オークと女騎士、死闘の末に幼馴染みとなる

坂森大我

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第一章 転生者二人の高校生活

初めての剣術

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 家に帰るや一八は胴着に着替える。かといって柔術の特訓ではない。岸野魔道剣術道場へと行くためである。剣術の道具など持っていないし、とりあえずは動ける格好を選択していた。
「一八よ、どこへ行く?」
「親父、悪いがしばらく俺は玲奈に剣術を習うことにした。騎士となるために……」
「なぬ!? お前、本気だったのか? 最近は勉強などしとると言うし……」
 三六は意外にも止めなかった。それどころか彼は笑みさえ浮かべている。

「儂にも玲奈ちゃんのような幼馴染みがおれば良かったのぉ。むさ苦しい武士に頭を下げる気にはならんかったわ」
「あん? 別に玲奈が女だからいくわけじゃねぇよ。武士さんにも指導してもらえればと思ってる」
「まあやれるだけやってみろ。異なる武道を学ぶことも修行だ。無駄にはなるまい……」
 三六は少しも合格するとは考えていないようだ。武道を極めるための修行。自身でさえ落ちた試験に一八が合格するはずもないのだと。

 不満げな表情の一八だが、三六との会話を止め庭の垣根を跳び越える。直ぐ目の前が岸野魔道剣術道場。威勢のいい掛け声が庭先まで届いていた。
 玲奈には夜間の部と聞いていたけれど、少しでも早く始めたい。遅れを取り戻すためにも一八はいち早く剣術を習いたかった。

「すみません!」
 大きな声が道場に響き渡る。この時間は学生コースだ。小さな子供から大学生らしき者まで一心になって剣を振っていた。
「んん? 一八君じゃないか。どうした?」
 意外な訪問者に武士は小首を傾げている。柔術使いであるのは周知の事実。その一八が剣術道場を訪れる意味合いは少しも分からなかった。

「武士さん……いえ岸野師範。どうか俺に剣術を教えてください。月謝も持ってきました……」
 ずっと柔術道場でアルバイトをしていた。よって資金的な問題はない。一八は一年分を先払いできるほどの額を持参している。
「そりゃあ構わんが、三六はいいのか?」
「親父には説明しました。俺は騎士学校を受けたいんです。支援科とか魔道科とか無理なので剣術科を受験するんです」
 騎士学校は高校三年生になってから目指すものではない。大学へ進学してからであれば時間は残っているけれど、焦るような一八を見ると今年であるのは明らかだ。

「一八君、柔術と同じく剣術の道も険しい。一年でその他大勢に追いつくのは至難の業だ。儂は全力で指導するが、可能かと問われれば首を振るだろう。それでもやるつもりか?」
 武士もまた三六と同じ意見であるようだ。けれども、一八はやると決めたのだ。不可能だと言われたところで諦めるつもりはない。

「俺は人生で初めて目標が持てました。可能性のあるなしじゃねぇんす。俺はやるだけ。俺は騎士になるんだ……」
 子供なら泣き出すほど気迫に満ちた表情。一八が生半可な決断をして門を叩いたわけではないと武士は察している。

「ならば上がれ。まずは竹刀を選んでもらう」
 言って武士は練習用の竹刀が置かれた場所へと案内する。ズラリと並んだ竹刀。長さも重さも様々であり、どれを選んで良いか一八には分からない。
「試合とは異なり試験には剣の規定がない。よって体格にあったのもを選べばいい。まずはこれを振ってみろ。両手で持ち頭上から振り下ろす感じだ……」
 軽く握りを指導したあと、武士は振り下ろせと口にする。それは一般的な四尺弱の竹刀であったが、一八が持つと子供用のおもちゃにしか見えない。

 言われた通りに竹刀を振る一八。軽く振っただけ。しかし、道場生たちが揃って手を止めた。突如として聞こえた風切り音に驚いている。
「むぅ、聞きしにまさる力だな。一八君……いや一八、先ほどの素振りは全力か?」
 武士の質問には首を振る。本当に軽く振っただけだ。一八にとっては竹刀の重量に任せて振り下ろしただけである。

 しばし考え込む武士。腕を組み何度か頷いてもいる。
 一八は居たたまれない気持ちだった。たった一度の素振りで失格とされてしまうのではないかと。
「一八、儂に提案がある。君は騎士学校に合格できればいいのだろう?」
「もちろんです。どんな形であっても構いません」
 頷く一八を見て武士はまたも頭を上下させた。どうやら腹づもりに迷いはなくなったようだ。

「ならばお前はこれを持て。扱いは難しいが、そのパワーを武器にできるだろう」
 言って武士が取り出した竹刀。それは通常の二倍はありそうなほど長い。またそれに比例した太さとなっており、道場生たちが持つ竹刀とは明確に異なっていた。

「それは祖父が愛用した竹刀で名を大竿という。岸野家に伝わる奈落太刀《ならくだち》を振るための竹刀だ。無論のこと試合には使えん。長さも太さも規定外だからな……」
 一八は試合に出場するつもりはなかった。だから武士の話は別に構わない。彼としては試験に合格できればそれで良かったのだ。

「剣術科の試験は実戦形式だ。型や流派を問われない。仮に合格する可能性があるとするなら、それは奈落太刀にて受験した場合のみ。試験官との一騎討ちで見せ場が作れるとすれば、力任せしかないだろうな」
 通常の竹刀とは異なり、手渡された大竿は鉄の塊かと思うほど重い。一八でなければ振ることはおろか構えすらできないだろう。
「奈落太刀ですか?」
 手にあるのは大竿という竹刀。一八は岸野家に伝わるという太刀が気になってしまう。

「十八代目金剛により鍛えられた大太刀で銘を『斜陽』という。通称は奈落太刀。長さは八尺もあり、岸野家でも歴代で二人しか扱えんかった代物だ。振り負けない力と振り下ろすに相応しい体躯が求められる。対戦相手はまるで天井から鉄柱が落ちてきたと感じるという。脳天に喰らえば最後、敵は例外なく地獄へと落ちるのだ。確殺ゆえに奈落太刀と呼ばれている……」
 聞けばとんでもない代物である。チキュウ世界の倫理観はベルナルド世界とは異なる。相手を殺めるような武器は一般に出回っていない。

「試験は試験官相手に見せ場を作るだけでいい。勝利する受験生などいないからだ。だが、お前はお世辞にも賢いとはいえんだろう? 合格するには試験官を叩きのめすしかない」
 武士が告げる。一八が合格するたった一つの方法について。
「一八はその力で試験官を圧倒しろ……」
 一八は息を呑んだ。しかし、元よりそのつもりである。学科試験で点数が期待できない彼は実技試験に全力を尽くすつもりだ。

「お願いします! 俺は絶対に合格したい!」
 頭を下げて再び指導を請う。可能性を示された一八は希望に満ち溢れていた。
「ならばその大竿で素振りを一万回。途中で倒れ込むのならそれまでだ。絶対に合格などできんだろう」
 武士はノルマを課した。けれど、それは最低限であるようだ。最後まで振り切ることができないのであれば見込みはないという。

 手渡された大竿は名ばかりであって、長いだけでなく鉄柱が仕込まれているらしい。奈落太刀を振るために用意された大竿は同じ重量であるとのこと。
「やります。俺は最後まで振る。だから俺を見放さないで欲しい」
 言って一八は大竿を振り始めた。何度か振り方の指導をしてもらい型を確認しながらの素振りである。

 学生たちは呆気にとられていた。長すぎる大竿を振る一八に。嵐かと思うほどの風圧に。突如として入門した大男が見せる力強い素振りに見入っている。
「一八、手を抜くな。全てを全力で振り下ろさねば意味はない。最初から数え直しだ!」
 隣人であれば優しい武士が門下生になった今は鬼のようである。
 一八は言われたように一から数え始め、指導されたまま力一杯に振り下ろしていた。課せられた一万回という素振りをやりきろうと。見限られないようにと全力を尽くして……。
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