【R18】愛人契約

日下奈緒

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第4章 真実

《中》

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「はい。」

勇介さんに”行ってらっしゃい”のキスをして、玄関で見送った。

仕事に行く勇介さんを見送って、仕事から帰ってくる勇介さんを迎えると、何だか結婚しているように思えてくる。


「止めよう。無駄な考えは。」

はぁっとため息をつき、私は勇介さんの家を、掃除し始めた。

結婚したら、休日はこんな事してるのかなって、ふと思ってしまった。

「だから、考えても無駄だって。」

いくら好きでも、勇介さんにとっては、一日10万円で娼婦を雇っているようなものなんだから。


それにしても。

勇介さん、毎晩毎晩私を抱いていて、飽きて来ないんだろうか。

「どうしよう。そのうち飽きられたら。」

新しい体位でも、試そうか。

って、はぁぁぁぁぁ!

私、掃除中に何を考えているの!

窓を拭きながら、私は顔を赤くしていた。


それから、どのくらい経っただろう。

掃除が終わって、お茶を飲んでいたら、チャイムが鳴った。

「はい。」

『本田勇介さんはいらっしゃるかしら?』

「今、仕事で出ていますが、どちら様でしょうか。」

『どちら様って……家政婦のくせに知らないの?』

ちょっとムッとしたけれど、我慢我慢。

勇介さんのお客様なんだから。

「少しお待ちください。」

話せば分かると思っていた。


私は鍵を開けて、玄関のドアを開けた。

そこには、毛皮のコートを着た……

「えっ……」

「どうして?」

お互いの顔を見て、驚いた。

「お母さん!?」

「どうして日満理が、勇介のところにいるの!?」

お母さんは、家の中に入り靴を脱ぐと、リビングのソファに座った。


「どういう事?どうしてあなたが、ここにいるの!?」

まるで私がここにいる事が、悪い事のように言ってくるお母さん。

「どうしてここにいるのかって、聞いているのよ!!」

お母さんに責められて、体がビクつく。


若い男と家を出て行って、それっきりだったのに。

今更、顔を合わせるなんて。


「お、お母さんこそ、勇介さんとどんな関係なの!?」

私達は、顔を合わせて睨み合った。

「どんな関係ですって?まあ、娘に言うのもなんだけど……勇介は、私の駆け落ち相手なの。」


私は、目の前が暗くなった。

勇介さんが、お母さんの相手?

私達親子から、お母さんを奪い取った相手だって言うの?


「さあ、私は言ったでしょう?あなたは?勇介の何?」

何と言われても、何て言ったらいいのか、分からない。

「勇介は恋人なんて、作らないわ。私がいるもの。」

胸がズキッとした。


- 特定の人は、作らないんだ -

それは、お母さんが勇介さんの恋人だから?


「新しい家政婦を雇った話も聞かないわね。だとしたら……」

お母さんは、ニヤリとした。

「もしかして、愛人契約?」

私はハッとした。

「はははっ!あはははっ!」

嘲り笑うお母さんを、茫然と見るしかないなんて。


「清楚な顔をして。やる事やってんじゃないの。」

その下品な笑い声に、私は悔しくて、手を握りしめた。

「止めて下さい。」


目の前にいるのは、もう私のお母さんじゃない。

若い男に目が眩んで、子供を捨てた雌豚よ。


「勇介さんは、『僕は君のもの』だって、言ってくれたわ。」

「ふふふ。」

そこでも、あの女は可笑しそうに笑った。

「本当に、純情って言いたい程に、お馬鹿な子ね。」

私は歯を食いしばった。

「今までもね。愛人契約を結んでいた女の子、同じ事を言っていたわ。」

「えっ……」

「『一緒にいたいって言われた。』『愛してるって言われた。』『結婚したいって言われた。』様々よ。」


胸の奥がズキッとなった。

私以外の女の人にも……同じような言葉を?


「でもね。勇介は結局、私から離れられないのよ。分かる?」

胸の痛みが激しくなって、私はもうその場にいられなくなった。

勇介さんから貰った100万円の札束を置いて、荷物を持って、彼の家を飛び出した。


- 特定の人は作らないって、有名でね -


嘘つき。

勇介さんの嘘つき。

いるじゃない、特定の人が。

作ろうとしているじゃない、特定の人を。

何が、恋愛に興味がないなの?

そう言って、いろんな女性を巻き込んでいるだけじゃない!


知らない間に、泣いていた。

胸の痛みを、全て押し流すように。


気づいたら、泰介のいる病院に着いていた。

「姉ちゃん。どうしたの?急に。」

頭に包帯を巻いて、一命を取り戻した泰介。

時々、腕が震えるって言っていたけれど、それぐらいの後遺症でよかった。


「……お姉ちゃんね。何だか、疲れちゃって。」

私は、泰介のベッドに上半身を放り投げた。

「姉ちゃん。頑張り過ぎたんだよ。」

「うん。」

「これからは、俺がいっぱい勉強して、姉ちゃんを楽させてやるから。」

「……うん。」


また涙が零れてきた。

勇介さんの元を離れて、お母さんとも決別してきて、何もかも失ったなんて、どうして思ったんだろう。

私には、泰介がいるじゃない。


「これから勉強の遅れた分を取り戻すよ。」

「ふふふ。」

泰介といると、まだまだ未来は明るいって思える。


そして私は、ある事に気づいた。

まだ泰介の治療費もかかる。

塾の費用に、大学進学の為のお金。

まだまだ、お金は足らない。


私は、そっと起き上がった。

勇介さんの事もあって、もう愛人契約は嫌だって思っていたけれど、どうやらもう少し、続けなければいけないみたい。


「姉ちゃん。また思いつめた顔をしている。」

「ううん。」

私は無理に笑った。

「これから泰介が大学に行くって言うのに、もっと頑張んなきゃと思って。」

「そうだな。もう少しだけ頼むよ、姉ちゃん。」

私達は、笑い合ってその日を終えた。


次の日。

私は会社で、三宅先輩に会った。

「先輩、お願いがあるんです。」

「なあに?改まって。」

私は、先輩に頭を下げた。


「先輩、他の愛人契約を、紹介してほしいんです。」

「他の人を?」

予想通り、先輩は驚いていた。

「どうして?上手くいっていたんじゃないの?」

「今は、何も聞かないで下さい。」

俯いて、暗い顔をしている私の手を、先輩は握りしめてくれた。

「何も聞かないで、他の人なんて紹介できないわ。あんなに二人、愛し合ってたじゃない。」

私は、首を横に振った。

「嘘なんです。」

「嘘!?」

「あの人、誰にでもそう言う顔をしてたんです。もう嫌なんです。」
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