恋する幼馴染

散りぬるを

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 長い沈黙が漂う。
 冬馬は不安げに視線をさまよわせ、時折目を伏せ、そしてまた視線をどことも言えぬ方へ向けていた。
 どれだけ無言の時間が流れても、雪はただ静かに冬馬の横に寄り添っていた。
 そして、冬馬が深呼吸をした瞬間、停滞していたものが動き出した気がした。
 雪の視線を受けて、冬馬は苦笑いを浮かべた。

「自分の考えの甘さに愕然がくぜんとしてる」
「どうして?」

 雪が問うと、冬馬はゆっくりと話し始めた。

「歳の差なんて問題じゃないと思ってた。好きって気持ちがあれば、何でも乗り越えられる気でいたんだ。だけど今、雪の話を聞いて、雪の立場になって考えたことあったかなと思い返したら……なかったんだ。歳の差があることで生まれる生活環境の違いや、社会的立場、人間関係のこと……何一つ考えてなかった。俺は俺が見ている世界でしか、ものを考えてなかったんだって思い知ったよ」

 雪は何も言えず、相槌あいずちをうつだけだった。

「雪」
「ん?」
「あの日、俺を振ってくれてありがとう」
「え……」
「あの時の俺じゃ、雪を幸せに出来なかった。雪に負担をかけていることも知らずに、君を幸せに出来ているって勘違いをしたまま、傍にいるところだった。そんな関係、いつ壊れてもおかしくない」

 冬馬の辛そうな表情に胸が苦しくなる。

「いつも俺の気持ちばかり押し付けて、ごめん。今日のことだって、都合が悪いって言ってたのに駄々をこねて、押しかけたし……ほんと、子供だよな」
「そんなことない。そんな風に思ってない」
「雪は優しいね。君はいつだって、俺に優し過ぎる」

 雪は堪らず、冬馬の頭を抱きしめた。

「せ、つ……」
「もういいよ。大丈夫、ちゃんと分かってる。たくさん悩んで、迷って、それでも会いに来てくれて、私は嬉しいよ」

 冬馬の頭を優しく撫でる。
 背中に回ってきた逞しい腕は、頼りなく縋り付くように雪を抱きしめた。

「優しいのは冬馬の方だよ。私は昔からずっと、冬馬の優しさに助けられてきたんだよ」

 雪は冬馬の背中をトントンとあやすように触れた。

「うちの両親、ずっと共働きだったじゃない? 寂しいのに寂しいって言えなくて、ずっと我慢してたの。そしたらね、冬馬がうちの両親に言ってくれたの。"せっちゃん、寂しいって泣いてるよ"って。私は泣いてないって否定したんだけど」

 ――僕はわかるよ。せっちゃんが大好きだから。せっちゃんが泣かなくても、寂しいよって声が聴こえるんだ。どうして、おばさんとおじさんはわからないの? せっちゃんのこと、好きじゃないの?

「って言ってたの。私が小学校四年生の時だから、冬馬はまだ幼稚園に通ってたかな。あの時のこと覚えてる?」
「なんとなく……」

 あの一件がなかったら、両親は雪の気持ちを置いてけぼりにしたまま、働き続けただろう。仕事の忙しさは相変わらずだったが、雪との向き合い方が変わり、寂しい思いをすることはかなり減った。

「今でも忘れられないくらい、嬉しかったんだよ。あれからも、私が辛い思いをする度に、冬馬は気付いてそばに居てくれたよね。小さい時は頭を撫でてくれて、歳を重ねたら、今度はただ黙って話を聞いてくれて……冬馬が居てくれて良かったって、何度も思ったよ」
「雪はなんでも我慢し過ぎるから、心配だったんだ」

 雪は目を伏せて、自分の母親との会話を思い出した。あれは、冬馬の高校の卒業式の日だった。
 冬馬が大学生か、と二人で感慨に耽っていた時に、話の流れで教えてもらったことがある。

 ――お母さん、冬馬くんには本当に感謝してるんだ。冬馬くん、雪のことよく見ていてくれるから。雪の体調面でも、メンタル面でも、何か変化があった時、親の私たちより先に冬馬くんが気付いて、それとなく教えてくれてたのよ。こーんな小ちゃい頃からよ?

 小さなお友達が、大切な幼馴染になって、気づいたら特別な人になっていた。そして、雪が冬馬への想いをハッキリと自覚したのは、母親とのあの会話がきっかけだった。こんなにも自分を見ていてくれる人とは、もう出会えないと思った。

「冬馬」
「ん?」
「好き」

 心から好きな人への告白は、こんなにも声が震えるものなのか。あの日の冬馬の緊張が、今ならとてもよく分かる。関係が壊れる不安を抱えて、それでも伝えずにはいられなかったのだと。

「ごめん。やっぱり、幼馴染には戻れない」

 幼馴染に戻れば、冬馬と見知らぬ女子との恋愛を見届けることになる。ゲーム如きで嫉妬してしまうのだから、笑顔で見守ることなんて出来ない。
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