桜散る、その前に

日下奈緒

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第6章 新しい出会い

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今の夫と知り合う前。

私は、夫の実家で暮らしていたんです。

「加恵と申します。今日から宜しくお願いします。」

まだ若いみそらで結婚した私を、義理のお父さんとお母さんは、温かく迎えてくれました。


しばらくして、息子の和弥が生まれて、私達は幸せな生活を送っていました。

「和弥、和弥。可愛いなぁ。」

夫はご煩悩で、いつも和弥を可愛がってくれました。

少し大きくなって、一人で歩けるようになった時も。

もう少し大きくなって、散歩に行けるようになった時も。

もっと大きくなって、小学校に入学した時も。

夫は、和弥を可愛がってくれて、こんな生活が、ずっと続いていくのだと、思っていた矢先でした。

夫が、脳卒中で倒れて、そのまま亡くなってしまったんです。


まだ若い時に、夫を亡くした私を、お義父さんとお義母さんは、相当気遣ってくれました。

「加恵さん。あんたまだ若いんだし。死んだ息子を忘れて、新しい人と一緒になる事を考えた方がいいよ。」

私は、和弥の手を握りました。

「再婚は、考えていません。和弥と一緒に、この家に置かせて下さい。」

そう言って、お義父さんとお義母さんに、頭を下げました。

再婚したって、相手の男性が和弥を大切にしてくれるかなんてわからないし、何よりも初恋だった夫を忘れる事ができなかったんです。


「それならここにいてもいいけれど、息子の遺産では、家族4人食べて行くのがやっとだよ?」

私は、頭を振りました。

「私が、外に出て働きます。和弥もお義父さんお義母さんも、私が養います。」

そう決心しました。

知り合いに勤め先がないか、必死に聞いてまわったんですが、どれも家族4人を養うには、賃金が安い仕事ばかり。

食べていくのに、選り好みなんてできないよだとか、子持ちの未亡人にいい仕事なんてないよだとか、果てには妾業まで紹介されて、私はほとほと疲れていました。


そんな時、役場の仕事に空きが出来たからと言って、その仕事を紹介してくれた人がいたんです。

本当に幸運でした。

仕事も早い時間にあがる事もできるし、給料もそこそこ頂けるし、何より和弥の通う小学校が、近くにある事が有難い事でした。


学校から帰って来た和弥は、真っ先に役場にいる私の元に来て、端にある机を借りながら、勉強する毎日。

有難い事に、そんな和弥を邪魔者扱いする人はいず、周りの方は返って”和弥ちゃん、お菓子あげるよ。”と可愛がってくださいました。


そんなふうに働いている中で、知り合ったのが、今の夫でした。

名が、伊賀悟志さんと言う方で、一緒に役場で働く同僚でした。


「今日は、和弥君来ないの?」

人一倍、和弥の事を可愛がってくれて、聞けばまだ独身なのだと言っていました。

若い時にお見合いした事はあるのだけれど、話が流れてそれっきりと。

子供がいない分、和弥の事を本当の子供のように、思ってくれたんでしょうね。


そんなある日の事でした。

「高坂さん。帰り、送るよ。」

そう仰ってくれて、和弥と私を家まで送ってくれた事があったんです。

お互いの身の上話に、子供の話までして。

伊賀さんにとっては、あまり楽しそうなお話ではないと思っていたんですけどね。

何日か経った時には、伊賀さんが私達を家まで送る事が、日課になっていました。


そしてそんな日が、1カ月も経った頃でしょうか。

家まで送ってくれた後、私が玄関に入ろうとした時、伊賀さんに腕を握られました。

「少し、お話いいですか?」

「はい……」

話なら送って貰える間に、散々したのにと思いながら、家の前まで来ると、伊賀さんは大きく息を吸いました。

「高坂さん。僕と交際して頂けますか?」

「えっ!?」

突然の申し出で、心の底から驚きました。

今までそんな素振りさえ、見せた事なかったのに。

「結婚は、交際してからゆっくり考えて下さればいいですから。まずは僕と一緒にこれからの時間を過ごしてみませんか?」

私は直ぐに返事できずに、黙って下を向いてしまいました。

「お返事は、明日でもいいですから。今日はこれで。」

そう言って帰って行った伊賀さん。


これはどうしたものかと、困りながら玄関を開けると、そこには年老いたお義母さんが、立っていました。

玄関先で何やってるんだと、怒られるかもしれない。

そう覚悟した時でした。

「あの人があんたと和弥を送ってくれる、役場の同僚の人でしょう?」

お義母さんは怒るどころか、真剣な目をしていました。

「はい、そうです。」

「ええ人そうじゃないかい。返事は明日でいいって言ってくれているのだから、今日一晩考えてみたら?」

話を聞いていたのか、私の背中を押す言葉でした。

「でも、結婚は……」

お互いいい歳でしたから、交際したら結婚の話になる。

それは、目に見えて分かっていました。

「それも、交際してからゆっくり考えればいいって、言ってたじゃろう?」


私は、息をゴクンと飲みました。

お義母さんは、私を本当の娘のように考え、真剣に悩み相談をしてくれていたんです。

もう私から、言う事はありませんでした。

「はい、一晩考えてみます。」

「そうかい。いい方向に話が進むといいねえ。」

そう言ってお義母さんは、奥の部屋へと歩いて行きました。


その夜。

私は伊賀さんの事を、考えていました。

優しくて頼りがいがあって、仕事もできる。

何より和弥と仲良くしてくれる。

結婚は、できないと断ればいい。


そして私は翌日。

伊賀さんに、交際する旨を伝えました。

「私でよければ、宜しくお願いします。」

「もちろん。」

これが人生で2番目の恋になるとは、思わずに。

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