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第2部 初夜の誤解と、優しい眼差し
④
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馬車の中、外の風景は次第に見慣れたものから見知らぬものへと変わっていった。
私はふと、自分の未来に思いを馳せる。
――グレイバーン伯爵の家は、どんな方なんだろう。
セドリック様のことは、政略結婚という枠の中でしか知らない。
そしてそのご家族――とくに伯爵ご夫妻が、どのような人柄なのか、私にはまったく想像もつかない。
「もし、公爵家の娘が鼻につくと言われたら……」
そんな不安が、胸の奥にじんわりと広がっていく。
私はエルバリー家の娘として、それなりの礼儀も誇りも身につけてきたつもりだけれど、それが逆に高慢に見えてしまうこともあるかもしれない。
「お母様……つまり、セドリック様のお母様と上手くやっていけるかしら……」
夫となる人の母親――それは、貴族の世界ではとても重要な存在だ。
私は上手くやれるだろうか。
笑顔を絶やさず、良い嫁として振る舞えるのだろうか。
馬車の揺れに合わせて、胸の中の不安も静かに揺れていた。
夜風が肌寒く感じられる頃、ようやく馬車はグレイバーン伯爵の屋敷に到着した。
広大な門が開かれ、立派な建物の灯りが私たちを迎えるように瞬いていた。
「やっと着いたね。」
セドリック様が馬車から降りると、私に微笑みながらそう言った。
「申し訳ございません。出発が遅れてしまって……」
深く頭を下げた私に、セドリック様は軽く首を振った。
「まあまあ、家族との別れは大事な時間だからね。」
そう言って、私をかばってくれたのは、彼の母上だった。ふわりとした笑顔をたたえた上品な女性で、どこか私の母に似ている雰囲気を感じた。
「ようこそ、グレイバーン伯爵家へ。クラリスさん、あなたが来るのを楽しみにしていましたよ。」
その柔らかな声に、私の張り詰めていた心が、少しだけほどけた気がした。
――優しそうな母親でよかった。
私はそう胸の内でつぶやいた。これから始まる新しい生活に、不安の中にもわずかな安心が芽生えていた。
続いて、堂々とした風格のある男性が私の前に歩み出てきた。グレイバーン伯爵――セドリック様の父上だった。
「ようこそ。公爵令嬢クラリス殿。」
低く響くその声は厳格さを感じさせるものだったが、そこに込められた言葉は温かかった。
「息子にこのような由緒正しき令嬢を迎えられるとは、願ってもいないことだよ。」
私は思わず小さく微笑んで頭を下げた。
「そう仰っていただけて、嬉しいです。」
伯爵の眼差しには、品格と誠意が滲んでいて、私を心から歓迎してくれていることが伝わってきた。
――本当に、この家の方々は私を受け入れてくださっているのだ。
政略結婚という形ではあったけれど、少なくとも表面上の冷たい扱いを受けることはなさそうだった。
これなら、きっとやっていける。少しずつでも、ここで自分の居場所を見つけられるかもしれない。
私は胸の奥で、そっとそう思った。
私はふと、自分の未来に思いを馳せる。
――グレイバーン伯爵の家は、どんな方なんだろう。
セドリック様のことは、政略結婚という枠の中でしか知らない。
そしてそのご家族――とくに伯爵ご夫妻が、どのような人柄なのか、私にはまったく想像もつかない。
「もし、公爵家の娘が鼻につくと言われたら……」
そんな不安が、胸の奥にじんわりと広がっていく。
私はエルバリー家の娘として、それなりの礼儀も誇りも身につけてきたつもりだけれど、それが逆に高慢に見えてしまうこともあるかもしれない。
「お母様……つまり、セドリック様のお母様と上手くやっていけるかしら……」
夫となる人の母親――それは、貴族の世界ではとても重要な存在だ。
私は上手くやれるだろうか。
笑顔を絶やさず、良い嫁として振る舞えるのだろうか。
馬車の揺れに合わせて、胸の中の不安も静かに揺れていた。
夜風が肌寒く感じられる頃、ようやく馬車はグレイバーン伯爵の屋敷に到着した。
広大な門が開かれ、立派な建物の灯りが私たちを迎えるように瞬いていた。
「やっと着いたね。」
セドリック様が馬車から降りると、私に微笑みながらそう言った。
「申し訳ございません。出発が遅れてしまって……」
深く頭を下げた私に、セドリック様は軽く首を振った。
「まあまあ、家族との別れは大事な時間だからね。」
そう言って、私をかばってくれたのは、彼の母上だった。ふわりとした笑顔をたたえた上品な女性で、どこか私の母に似ている雰囲気を感じた。
「ようこそ、グレイバーン伯爵家へ。クラリスさん、あなたが来るのを楽しみにしていましたよ。」
その柔らかな声に、私の張り詰めていた心が、少しだけほどけた気がした。
――優しそうな母親でよかった。
私はそう胸の内でつぶやいた。これから始まる新しい生活に、不安の中にもわずかな安心が芽生えていた。
続いて、堂々とした風格のある男性が私の前に歩み出てきた。グレイバーン伯爵――セドリック様の父上だった。
「ようこそ。公爵令嬢クラリス殿。」
低く響くその声は厳格さを感じさせるものだったが、そこに込められた言葉は温かかった。
「息子にこのような由緒正しき令嬢を迎えられるとは、願ってもいないことだよ。」
私は思わず小さく微笑んで頭を下げた。
「そう仰っていただけて、嬉しいです。」
伯爵の眼差しには、品格と誠意が滲んでいて、私を心から歓迎してくれていることが伝わってきた。
――本当に、この家の方々は私を受け入れてくださっているのだ。
政略結婚という形ではあったけれど、少なくとも表面上の冷たい扱いを受けることはなさそうだった。
これなら、きっとやっていける。少しずつでも、ここで自分の居場所を見つけられるかもしれない。
私は胸の奥で、そっとそう思った。
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