【R18】愛人契約

日下奈緒

文字の大きさ
3 / 14
第1章 契約の内容

《後》

しおりを挟む
「やっと、笑ってくれたね。」

「あっ……」

自分のあまりにも、世間知らずな部分に、恥ずかしくて、愛想を振りまく事すら忘れていたのだ。


「お席は、こちらになります。」

そこは一番窓側の席だった。

「どうぞ。」

ウェイターの人に椅子を引かれ、それすらにも緊張した。

「何を飲む?」

「ああ、赤ワインを……」

「赤ワイン?」

本田さんは、私を見てまた笑っている。

「……可笑しいですか?」

「いや、そこだけ大人なんだなぁと思って。」

「えっ……」


やだ。

こういうお店に、あまり慣れていない事も、知られちゃった。


「お酒、強いの?」

「いえ。むしろ弱いんです。だから、最初にビールとか飲んでしまうと、飲みたいお酒が飲めなくなってしまって。」

「だから、最初から飲みたい物を飲むのか。」

「はい。」

そして本田さんは、手を挙げてウェイターを呼んだ。

「昼間だから、飲みやすいモノにしよう。君、キャンティを。」

「畏まりました。」

さらりと頼むところを見ると、本田さんは私とは真逆で、こういうお店には慣れているのだろう。


「さて。今のうちに少し、話ておきたい事があるんだ。」

「あっ、はい。」

私は、本題に入る前に、背筋を伸ばした。

「僕はね、会社を経営しているんだ。正直、仕事が忙しくて、今のところ恋愛する暇はない。もっと言えば、恋愛に興味がないんだ。それでも、欲求を満たす為にデリバリーも頼んでみたんだが、これが厄介な奴もいてね。それで素性がしっかりした人に、愛人契約を求めたんだ。君は?」

「ああ、私は……」

弟の手術費用とか言おうとして、止めた。

どうしてだか、この人に可哀相な女だと、思われたくない。

「私も、同じようなものです。両親がいなくなってしまって、弟の面倒を見なければならないんです。恋愛している時間もないです。」

「そうか。似た者同士、欲求を満たしたいと言う訳か。」

「はい。」


そして、赤ワインのボトルが運ばれて来た。

私達の目の前で、ワインが注がれる。


「じゃあ、契約内容を伝えておこう。一つ目は、関係を持つ事に対価を支払う。二つ目は、対価は一回事に10万。三つめ、君は誘われても断る権利を持つ。四つ目は、どちらかが関係を終了する意思表示をした時、この関係は終わりとする。そして、五つ目なんだが……」

「はい?」

「精神的なモノは求めない。いいね。」

「……はい。」


精神的なモノ……

要するに恋しちゃいけないって、事か。

なんだか、素敵な人だからこそ、がっかりしたかも。


「さあ、飲んで。契約を交わす、お祝いだ。」

「は、はい……」

私達はグラスを傾け、乾杯をした。

ワインは、思ったよりも美味しくて、昼間からお酒を飲む罪悪感を、払拭してくれるみたいだった。

「それにしても、君でよかった。」

「えっ?」

「僕はね、足が細くて長い子が好みなんだ。」

首筋の辺りが、むずがゆい。

そんな事言われたのは、初めてだ。

「どんどん、飲んで。それとも、セックスにお酒はいらない人?」


胸がドクンと鳴った。

耳元で言われたのもそうだけど、”セックス”って……

そんな言葉、昼間から口にできるなんて、この人は本当に、欲求だけなんだ。


「もう、そろそろ行こうか?」

「……どこにですか?」

「どこって、部屋にだよ。」

いつの間にか、本田さんの手の中には、鍵があった。

「あ、あの……本田さん?」

「ここで騒いだら、どんな事になるか、分かっているよね。」

ズキッと胸が痛んだ。


本田さんは、確信犯だ。

女を黙らせる事に、長けている。


私が立ち上がると、本田さんは私の手を握った。

それは、到底甘いものではなく、”逃がさない”と言わんばかりの。

クラクラする。


「行こうか。」

今まではいって言っていたのに、今だけは”はい”と言えない。

「えっと……」

「まさかここまで来て、取りやめって事はないよな。」

真っすぐな瞳。

どうしよう、このまま抱かれたら、私……


「すみません、やっぱり私……」

「できませんってか。」

重い空気が流れる。

このまま断るのは、どうしてもダメなの?

ここに来た時点で、こうなる事は、決まっていたの?


「あの……一度関係を持って、それで終わりと言う事は、ありますか?」

「あるだろうね。その際でも、今日の分は支払う。」

あくまでも、欲求を満たした代金と言う訳なのね。

「分かった。こうしよう。」

「えっ?」

顔を上げると、本田さんは手帳に自分の連絡先を書いた。

「3日間、考える猶予を与えよう。それで、愛人契約を結ぼうと思うのなら、ここに電話してくれればいい。」

「連絡が、なかったら?」

「僕は選ばれなかったと言う事だ。潔く他の人を探そう。」

私はゴクンと、息を飲んだ。

「分かりました。」

「よし。じゃあ、ここを出ようか。」

私達は立ち上がって、お店の入り口のところへ来た。


「あ、いくらですか?」

私が財布を出そうとすると、本田さんはそれを止めた。

「いいよ。ここは僕が出す。」

「いえ、そんな……期待外れな事までさせてしまったのに。」

すると本田さんは、手を差し出した。

「じゃあ、1000円。残りは僕が払う。」

「は、はい。」

私は急いで、1000円札を出した。

そんな割り勘の仕方、初めてだったから、ちょっと気が抜けた。


「本当は、いくらだったんですか?」

お店を出た後、エレベーターの中で、何気に聞いた。

「5000円。」

「えっ!?」

「嘘。3000円。」

「なーんだ。」

1本5000円もするようなワイン、昼間から頼む人がいるだなんて、びっくりした。

と言っても、1本3000円でも結構、いいワインだと思うけれど。


そしてエレベーターを降りて、私達はホテルの出口へ向かった。

「今日は本当に、すみませんでした。」

「いや、気にしなくていい。」

そして本田さんは、タクシーを呼んでくれた。

「送るよ。」

「いえ、そんな!」

「送らせて。」

そしてまた真っすぐな瞳で、私を見つめてくれた。


「君を抱く事もできない、家の近くまで送らせてもくれない。それじゃあ、今日来た甲斐がないじゃないか。」

「は、はい。分かり……ました。」

そんな情熱的な事を、この期に及んで言うなんて。

ずるい。

こんなんじゃあ、今日の夜にでも、電話してしまいそうになる。


二人でタクシーに乗って、私の家の方面へと、車を走らせた。

「……君は、どうして今日来たの?」

本田さんの問いに、息が止まった。


そう。

どうして、私はここに来てしまったんだろう。


「……興味が……あったのかもしれません。」

お金で性を買う人と、買われる人。

それを契約と呼ぶ人達に……


「じゃあどうだろう。僕は、期待外れだったのかな。」

「いいえ、そんなんじゃないです!本田さんは、とてもカッコ良くてっ!」

そんな私に、本田さんは目をキョトンとさせた。

「いえ、その……とても素敵な人で……夢のような出会いでした。」

「ははは。それじゃあ、少しは期待していいのかな。」


家の近くまで来た私は、タクシーを止めた。

「連絡待ってるよ。」

本田さんは私がタクシーを降りる時に、そう耳元で呟いた。

最後まで、ジェントルマンだった本田さん。


これでいいんだ。

私は静かに、目を閉じた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...