【R18】愛人契約

日下奈緒

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第1章 契約の内容

《中》

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知っている先輩に話しかけられ、なんだかほっとした。

「……相当深い悩みがありそうね。」

「はい。」

気心知れた先輩に、私は思わず悩みを聞いて貰おうと思った。

「あの、先輩。相談に乗ってもらっていいですか?」

「いいわよ。」

三宅先輩は、身軽に私の隣の椅子に座ってくれた。

「実は、弟が脳腫瘍になってしまって……」

「泰介君が!?」

一度泰介に会った事がある三宅先輩は、心配そうな顔をしてくれた。

「それが、費用を気にして、手術を受けないと言いだして……」

「泰介君、優しいからね。それで?費用はなんとかなるの?」

「それが、泰介の学資保険を解約したんですけど、まだ費用が足りなくて。私もそんなに貯金もないし。この会社、ボーナスも出るか分からないし。」


「大変ね。」

先輩は、私の背中を摩ってくれた。

「お金借りるって言っても、私達の給料じゃあ、たかが知れてるものね。」

「そうなんです。その他にも入院費や治療費もあるし……私、どうにかして、手術費を稼ぎたいんです。」

「その言い方だと、私がお金を貸すって言っても、受け入れて貰えなさそうね。」

私は、思いっきり頭を横に振った。

「いいえ。先輩には迷惑、かけられないです。」

「言うと思った。」

そして私は、先輩にある頼みごとをした。

「先輩、何か……割のいいバイト、知りませんか?」

「バイト?これ以上働くの?泰介君の看病もあるのに。」

「でも、それしか治療費と手術費を用意する方法はなくて……」


何でもするつもりだった。

キャバクラでも、風俗でも。

でも、三宅先輩から言われたバイトは、意外なモノだった。


「……愛人契約って言うのは、どう?」

「愛人!?」

「しー。」

あまりの突拍子のない事に、私は驚いた。

「こんな事言うのもなんだけど、時間の割には貰える金額が、破格なのよ。」

「そう……なんですか?」

「知り合いの社長が、そういう女の子を探していて……なかなかのイケメンよ。変な性癖もないし。日満理も美人だから相手にも気に入って貰えると思う。」

「そんな……」

そんな世界があるなんて、初めて知った。

「今のご時世、そんなに珍しくないわよ。一度、会ってみない?」

私は、迷った。

第一、私にそんな魅力があるなんて、思っていないし。

「ね。私も誰かいい人がいないかって、言われてたところなのよ。私の顔を立てると思ってさ。」

「……はい。」


この時、どうして私は、”はい”って言ってしまったんだろう。

お世話になっている先輩の為?

ううん。

運が良ければ、お金が入ると思っていたからだ。


愛人契約。

それが、私の人生を大きく変えていく事になろうとは、思ってもみなかった。


そして私は三宅先輩から、面接の場所を教えられた。

そこは、都内の有名なホテルだった。

見上げると、綺麗な白壁が壮大なお城を思わせる。

「こんな場違いなところ、来てよかったのかな。」

でも、待ち合わせ場所は、1階のロビー。

いくらなんでも、初回からベッドで言う事はないか。

私は少し緊張しながら、ホテルの入り口を通った。


ロビーは、右側に広がっていて、紙には中央の大きな木の下と書いてあった。

ゆっくり向かうと、まだ木の下のソファには、誰も座っていなかった。

左側にしている腕時計を見ると、時間までにはまだ5分あった。

ここに座っていれば、来るよね。

私は、右端のソファに座った。


すると、私の横に誰かが座った。


「春日日満理さん?」

「は、はい。」

その人を見ると、三宅先輩が言う通り、鼻筋の通ったイケメンだった。

「僕は、本田勇介。よろしく。」

「は、はぁ……」

あまりにもあっさりとした自己紹介。

「さて、ここじゃなんだから、部屋に行こうか。」

「へ、部屋に?」

ドキンとして、背筋が伸びた。


面接ってそういう事?

最初から、体の相性とか見るの?


「もしかして、愛人契約は初めて?」

「はい……」

「そうか。なら、一杯呑んでからにしようか。」

その慣れた感じが、私の中では怖かった。

何をされるんだろう。

最初から無茶な事は、しないよね。



「このホテルの6階に、いい店があるんだ。行こう。」

本田さんは立ち上がると、私の目の前に、手を差し出した。

「ありがとうございます。」

そっと手を握って、軽やかに立たせてくれた本田さんは、ジェントルマンのようだった。


エレベーターは、一番奥にあって、私はそんな本田さんの後ろをついて行った。

手は外され、本田さんはズボンのポケットに、両手を入れた。

時々立ち止まっては、私が付いてきているか確認する本田さん。

ここで私が、逃げると思っているのかな。

それは、ないと思った。

きっかけは、愛人契約であっても、こんなにカッコいい人。

私の周りにはいない。

私、この人に抱かれるんだ……


そう思ったら、途端に恥ずかしくなってきた。


「ん?」

「あっ、いえ。」


そんな事を考えていたら、いつの間にかエレベーターホールに着いていた。

私の目の前で、本田さんが上のボタンを押す。

「このホテルは、初めて?」

「はい。」

「僕は、2回目なんだ。前に、会社の商談でここを使ってね。ロビーが素敵だろ?」

「……はい。」

まだ少ししか話していないけれど、きっとこの人は、素敵な人なのだ。

こんな出会いじゃなければ、真剣にお付き合いしたかったかも。

なーんてね。


その時、エレベーターの扉が、私達の目の前で止まった。

中にいる人達が、せわしなく降りてくる。

「危ない。」

本田さんは私の腰に手を当てて、引き寄せてくれた。

偶然に、本田さんの胸板が、私の胸に当たる。

ドキッとした。

本田さんの胸板、見た目では分からないけれど、程よく筋肉がついていて、心地いい。


「さあ、いいよ。」

背中を押され、エレベーターの中に乗った。

本田さんはエレベーターの中でも、隣に立って、他のお客さんから私を守ってくれた。

ああ、どうしよう。

好きになってしまったら……

私は静かに、本田さんの顔を見つめた。


流れるような前髪。

長い睫毛。

切れ長の目。

鼻筋の通った、高い鼻。

柔らかそうな唇。

どれをとっても、私の目を奪うモノだった。


「着いたよ。」

エレベーターの扉が開かれ、私達は6階に降りた。

「店は、そこの角だよ。」

「はい。」

すると本田さんは、腕を差し出してくれた。

「あの……」

「ただのエスコートだよ。」

「は、はい。」

私は、本田さんの腕に、そっと手を置いた。


ただの……エスコート。

そんな事を知らない私に、この人の相手なんて、勤まるのかしら。


「ほら、ここだ。」

「うわぁ……」

カフェテリアのような、開放感のあるお店。

まるで、ほんのお茶を飲むくらいの。

「もう少し歩くと、バーもあるんだが、君はこっちの方がいいだろ?」

「はい。」

本田さんは、返事をした私を見て、クスッと微笑んだ。

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