オークと女騎士、死闘の末に幼馴染みとなる

坂森大我

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第二章 騎士となるために

ヒカリと優子

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 共和国守護兵団キョウト支部――――。
 ヒカリと優子はソワソワとしていた。それもそのはず、彼女たちはオオサカ本部からの救援要請をずっと待っていたからだ。

 何しろオオサカ本部はその名に相応しい戦力を持っていない。一般兵はある程度の数が配備されていたけれど、本部の主力となっているのは候補生である。
 またその候補生たちは軒並み入学したばかり。何も学んでいないところへ飛竜の襲来だなんて良い結果を想像するのは難しい。

「おい優子、本部に連絡を取れ。流石に気を揉んで仕方がない……」
 ヒカリが痺れを切らした。連絡がない現状から、既にオオサカが壊滅しているのではないかと考えてしまう。飛竜の一報を伝えたあと、本部からは何の音沙汰もなかったのだ。

「そうですね……。救援なら早い方がいいですし。わたしたちの移動時間も考えると……」
 言って優子は魔道通話器を起動。緊急チャンネルにて本部との交信を始めた。
 予想とは異なり、僅か数コールで応答がある。加えてオペレーターの声色からは混乱しているような感じが見受けられない。

「えっ? あ、はい……。本当ですか!?」
 珍しく優子が大きな声を出している。問い合わせろと命令したのはヒカリ自身だが、どうにも気になってしまい優子に近付き側耳を立てた。

「全く聞こえん……」
「大尉、黙って!」
 終いには怒られてしまう。間違いなくヒカリは上官であったというのに。
 五分ばかり優子が説明を聞くだけ。時折、問いを返していたものの、オオサカ本部が救援を要請するような雰囲気ではなかった。

「はい、了解致しました……」
 どうやら話が終わったらしい。受話器を優子が置くと、直ぐさまヒカリが身体を乗り出して聞いた。

「優子、どういうことだ? 救援要請ではないのだろう?」
 落ち着き払った優子を見るに確信がある。長く部下であるのだ。飛竜退治に行くとなれば、彼女は絶対に取り乱しているはず。

「ええまあ、何というか驚きです……」
「まさか通過して海にでたというのか?」
 考えられるのはどこにも影響がなかった場合だ。オオサカを過ぎ、ワカヤマさえも通過していったとしか思えない。

「いえ、やはり飛竜の目的地はミノウ山地でした……」
「はあ? だったらどうして要請しないんだ? 本部の目と鼻の先だろうが?」
 士官たちは全員が経験していること。ミノウ山地がどういった場所にあるのか、彼女たちは分かっている。
 ところが、ヒカリの問いは的外れであったようだ。落ち着き払った優子の返答により、それは明らかとなっている。

「脅威はもう去ったらしいんです……」
 明確な回答をもらったヒカリだが、益々要領を得ない。
 目的地がミノウ山地であったならば、それは間違いなく脅威だ。守護兵団総出で追い払うような案件である。

「優子、貴様が混乱していたのでは分からん。詳しく話してみろ」
「いや、別に混乱はしていないのですけど、困惑しているかもです……」
 こんなにも使えない部下だったかとヒカリは頭を抱える。ずっと信頼していた相棒の姿はそこにない。飛竜が現れたことにより、彼女の精神が壊れてしまったようにも思えた。
 だが、ヒカリは知らされている。優子が困惑した理由。とても信じられない話が飛び出していた。

「四人の候補生により飛竜は討伐されました――――」
 耳を疑う話であった。若い個体であったことを差し引いても、無傷の飛竜が簡単に討伐されるはずがない。たとえ酷い怪我を負っていたとしても、飛竜は完全なる脅威なのだ。

「何だと? 本部がそう言っているのか?」
「ええ、聞き返しましたから間違いありません。一人の死者も出していないとのことです」
 どうやら何の連絡もなかったのは事後処理に追われていたからのよう。飛竜というレア素材。早々に解体しなくては品質が落ちてしまうからだろう。

「致命傷を与えたのは奥田一八候補生とのことです……」
 続けられた名はよく知るものであった。事あるごとに名前を聞く人物。ヒカリは小さく顔を振ったあと、ニヤリとした笑みを浮かべている。

「フハハハ! ほら見たことか! あのクソジジイどもめ! だから私は言っただろう!?」
 ヒカリが声を張る。満面の笑みは優子も見たことがないほどに、得意げなものだった。
 饒舌にヒカリが語り出す。鬱憤が溜まった推薦審査会を彼女は彷彿と思い出している。

「早速と奴は救ったじゃないか!? 大勢を救ってみせたんだ! やはり試験の点数など必要ない! 我らが求めているのは、最後の最後まで剣を振れるものなのだ!!」
 一八の活躍にヒカリは興奮している。一八を兵団にねじ込んだこと。やはり間違いなどではなかったのだと確信していた。

「大尉は無理矢理すぎたんですよ。あそこまでしなくても、一八君は合格していたんじゃ……」
「奥田一八は兵団に必要だった! 飛竜に致命傷だぞ!? 仮に他の誰かが合格してみろ? 今頃、オオサカは大混乱に陥っていたはずだ!」
 優子は頷くしかなかった。オークエンペラーと一騎打ちをした一八の実力は折り紙付きである。もしも、一八が合格しなかった場合を想定すると、この度は多大なる犠牲を出していたかもしれない。

「まあでも、一八君を確実に合格させるには推薦が間違いなかったでしょうね。この結果は仮定を想像すればするほど、恐ろしくなってしまいます」
「本来、飛竜は候補生にどうこうできる相手じゃない。今年は伸吾がいるけれど、それでも飛竜は完全なる脅威。無駄に兵を失わずに済んだのは彼のおかげだ……」
 少しばかり落ち着いてきたヒカリだが、今も一八に対する信頼は厚い。スタンピードを二人きりで最前線まで進んだ実力を彼女は買っていた。

「伸吾君も同じ一班ですね。討伐した四人に入ってます。ちなみに一班は一席が玲奈ちゃんで二席が一八君、伸吾君は四席ですね……」
 本部のデータベースから優子が読み上げていく。昨年度から名を聞く剣士ばかり。飛竜討伐という偉業であったけれど、可能性はあるように思えている。

「伸吾が四席だと……? あと一人は誰なんだ?」
「討伐者名簿には一班の四人とあります。あと一人の剣士が三席です……」
 自身が稽古を付けた伸吾が四席とは信じられなかった。一八と玲奈の実力は分かっていたものの、三席に滑り込んだ剣士が誰なのかヒカリは気になってしまう。

「三席は金剛莉子という剣士です――――」
 続けられた優子の話にヒカリは唖然と固まっていた。その名は記憶にあるものだ。遠い昔に何度も耳にしている。
 高校の大会は軒並みつまらぬ試合であったはず。しかし、その中でも楽しめた試合が確かにあったのだ。

「優子、金剛莉子の来歴を調べろ!」
「え? あ、はい……」
 どうにも気になってしまう。同姓同名である可能性が少なからずあった。何しろ自身は今年で二十三歳となるのだ。受験資格が二十二歳までである騎士学校に彼女の名があるはずもない。

 指示通りに優子がデータベースを開いた。尉官以上の権限が必要であったけれど、ヒカリの名義でログインしている。
「金剛莉子、二十三歳。あ、彼女は落第したようです!」
 いよいよ可能性が高くなった。落第したとなれば、彼女は同い年だ。大学から受験したのだと思えてならない。

「メイカン大学から受験しています。首席入学ですけど、卒業前には次席となっていますね……」
「おい、それでどうやったら落第できるのだ!? 次席が落第とか聞いたことがないぞ!?」
 流石に声を大きくしてしまう。次席が落第だなんて前代未聞の大珍事である。落第するのは基本的にBクラスの下位組なのだ。

「彼女は実地で魔力切れを起こしたらしいですね。次席に繰り下がったのも、剣術担当の教官が点数を大幅に下げたからみたいです。何でも指示を聞かなかったのだとか……。あと昨年度の卒業生は全員が二つ繰り上げだったみたいです。金剛候補生が落第したことに加え、死者がでたことが原因のようですね……」
 死者については詳しく分かりませんと優子。しかし、データベースには割と詳細が記されていた。

「金剛莉子は魔力が少ないのか?」
「ああいえ、騎士として十分かと思います。データ通りであれば、普通に配備されるはずですけどね……」
 魔力切れならば、落第は仕方ないと思う。けれど、魔力切れを起こした候補生は騎士として見劣りしない魔力を持っていたらしい。

「あと金剛候補生は飛竜の翼を無効化したと功績にあります。この実績は大きいのではないですか!?」
 ズラリと流し見た中に優子は最新の記載を見つけていた。金剛莉子という剣士は飛竜の翼を叩き斬ったとある。

「うむ、金剛莉子ならそれを成すかもしれんな……」
「お知り合いなんですか?」
「まあ片田舎の剣士仲間だよ。間合いを取るのが上手かった。高校生だった私が唯一苦労した相手が金剛莉子なんだ……」
 意外な話に優子は目を白黒とさせる。自分が知る限りヒカリは無敗であり、全ての試合を完勝していたはず。

「ひょっとして地区予選ですか?」
「そのまさかだ。私の地区には剣士が少なかったのでな。毎年彼女と試合をした。十分に楽しめる相手だったよ」
 聞く限り、金剛莉子という剣士は相当な腕前じゃないかと思う。もしも優子がヒカリと試合をしたとして、ヒカリが満足できるとは考えられないからだ。

「でも、その金剛莉子さんは三席ですよ……?」
 益々異様なメンツだと思えてしまう。ヒカリを楽しませる試合をした剣士が三番手だなんて。伸吾はよく知っていたけれど、上位二人の実力がそれ以上であり、三席である金剛莉子も決して劣っていないはずだ。

「金剛莉子が落第したことによって、来年は粒ぞろいとなるな。是非とも何人か回して欲しいものだ……」
「ええまあ、本当に。でも即戦力は最前線配備でしょうね……」
 最後に二人して溜め息を吐く。希望は出していたものの、伸吾も四席と好成績である。希望が叶うような気はしなかった。

 しかしながら、今は笑顔がある。飛竜が討伐されたという一報は笑みを浮かべるに相応しい話題であったのだから……。
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