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第二章 復讐のための婚約 ②
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「この前の舞踏会の時でしょうか。」
さらりとした言い方だった。
それでも、その一言で“惹かれた”という物語にしてくれているのが分かる。
本当に、ありがたい。
殿下は私を傷つけず、父母を安心させるように、最大限配慮してくれている。
「舞踏会……ああ……」
父は額に手を当ててうなだれた。
まるで信じたくない現実に蓋をしたいかのように。
「確かに、確かに……私はセレナに“他の相手を探して来い”とは言いましたが……まさか、その“他の相手”が、皇子殿下とは……」
母は口元に手を当て、目を丸くしている。
「恐れながら……そのようなお方が、なぜ我が娘に……」
「彼女には、それだけの価値があると思ったまでです。」
カイル殿下のその言葉に、父と母は再び言葉を失った。
……まるで夢を見ているようだった。
でも、夢なら──どうか今は覚めないで。
カイル殿下が屋敷を後にしようとしたとき、私は思わず彼の後を追った。
玄関の扉が開けられ、馬車の準備が整うその瞬間。
私は、両親の耳に届かないよう、小さな声で話しかけた。
「……何も、本当にプロポーズしなくてもよかったのに。」
あの膝をついての言葉。
胸が高鳴ってしまった自分が、少しだけ恥ずかしかった。
殿下は振り返り、私の指先をそっと取った。
そのまま、柔らかく、けれど確かに握る。
「だますなら、身内からって言うでしょ?」
そう言って、いつものようにウィンクをひとつ。
その仕草が、あまりにも自然すぎて──私は言葉を失った。
……懐かしい。
小さい頃。
庭で転んで泣いたときも、私が試験で落ち込んでいたときも。
「泣くな」なんて言わずに、そっと笑ってウィンクをしてくれた。
「俺がついてる。」
そう言っているような、無言の合図だった。
あのころと、何も変わっていない。
でも──今の私は、あのころとは少し違っていて。
「……ありがとう、ございます」
そう絞り出すように言うと、彼はそっと手を離した。
「それじゃ、また連絡するよ。次は……婚約発表のタイミングかな」
さらりと言って、彼は馬車へと乗り込んでいった。
胸の奥に、まだ彼の指の温もりが残っていた。
大変だったのは、カイル殿下が帰った後だった。
「……どういうことなんだ、セレナ」
執務室から戻った父が、険しい顔で私の前に立った。
その目には、動揺と怒りと、そして戸惑いが入り混じっていた。
「相手を見つけて来いとは言ったが、誰でもいいとは言っていない!」
低く抑えた声が、逆に怖かった。
でも、どうして父はそこまで……。
私の胸には、ひとつの疑問がわいてきた。
「……お父様は、カイル殿下を……お気に召さないの?」
少し震える声で問うと、父は黙って目を伏せ、ふぅーっと大きく息を吐いた。
さらりとした言い方だった。
それでも、その一言で“惹かれた”という物語にしてくれているのが分かる。
本当に、ありがたい。
殿下は私を傷つけず、父母を安心させるように、最大限配慮してくれている。
「舞踏会……ああ……」
父は額に手を当ててうなだれた。
まるで信じたくない現実に蓋をしたいかのように。
「確かに、確かに……私はセレナに“他の相手を探して来い”とは言いましたが……まさか、その“他の相手”が、皇子殿下とは……」
母は口元に手を当て、目を丸くしている。
「恐れながら……そのようなお方が、なぜ我が娘に……」
「彼女には、それだけの価値があると思ったまでです。」
カイル殿下のその言葉に、父と母は再び言葉を失った。
……まるで夢を見ているようだった。
でも、夢なら──どうか今は覚めないで。
カイル殿下が屋敷を後にしようとしたとき、私は思わず彼の後を追った。
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私は、両親の耳に届かないよう、小さな声で話しかけた。
「……何も、本当にプロポーズしなくてもよかったのに。」
あの膝をついての言葉。
胸が高鳴ってしまった自分が、少しだけ恥ずかしかった。
殿下は振り返り、私の指先をそっと取った。
そのまま、柔らかく、けれど確かに握る。
「だますなら、身内からって言うでしょ?」
そう言って、いつものようにウィンクをひとつ。
その仕草が、あまりにも自然すぎて──私は言葉を失った。
……懐かしい。
小さい頃。
庭で転んで泣いたときも、私が試験で落ち込んでいたときも。
「泣くな」なんて言わずに、そっと笑ってウィンクをしてくれた。
「俺がついてる。」
そう言っているような、無言の合図だった。
あのころと、何も変わっていない。
でも──今の私は、あのころとは少し違っていて。
「……ありがとう、ございます」
そう絞り出すように言うと、彼はそっと手を離した。
「それじゃ、また連絡するよ。次は……婚約発表のタイミングかな」
さらりと言って、彼は馬車へと乗り込んでいった。
胸の奥に、まだ彼の指の温もりが残っていた。
大変だったのは、カイル殿下が帰った後だった。
「……どういうことなんだ、セレナ」
執務室から戻った父が、険しい顔で私の前に立った。
その目には、動揺と怒りと、そして戸惑いが入り混じっていた。
「相手を見つけて来いとは言ったが、誰でもいいとは言っていない!」
低く抑えた声が、逆に怖かった。
でも、どうして父はそこまで……。
私の胸には、ひとつの疑問がわいてきた。
「……お父様は、カイル殿下を……お気に召さないの?」
少し震える声で問うと、父は黙って目を伏せ、ふぅーっと大きく息を吐いた。
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