ひよっこ薬師の活用術

雨霧つゆは

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18話 初依頼は森の中で

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「――石弾ストーンバレット!!」

 構えた短杖の先端から鋭利な石が標的に向かって一直線に飛んでいく。その軌跡は矢の如く鋭い風切り音を鳴らしてゴブリンの額へと見事命中した。
 地面には二匹のゴブリンが額から赤い血を流して倒れている姿が見える。
 ふぅー、と気の抜けた息を吐きだし杖を下ろしたティカ。鞄からナイフを取り出しふと気づく。採取用のナイフでゴブリンから魔石を剥ぐのは衛生的にまずいだろうと。こんなことなら予備でもう一本持っておくんだったと今更ながら思った。まさかここまで魔物に遭遇するなんて思いもしなかったからしょうがないと言えばしょうがない。

 森の入り口へ到着した後、薬草採取のため意気揚々と森へ入ったのだが結果がこれだ。入って五分もしないうちに魔物と遭遇した。今のところゴブリンしか遭遇していないがウルフ系の魔物も多いと聞く。ゴブリンはそこまで動きが速いわけでもないので隙を狙えば簡単に倒せる魔物だ。しかし、ゴブリンとの遭遇で薬草採取どころの話じゃない。薬草採取もままならない状況に再びため息をついたティカは、短杖を右手に持ちながら先へ進んだ。

 万が一のことも考え自身へ障壁の魔法を付与しておく。こうしておくことで不意の攻撃を障壁が弾き返してくれる。一回分しか効果がないので過信は禁物だ。
 障壁魔法の他に隠蔽魔法である穏影ハイドの魔法も掛けておくことで敵から視認されにくくし、こちらから先制攻撃を仕掛けることができるので有利に戦いを進められる。この魔法も過信してはいけないが戦闘を有利にすることができる点を考えるととても便利な魔法だ。

「おっ!……っぅ、ネムリ草発見」

 森を入って早半刻。やっと目的物であるネムリ草を見つけた。あまりの嬉しさに大声を出しそうになるのを抑えつつ、ナイフでサッと刈り取って鮮度低下を抑制する布で素早く包み鞄へ仕舞った。
 ネムリ草の他にムルギ草も近くに生えていたのでこれも素早く刈り取る。刈り取ったムルギ草を鞄に仕舞っている最中に少し遠めの距離でゴギィと鳴き声が響いた。
 間違いなくゴブリンの声だ。ムルギ草を多少強引にねじ込み地面に置いていた杖を取って様子を窺う。十メートルほど先に二匹のゴブリンを見つけた。先ほどと同様、初手で石弾を打ち込み一匹を始末。そのあと残りを同じく石弾で、という流れだ。

「ふぅ…………石弾!」

 魔力を集中させ魔法で作られた石の弾を正確な制御をもってゴブリンのこめかみへ命中させた。こめかみに石弾が命中したゴブリンはたちまち動きを止めて地に伏した。仲間をやられたもう一匹のゴブリンは敵を見つけるため必死に辺りを窺っている。そんなゴブリンへ向け二発目の石弾が発射。正確で無慈悲な石弾は頭蓋を貫通し奥の樹にぶつかって漸く動きを止めた。どのくらい魔力を込めればあのような威力になるのか、幹の大半を抉った石弾をみると正直恐ろしい。

 その後もゴブリンと定期的に遭遇し、石弾で仕留めという流れは依頼の薬草を採取するまで続いた。薬草、ネムリ草、ムルギ草、火炎草と順調に集まっていく中、最後まで採取するのに手間取ったレモンパーム。香水の材料として使われるシトラス系の香りを放つ植物で、比較的湿度の低い場所に自生していることが多く、森の中ということで周囲は陰湿なため中々生えていなかった。
 そして森の開けた場所で群生地を見つけ、ホクホク顔で刈り取るティカだった。もちろん、後のことも考え間引きする感じで刈り取ったので生態に影響することはないだろう。

 それぞれ規定量以上の採取を終わり、町へ帰還する最中に奴らと遭遇した。灰色でボサボサした毛並みの狼だ。この森ではゴブリンに続いてこのウルフが多いらしく、尚且つゴブリンより俊敏なためなかなか厄介な魔物だ。
 まだティカには気づいていない様子。見た限り三匹。ティカの進行方向を右から左へ一列に歩いている姿が見て取れる。早速、戦闘態勢に入ったティカは短杖を構えて石弾を放つ準備をした。が、ここで疑問に思ったようだ。果たして石弾があのボサボサ毛皮を貫いて一撃で屠れるのかを。無論、頭に当たれば一撃だろうがゴブリンと違いウルフの頭は小さく、そして対象が歩くたび上下に揺れる。正確に打ち抜けるだろうか……そんな心配が胸の内を渦巻いてティカの思考を鈍らす。
 そうしている間にもウルフ達はのっしのっしと我が物顔で横切っていく。時間にして数分だろうか。ウルフ達の姿は消えるように見えなくなった。

「…………」

 暫く動けず、額から頬を伝って汗が滴り落ちた。
 更に数分後、ようやく安全であることを確信したティカは肩の力を抜いた。辺りを窺いながらそそくさと逃げるようにその場を後に。森を移動する間も体が火照って息苦しく、滴る汗を袖で拭って森を急いで進んだ。

 ウルフの魔物に遭遇してからは、他の魔物に出会うことなく森を抜け一安心。息を整えるため歩く速度を落としてゆっくりと町へ帰還した。

 取り敢えず、鮮度の問題からも納品できるものだけでも先に納品することに。組合に寄って薬草、ムルギ草、火炎草、レモンパームの四つを納品した。これで依頼達成数が一気に四つまで上がり、達成報酬として合計大銅貨7枚を受け取った。
 組合を出る際、シルビアに『睡眠薬の件もお願いしますね!』と念押しされた。シルビアの期待に応えるべく早速自室に籠って睡眠薬を調合するとしよう。

 自室に戻ったティカは睡眠薬の調合にかかる。睡眠薬は調合自体そこまで難しくなく、蒸留水に魔石粉をとネムリ草から抽出した成分を混ぜるだけ。この時重要なのは蒸留水に魔石粉を完全に溶かし込み、ネムリ草を数滴ずつ垂らす。垂らしたら素早く魔力を加えて掻き混ぜる、を何度も繰り返す。魔力を注入しながら素早くかき混ぜ抽出成分を垂らすの動作をいっぺんにしなくてはならないため意外と難しい。一定のリズムで加えて行かなければムラが出るし、効能も薄れる。今回の分はシルビアの要望でそこまで強くなくてもいいようので、十束から抽出したうちの三分の一の容量だけ入れることにする。

 ネムリ草も適量入れ数分混ぜて睡眠薬の完成だ。ガラスの小瓶へ小分けすると丁度十本分になった。透明なガラスの小瓶に透け、睡眠薬特有の薄水色をした液体が揺らいでいた。

 さっそく調合したての睡眠薬を納品しようと思ったが、いつの間にか辺りは薄暗く夕刻をとうの昔に過ぎていた。なので明日、睡眠薬は納品することにした。

 今晩の小鳥の宿の夕食は、野菜炒めとホーンラビットを使った揚げ料理。油で揚がったうさぎの肉が嚙むたびに口いっぱいに肉汁が広がる。そしてピリッとした
香辛料がまたこの肉によく合う。
 野菜炒めにも同じ香辛料が使われているので、香ばしさの中にスパイシーな辛味が何とも食欲をそそった。久々の果実酒とも相性抜群で気をよくしたティカは、調子に乗って果実酒を四杯も飲み干した。
 酔いのまわった頭でかろうじて自室に辿り着くとベッドに倒れこむようにして寝息を立て眠りについた。

 翌日。昨日の酒が残っているのかティカの顔はあまりすぐれない様だ。シーツを頭の上から被って今だ横になっていた。時刻はもうじき昼前。朝食も食べずにこの調子だ。
 ティカがぼーっとした表情で起きたのが午後を少し過ぎた辺りで、腹がぐぅーと鳴って空腹であることを主張した。ベッドからのそりと降りると普段着へ着替える。

「ふぅわあぁぁ」

 大きな欠伸をしながら睡眠薬の入った鞄を下げて宿屋を出た。本日の昼食は、例の麺料理と猪肉の串焼きを二本、仄かに甘い蜂蜜の味がする果実水を頂いた。

 昼食もそこそこに組合へ顔を出すと、知らない顔の人が複数人カウンターにいるアンナと話し込んでいた。

「すみません、解毒薬の在庫は先ほどお渡しした分が最後です」
「そんな! そこを何とかならないか? まだ何人も毒を受けた奴らがいるんだ!!」
「そう言われましても……」
「そうだ! ネルダの婆さんに作ってもらえばいいじゃないか!」
「その、申し上げにくいのですが……ネルダさんは軽度の熱中症にかかったみたいで現在療養中です」
「そんな……いったいどうすれば」

 何か問題でも起きたのだろうか。毒がどうのこうの解毒薬がどうのこうのと四人組の冒険者と思われる者たちがアンナに噛みついていた。
 そんな傍ら何の事情も知らないティカが冒険者の脇を通ってアンナへ手を上げた。

「こんにちは、アンナさん。今日は午後もアンナさんの当番なんですね。昨日シルビアさんに頼まれていた睡眠薬を調合してきたので納品したいんですが」
「あ、こんにちはティカ様! ……ぁあああ!! レインズさん!! いましたよ解毒薬を作れる方が!!」
「ほ、ホントか!」
「この方です!!」
「え、この女の子がか?」

 どうやらティカはアンナとレインズと呼ばれる冒険者たちに目をつけられたようだ。
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