【R18】愛人契約

日下奈緒

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第2章 懇願

《後》

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「姉ちゃん。」

「なあに?」

泰介は、思いつめた顔で、こちらを向いた。

「……昨日の夜、何かあった?」

「えっ?」

じーっと私を見る泰介に、落ち着かない。


「どうして?」

「今まで思いつめた顔をしていたのに、急に晴れやかな顔になって。昨日、何かあったとしか思えない。」

さすがは姉弟だと思ったけれど、まさか愛人契約の事を言う訳にはいかない。

「何でもないわ。気にし過ぎよ。」

「嘘だよ。」

泰介は、尚も私を見つめる。


「急にお金ができたなんて、信じられない。昨日の夜、何かあったんだ。」

ギクッとなったけれど、知られたくない。

体を売って、お金を調達してきたなんて。

「まさか姉ちゃん……」

「な、なに?」

「……闇金から、金を借りたりしてないよな。」

一瞬、頭が真っ白になって、その後笑いが込み上げてきた。


「なに、笑ってるんだよ。」

「だって、泰介が変な事言うから。」

私は軽くため息をついた。

闇金に行ったのは、本当の事だから。

「なんか、泰介には敵わないわね。」

「やっぱり、姉ちゃん。」

泰介は青い顔をして、布団から出ようとした。

「と言っても、調達してきた場所は、闇金じゃないけどね。」

「えっ?」

「ボーナスよ。」

泰介に嘘をつくのは嫌だけど、このくらいの嘘は大目に見てほしい。


「何言ってんだよ、姉ちゃんの会社、ボーナスなんて出る訳ないだろう。」

「失礼ね。今回は業績がアップして出る事になったの。」

本当は、業績なんてアップしていないし、ボーナスなんて出ない。

「泰介がいよいよ危ないって聞いて、思わず部長に『ボーナスを前借りできませんか?』って、昨日の夜聞いちゃった。部長は、私達の家庭の事情を知っているから、何とかするって言ってくれてね。」

「そう……だったのか。」

泰介は安心したのか、肩が下がった。

「ふふふ。しかしよく闇金なんて、知ってたわね。」

「いや、テレビでよく見るから。」

照れながら笑う泰介を、私は抱きしめた。

「これで、命は助かるわ。」

「うん……」

「よかった……本当によかった。」

「姉ちゃん……」

これで、たった一人の家族を失わずに済む。

私の目には、涙が滲んでいた。


3日後。

泰介の脳腫瘍の手術が行われた。

最悪の場合、後遺症が残るって言われたけれど、それよりも命が助かってほしい。

私は、手術室の前の椅子に、一日中座っていた。

手術の時間は、数時間にも及ぶって聞いても、片時も離れる事ができない。


そんな時だ。

「日満理。」

「三宅先輩……」

本田さんを紹介してくれた会社の先輩が、病院に駆け付けてくれた。

「今日、泰介君の手術の日だって聞いたから、会社早退してきちゃった。」

先輩はそう言って、ペロッと舌を出した。


「泰介君の手術は?」

「始まって、3時間経ちます。」

この3時間。

一つも安心できなかった。

「よし。ご飯食べに行こうか。」

「えっ?」

私は、顔を上げた。

「どうせお昼も食べてないんでしょ。夜だって、いつ手術が終わるか、気が気じゃなくて逃してしまうだろうし。」

「ああ……」

「ねっ。病院の中に、レストランがあったわよね。あそこなら直ぐ戻って来られるから、いいでしょ?」

「……はい。」

私は三宅先輩の言葉に甘えて、ご飯を食べに行った。


病院のレストランは2階にあって、見晴らしもよかった。

「何食べる?」

「……サンドイッチで。」

「サンドイッチ?パスタにしなさいよ。」

三宅先輩のおすすめで、私達はパスタを食べる事にした。

出てきたパスタは、ごく普通の味付けで、それが反って安心した。

もし、美味しいパスタを食べていたら、手術中の泰介に悪いもの。


「で?契約の方はどうなの?」

「えっ?」

「嫌ね。愛人契約よ。」

三宅先輩は、気を遣って小声で言ってくれた。

「ああ……順調と言えば、順調です。」

「そう。ならよかった。」

パスタをすする先輩は、全く気にもしていなかった。


「……先輩も、愛人契約した事があるんですか?」

すると、一瞬だけ先輩は手を止めた。

「……少しの間だけね。」

「そうですか。」

私も、さらりと返した。


「どんな人だったんですか?」

「年寄りの社長よ。羽振りだけはよかったわ。」

「結構貰ってたんですか?」

「一時期はね。でも直ぐ倒産しちゃって。それで契約も終わり。」

愛人契約と言うのは、お金が用意できないと、破綻するらしい。

「愛人契約って、どうすれば続くんでしょうね。」

私もパスタをすすった。

「さあね。私みたいに、相手が倒産しなければ、ある程度は続くんじゃない?」

「そうなんですか?」

「ああ、あと……」

先輩は、何かを思い出したように、口に手を当てた。

「恋愛関係になったら、続かないって聞いたわ。」

私は、ドキッとした。

「恋愛関係?」

「まあ。始まりがお金だからね。感情が入ったら、上手くいかなくなるのも、分かる気がするわ。」


私は、先輩の言葉に胸が詰まった。

もう既に、本田さんに惹かれ始めている私は、この契約の終わりが見えているんだろうか。


「日満理も、せっかくいい人見つけたんだもの。つまらない感情で終わらないようにしなきゃね。」

「そう、ですね。」

私はパスタを、一気にすすり上げた。
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