Load of The Game 〜知らない間にモテ期到来、美女が主導する天才の復活劇〜

ヨーイチロ―

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稲光

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 フロアの隅に設けられたリフレッシュコーナーに入ると、見慣れないショートカットの女性がいた。
 先客の女性は相当集中しているらしく、背後に現われた慎一に気づくことなく、ノートパソコンを嵐のようにタイプしている。
 まさにゾーンに入っているかのような姿を見て、慎一は邪魔にならないように気配を殺しながら、コーヒーブリュワーに向かった。

 慎一は、音を立てないように静かにリフレッシュチェアに腰を下ろし、やや甘めのカフェラテを一口飲んでから、ゆっくりと先ほどの仕事を振り返った。
 予想通り、頭の中のひらめきは形のないイメージから、具体的なプロセスフローに変わっていた。
 ここまで来ればもう頭に刻みつけられて忘れることはない。
 ひらめきが本物であったことを確信して、慎一は満足そうに紙コップに入ったラテカラーの液体を力強く飲み込んだ。

 問題解決の手応えを感じたところで、さっき一平が思わず口にした言葉が頭の中に蘇って来た。

 受けるとしたらどちらがいい?

 あまり出したくはない答えではあるが、仕事の進捗によっては柳田から自分に声がかかる可能性はある。
 特に今のひらめきで、受けている仕事は一気に進みそうだ。
 そうなると、自分が候補者として浮かび上がる可能性は、絶対ないとは言いきれない。
 慎一は椅子に深く座り直して、自分の気持ちを考え直してみた。

 単純に二人を比べれば、開発姿勢が美南に近い点から、美乃梨の方が取り組みやすい気がする。
 ただ美乃梨は一平の同期でまだ三年目だ。
 慎一が深く関与してしまったら、美乃梨の作品ではなくなる恐れがある。
 彼女がアメイジングステージへ入社した動機は、六本木が本社という立地面が大きくて、特にゲーム業界に関心があったわけではないようだから、そうなっても気にしないかもしれない。
 しかし、慎一にはそれは迷惑だった。

 もう少し、美乃梨について考えて見る。
 この世界に入る者は、学生時代からシナリオコンテストへの応募や、ゲームプランの持ち込みなどで、この業界に関わりを持ち、ある程度の下地を作って入社している。
 だからこそ、美南や麻奈は入社年は浅くとも、ゲームプランナーとして独り立ちできたのだ。

 美乃梨が入社以来どんなに努力してきたとしても、二人のようにヒットするゲームを作るスキルを養うには、時間が決定的に足りないのは明白だ。
 おそらく美乃梨はそれを、生来の美貌と類い希な支配的なコミュニケーション力を駆使して、多くの協力者から助力を得ることでここまで来たのだろう。

 となると慎一が最初に感じた恐れは、現実になる可能性が高い。
 プロトタイプの開発にあたって、美乃梨は開発者の意見に正面から反対することはない気がするが、できあがった作品は開発者サイドの都合に塗れ、二次予選を勝ち上がったときにはあった、商品としての魅力は失われるに違いない。
 それはクリエイターとしては残念なことだし、例え新たな魅力を発揮し、コンテストに勝ったとしても、できあがったゲームは開発者の作品となる。
 ゲームを創る気が無い慎一には、その結果は望むところではない。

 ただ、そう思っても柳田にどちらかの支援を要請されれば、自分は美乃梨を選ぶと思う。
 麻奈のような作品に強い拘りを持つプランナーに、今の自分が向き合うのは、正直しんどい。
 クリエイターとしての情熱を失ったわけではないが、ユーザーに近い立場で仕事をすれば、必ず過去に自分の犯した罪で苦しむことが明白だからだ。

「あー」

 突然、悲痛な叫び声が空気を切り裂き、慎一の思考が中断された。
 前を見ると先客の女性がキータイプを止めて、俯きながら両腕で頭を抱え込んでいる。

 今や先ほどまでのアクティブな姿はすっかり消え失せ、俯いたまま背中が丸まって両肩が下がった姿は、まるで何もかも失ったルーザーのようだ。
 それを見て慎一は、三徹してもバグの取れないときの一平を思い出して、なんだかほのぼのとした気分になった。
 しかしすぐに我に返って、にやけた自分に気づき、この人は落ち込んでるんだと、申し訳ない気分になった。

 そろりと立ち上がって、落ち込む女性の背後に近づき、モニターに表示されてる中身を盗み見る。
 そこにあるのは、どうやらゲームの計画書のようで、実装する機能の取捨選択で行き詰まっているようだった。

「あのこれって、ゲームに実装する機能選定で悩んでるんですか?」

 悩んでいた女性は、「そうです」と弱々しい声で反射的に答えてから、知らない第三者に声をかけられたことに気づき、「ええー」と声をあげて、振り向いて声の主を確かめようとした。
 その顔を見て、今度は慎一が「えっ」と声をあげてしまった。

 目の前で頭を抱えている人こそ、社内コンペに勝ち残った一方の雄、進藤麻奈だったからだ。

 麻奈は恋愛ゲームのプランナーらしい長い髪をバッサリ切り、まるでバトルゲームの主人公のようなスポーティブな雰囲気に変わっていた。
 そのため、後ろ姿だけでは彼女とは分からなかった。
 気づいていれば、すぐに引き返したはずだ。
 意表をつかれて動揺した慎一は、あろうことか麻奈のパソコンを操作しだし、問題の解析を始めていた。
 麻奈は慎一の意図が理解できずに、呆然として見ているだけだ。

「これ、リアリティを求めて会話を全て辞書機能で即応しようとしてるけど、パターンが多すぎて現実的じゃないな」

 慎一の的確な指摘に、麻奈はまだ状況を飲み込めてなかったが、それでもしっかり答えた。

「でも、サーバーと通信してたら会話が間延びして、雰囲気が壊れちゃうわ」
「本質と関係無い会話は選択式で辞書機能を使い、本質的なところはユーザーが自由に言葉を書き込めるようにしたらどうかな?」

 慎一の斬新なアイディアに、麻奈は一瞬目を輝かせたが、すぐに肩を落としながら首を振った。

「それは無理かな。自由入力させたら、対応パターンが無限に増えて対処できなくなる」
「対応パターンが増加する問題はAIに任せたらどうですか? 幸い進藤さんはたくさんの会話モデルを作ってるから、それでファインチューニングさせれば、リアリティと意外性が両立できる」
「AIか、考えてもみなかった。でもレスポンスタイムはどうするの?」

 麻奈は問題解決モードに入って、食い入るように慎一に詰め寄って来る。
 噂通り、ゲームの完成度を高めるためなら、何でもありのようだ。

「そこはアニメーションのパターンを駆使して、飽きさせないようにすればいいんじゃないですか? 視覚的にユーザーの心情を盛り上げれば、次の回答への期待が盛り上がると思いますよ」
「そうか、そうなるといいアートデザイナーが必要ね」

 慎一のアイディアが気に入ったのか、麻奈はすっかり自分の世界に入って、開発チームの編成を考え始めた。
 会話が途切れたことで慎一も我に返り、抜け出すなら今しかないと思った。
 後ろめたさから、ついつい本気でアドバイスしてしまったが、これ以上深入りして開発チーム入りをお願いされたら、きっと断りづらくなる。
 気配を消して、そっと歩き出そうとしたとき、その動きを察知したかのように、麻奈が顔を上げた。

「ねぇ、あなたの名前を教えてくれる? 私のチームに入って、プロトタイプの完成を手伝って欲しいの」

 慎一は思わず言葉に詰まった。
 いらぬ真似をしたと後悔が身体を縛る。
 どうやって断ろうか考えていると、新たな人の気配がした。

「こんなところで開発部のメンバーを個別勧誘するなんて、少しアンフェアじゃないですか」

 声の方向を見ると、もう一人の渦中の人、鈴原美乃梨がそこにいた。
 理由はよく分からないが、次々に怒りがこみ上げてくるのか、美乃梨は唇をプルプル震わせている。

「どうして? 今、凄いヒントを貰ったから、メンバーに入って欲しいって、お願いしただけだけど」
「開発部への支援要請は柳田部長を通すって話でしたよね。個別に口説くなんて卑怯じゃないですか」
「どうして? ここでOKもらって、それから柳田部長に正式にオファーしてもおかしくないでしょう。第一私は彼が開発部の人間なんて知らなかったし」

 確かにそこまでムキになる話ではない。
 女性同士だし、決勝が近いこともあって、神経が逆立っているのかもしれないが、自分を抜きにやって欲しいなと、慎一は思った。

「ダメです。彼、雨宮慎一さんは、私のチームに入って貰おうと、柳田部長に指名でお願いしたんです。今頃名前も知らないくせに、思いつきで横取りしないでください」

 美乃梨は柳眉を逆立て、格闘ゲームの女戦士のような形相で声を荒げた。
 そのとき、突然窓の外が光る。
 直後に雷鳴が轟き、驚いて窓の外を見ると、雨雲で真っ暗になっていた。
 ガラス窓に映る二人は、対決姿勢を崩さずに睨み合っている。
 再び窓の外が光り、二人の間を稲光が貫いた。

「ええ、っと、二人とも少し冷静に。これ、そんな問題じゃあ、ないです。開発には、自分よりも、ずっと、優秀な人間が、たくさんいます。それに、今の仕事に、集中したいから、二人のお手伝いは、正直言って、できません」

 慎一は気力を振り絞って、一語一語を噛みしめるようにこの場を治めようとした。
 こんな場面を他の人に見られたら、また面白話のネタにされてしまう。
 そんな慎一の意図が伝わったのか、麻奈の表情が緩んだ。

「分かったわ。打開策のヒントまでもらって、仕事に迷惑かけちゃ申し訳ないわ。残念だけど、今回は引きます」

 そう言ってニコッと笑った麻奈の笑顔を見て、慎一はなぜか切ない感じがした。
 さすが、恋愛をテーマにゲームを作ってるだけあって、慎一程度のザコキャラは麻奈の魅力に嫌でも打ちのめされる。

「進藤先輩、どうもありがとうございます。私は、正式ルートでした依頼は取り下げません。雨宮先輩もどうか前向きに考えて見てください」

 そう言って、美乃梨はクルリと背を向けて、リフレッシュコーナーを後にした。
 残された慎一がハアーとため息をつくと、麻奈も「じゃあ私も戻るわ」と言って去って行った。
 一人に成った慎一は、窓に映る自分を稲光が貫く絵を見ながら、異世界に来て最初に出会った敵の強キャラに、無残に打ちのめされる主人公を思い浮かべていた。
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