女の口から声がする。木刀を右手の逆手、中指薬指小指の3本で持ち替えると、獣魔女は担いでいたライフルを持って素早くリロードする。そのまま右手を銃から離した獣魔女は、軍用コートの右腕が持つ銃剣を木刀を逆手に持ったセーラー服の右手で掴み、受け取る。
――何を?――
「見てな!」
雪風が何をしたいのかはわからないが、何であれ体の事については逆らう気のないユモは、疑問を抱いたまま銃剣を素直に渡す。そのユモに自信満々に答えつつ、獣魔女の体をコントロールする雪風は、その銃剣をライフルのアタッチメントに当てて、引く。
「……ほら!」
――あ……――
雪風の狙い通り、かちりと音をたててその年代物の銃剣は黎明期のボルトアクション単発銃の先端部分、銃口の右横にきっちりと収まった。
「思った通りよ!そうじゃないかと思ってたのよ!そしてぇ!」
推測が正解して嬉しそうな雪風の声が、己の愛刀に命じた。
「れえばていん!あたしの命に従い!一時!この銃剣に宿れ!」
先込め式単発銃から薬莢式連発銃へ、黒色火薬から無煙火薬へと急速な進化を遂げた小銃の歴史の上で、過渡期の小銃と銃剣は、先込め時代の刺突武器としても使われるその名残を強く残し、後世のそれに比べて銃身も刀身も長いものが普通であった。
その、まさに過渡期にプロイセン軍に採用されたモーゼルM1871、後に連発式に改造される以前の単発の、Gew71とも呼ばれるオーガストが戦利品として持っていたその銃と、その銃剣、ユモが魔法を使うために父によって全体を磨き上げ研ぎ直して象嵌と銀メッキを施された、連発式に改造されたGew71/84用の短縮化されたものではないオリジナルのSG71が、何の因果か偶然かここに来てピタリと適合し、そしてその銃剣の刀身が今、雪風の命を受けた木刀が宿る事でより長く、そして鈍色に輝いた。
その姿は、銃剣を着剣した小銃でありながら、その長さはむしろ長巻、戦国時代には戦場で猛威を振るい、後の江戸幕府には所持を禁じられた威力全振りの刀剣にさも似たり、であった。
――ニーマント!出番よ!――
ユモの声なき声と共に、その長巻様の小銃を持つ獣魔女のセーラー服の左手に、軍用コートの両手が首から外した輝かない多面体のペンダントを握らせる。
「荒事は、得意ではないのですが……」
左掌から聞こえたぼやきを無視して、ぐるぐるとチェーンを何度か巻き付けて輝かない多面体を掌に固定した獣魔女は、その左手を小銃の先台に戻し、一声、吠える。
「……早田学院中の戦闘妖精、雪風!いざ!推して参る!」
一連の呪文の詠唱とそれに伴う銃剣着剣の最中も絶え間なく襲って来ていた無数の吹雪の触手を体術だけでいなしていた獣魔女は、改めて構え直したライフル――恐ろしく長い、鈍色に光る刀身付き――を振りかざして足場を蹴った。剣道初段に加えて銃剣道二段は伊達ではない。後ろの相手は捨て置き、行く手を阻む吹雪と『ウェンディゴ憑き』だけをその刀身で断ち切り払いのけ、真一文字に獣魔女は突き進む。巨人のような人型洞窟の底、丹田の位置にある平たい丸い石、発光とエーテル擾乱の根源たる、人ならぬものが描いたとおぼしき文字と抽象画の描かれたその要石に向かって。
「見えた!」
――見えた!――
見通しで、その要石が視野に入った瞬間、獣魔女の口から漏れる雪風の声と、ユモの声なき声が重なった。足場を蹴って、獣魔女は落ちるより早くその要石に向かって跳ぶ。
「だりゃあぁ!」
翼型安全装置を解除してからライフルの先台を右手の逆手で持ち直し、一声吠えた獣魔女は、その勢いのままに左手を突き出し、開いた左掌の輝かない多面体をさらして青い光に突入する。
――精霊よ!我が望みを聞き、我に仇なす彼の光をこの掌に集める魔鏡となれ!――
ユモの声なき声が、精霊を使役して青い光を輝かない多面体に集束させる。
「……ウソ!マジか!」
その光の圧力は、足場を蹴って勢いをつけた獣魔女の落下速度をも減殺し、押し返さんばかり。勢いを殺された呪魔女は、歯軋りし、罵る。
「ふざけんなこの!」
――ここまで来て!負けてたまるもんですか!――
力が、欲しい。こんなヘナチョコな光に負けない、推進力が。体をコントロールする雪風のその意図を受け、源始力を司るユモのイメージが瞬時に炸裂する。源始力の奔流が、光の翼となって獣魔女の背中から展開する。その数、三対六枚。
ほんの一瞬押し負けそうになっていた獣魔女は、光の翼の羽ばたきによって勢いを回復し、再び要石に向けて突き進む。
要石に左手が、輝かない多面体が接触するやいなや、獣魔女は右手のライフルを振り上げ、
「れえばていん!力を見せろぉ!」
その鈍色に輝く長大な銃剣の刀身を、力任せに要石に突き立てる。その刀身は要石に、不気味で不快で、石に刻まれた紋様でありながら見ている間に形を変えるような錯覚にも囚われるその禍々しい円錐形の不定形生物を描いたとおぼしき丸石に、その三分の二ほども突き刺さる。
「今だ!ユモ!撃てぇ!」
ともすれば弾き飛ばされそうな反発力に抗して、獣魔女が叫ぶ。セーラー服の左手は石の表面に、右手はライフルの先台にあって、引き金を引ける体勢ではない。
――偉大なる魔術師マーリーンに連なる我、ユモ・タンカ・ツマンスカヤが精霊に再び命ずる!光の弾丸よ!カマエルの威光をもって我が示す的を撃ち抜け!――
ユモの声なき声が、周囲のエーテルを震わせる。
獣魔女の背中から、軍用コートを着たユモの腰から上が抜け出し、ライフルを肩付けした。軍用コートに包まれた両腕がライフルに向かい、その右手が引き金とグリップを握り、左手が光る剣を持ったまま先台を掴む。左手が先台に触れる寸前、光る剣はビー玉ほどの光の球となり、左人差し指の先に宿る。
「神鳴る剛弓!」
叫んで、ユモは引き金を引く。ユモの左手の、伸ばした人差し指からまばゆい輝きが銃口に移り、直後に、銃声と共に弾丸が、弾丸と共に光の矢が放たれる。その光の矢の矢尻は目もくらむほどの輝きを放ち、銃口から丸石までのほんのわずかの距離を飛翔して、石の中に消える。
直後。石は、まるで爆薬を飲んだヒキガエルのような短い悲鳴にも聞こえる不協和音を放ち、爆散した。
「……見えてる!まだ間に合う!」
聞き覚えのある、少女の声がする。
「ニーマント!今度こそ見える?!」
二人分の、少女の声。
何が起きて、自分がどこに居てどうなっているのか皆目見当もつかない状態で、オーガストは薄目を開けた。
「まだ日蝕続いてる!急がないと!」
急速に晴れつつある空を見上げて、雪風が言う。
「ニーマント!返事なさい!」
下を向いて、自分のペンダントに向けてユモも言う。
「……いやはや、酷い目に合いました」
ニーマントが、ぼやく。
「生きてるのね?生きてるならいいわ!で!ちゃんと見えてる?!」
「……はい、見えてきました……おや、いくつかの面はブラックアウトしてしまってますね」
「故障?」
「と言いますか」
咄嗟に機械みたいに雪風に言われて、苦笑しながらニーマントが答える。
「あまりのエナジーに、焼き付いてしまったようです」
「何でも良いわ!それで、あたしかユキの居たところは見えてるの?」
ユモは、眼下の崩壊する地表から目を戻して、聞く。要の丸石を破壊したからだろう、コントロールを失った膨大なエナジーの奔流はその出口を求め、本来は頂点に向けて直径1メートル程開口していたその光の吹き出し口を10メートル程まで砕き、拡張しつつ噴き出した。当然、洞窟の中にあったあらゆるものも巻き添えにして。
――精霊の加護をつけていなかったら、あたし達も木っ端微塵だったでしょうね――
ユモは、心の中で思う。そうなっていたら、うちに帰るどころの騒ぎではなくなる、と。
「……残念ながら」
「見えないの?」
「左様で。いくつか行き先は見えますが、お二人に関係しそうな気配なありません」
ユモと雪風は、顔を見合わせる。目と目が合い、頷き合う。
「……いいわ!直接帰れなくても、ちょっとでも近づければ!」
「とりあえず次の日蝕が一番近そうなとこ!ってわかります?」
「断言は出来ませんが、多分、でよろしければ」
「決まりね!」
「よし!腹くくって行こう!」
「……と、その前に……」
オーガストは、やっと理解した。
足下の、人型洞窟の下の方の様子をうかがっていた時。
突然、爆発的な光の奔流に襲われ、気が付いたらここに、空中にいたのだ、と。
眼下の大地は、その光が吹き出したとおぼしき大穴の周囲が今、直径100メートル程もあろうか、崩落し始めた。
オーガストは、知った。自分の体も、粉々に千切れ飛んでいる事を。
痛みはない。何も感じない。ただ、残念だった。折角ここまで来たのに、仲間と呼べる者達を裏切り、切り捨ててまでここにたどり着いたのに。
これで、どうやら終わってしまうようだ。
声が、聞こえた。
聞き覚えのある、少女の声。
――あんたを助ける義理はないけど、伝言係が必要だから――
薄目を開けたオーガストには、その姿が見えた。
翼の生えた魔法円に立つ、二人の、抱き合う少女の姿が。
小さい方の少女が、金色の髪をなびかせ、何事か唱えた。
それが何か、オーガストにはすぐにわかった。
千切れ飛んだはずの体が、少しずつ、集まってきたからだ。
――スティーブとチャックに伝えて。50年したら、また必ず会いに来るって――
少女の、優しい声が聞こえる。
――あと15年くらいで、もう一度、大きな戦争が来ます。必ず、生き延びて下さい――
もう一人の少女の、これは懇願か。
――じゃあ、頼んだわよ――
――お達者で――
それきり、少女の声は聞こえなくなった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜
KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞
ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。
諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。
そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。
捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。
腕には、守るべきメイドの少女。
眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。
―――それは、ただの不運な落下のはずだった。
崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。
その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。
死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。
だが、その力の代償は、あまりにも大きい。
彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”――
つまり平和で自堕落な生活そのものだった。
これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、
守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、
いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。
―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。
真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます
難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』"
ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。
社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー……
……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!?
ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。
「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」
「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族!
「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」
かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、
竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。
「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」
人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、
やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。
——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、
「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。
世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、
最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発
ハーフのクロエ
ファンタジー
アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる