社長は身代わり婚約者を溺愛する

日下奈緒

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第5話 久しぶりのキス

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信一郎さんから連絡が来たのは、芹香と会って二日後の事だった。

【水族館のチケット頂きました。如何ですか?】

その言葉に、また信一郎さんの会社が関係しているのだろうと思った。

そんな風に思う自分も、もうもどかしい。

いっそ、自分が変わってしまえばいいのにと思った。


返事は【楽しみにしています。】と返信した。

会う予定は、週末の日曜日。

本当はデート用の服が欲しいけれど、そんなお金はもうない。

水族館という事もあるから、いつものカジュアルな格好にした。


「行って来ます。」

日曜日に家を出る時に、お母さんが立ち止まった。

「ここんところ、毎週日曜日は出かけているわね。」

「うん。用事があるから。」

「そう言って、デートなんでしょ。」

お母さんはニコニコしている。

「それにしては今日は、カジュアルね。」

「いつもいつもお洒落なんて、してられないよ。」

お母さんは、私に笑って見せた。


「楽しんできなさい。」

「うん。」

こうなったら、お母さんにはデートだって思われてもいい。

お母さんは、お父さんに余計な事を言わないと思うから。


駅の改札口で、信一郎さんと待ち合わせをした。

改札を出ると、信一郎さんが手を挙げた。

「お待たせしてごめんなさい。」

「ううん。待ってないよ。」

相変わらず紳士な信一郎さん。

私には、いつも眩しく見える。

「行こうか。」

「はい。」

信一郎さんと並んで歩くと、自分がお嬢様に見えて嬉しい。


「今日は、服装カジュアルなんだね。」

「こういう服装、ダメですか?」

「ううん。ギャップがあって、面白い。」

信一郎さんも気に入ってくれたみたいだし、よかったと思った。

少しずつ自分を見せていけば、やがて私自身を気に入ってくれるかもしれない。

そんな期待感が生まれた。


水族館に着いて、信一郎さんはチケットを受付に渡した。

すると受付の人が驚いている。

「大丈夫?受付できる?」

信一郎さんが受付の人の顔を覗き込むと、それでもまた驚いていて、改めて信一郎さんは凄い人なんだなと思った。

「はい、受付できます。こちらです。」

挙句の果てには、受付の人が直に入り口を案内してくれる始末。

どこまで信一郎さんは、特別な人なのだろう。


「この水族館も、信一郎さんの家が寄付しているんですか?」

「ああ……この水族館は、寄付じゃなくて出資してるんだ。」

「じゃあ、信一郎さんの家の水族館って感じですね。凄いなぁ。」


私の言い方に、戸惑いを感じたのか、信一郎さんは立ち止まってしまった。

「芹香さんは俺の事、凄い凄いって言うけれど、凄いのは俺じゃない。」

「信一郎さん?」

「今のところは、親父が凄いだけなんだ。」

この人は、その凄い家に生まれた自分を、気にしているのだろうか。

「でも、やがてそのお父さんの後を継ぐのでしょう?」

「どうかな。」

信一郎さんは、近くの水槽を覗き込んでいた。

「俺は俺の会社を持っている。親父の会社を継ぐかどうかは、分からない。」

本当だったら。

芹香のようなお嬢様だったら、そんな事を言われたら、不安になるだろうけど。

私は、逆にそんな風に言う信一郎さんを、頼もしく思った。

「……自分の人生は、自分で決めるって事ですね。」
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