金懐花を竜に

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幕間【6章~終章の間のお話】

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 地面の上に麻で織った布が敷かれただけの室内はむっと土のにおいが濃くて、その生々しさを押し分けるように、力の抜けた男の身体を突き飛ばす。藁を重ねて布をかぶせただけの寝床に転がったミスミは、思いがけず俊敏に起きあがろうとしたので、寝技を掛けるように多い被さった。その勢いのままくちびるを奪う。
 かさついてなおやわらかいそこに舌を這わせながら、ぬれた服の合わせから手をすべり込ませる。
 体格や力で敵わない相手にのしかかられてなお、ミスミは抵抗を止めなかった。押しのけようと振り回される両手を適当にいなしながら、わき腹の皮膚をなでると、組み敷いた身体は大げさな程跳ねる。おかしくなる。この男を抱くかどうかで、真剣に悩んでいた過去の自分は、なんだったのか。
 はじめから答えはひとつしかなかったというのに。
 濡れた両手で、見えない染料を塗りたくるように荒く上下する胸を触りつつ、くちびるで耳の縁をたどる。耳朶の溝に舌を這わせ、耳たぶを食み、首筋から始まるやけど痕を尖らせた舌の先端で撫ぜ下ろすと、ようやく抵抗は弱まり、頑なだったくちびるがほどけた。色づいた喘ぎに気分を良くし、指先で胸の先端を摘まむと「あっ」と快感にまみれた声が転がり出る。
「ようやく観念したか」
「ちょっ、と、なに――っ」
「あんな露骨に避けといて、なに、じゃねえよ」
 ひあ、とわななく身体を、ジーグエは容赦なく追いつめた。腕のなかの身体はまるで火をつけたようにどんどんと熱を増し、一度も触れていない性器がすでに硬く張り詰めているのは見ずともわかった。笑みを浮かべた瞬間、まるで昼のように辺りが明るくなる。おもしろいくらい二人同時に息を止めて、しばらくしてから巨大な木を裂くような激しい音が身体を震わせた。
 ほっとする。まだこの身体を抱き続けていいことに。再開しようとすると、思いがけず激しい抵抗にあい、ムッとする。
「そんなに嫌かよ」
「いやだ、って、さいしょから」
「もういい」
「ジーグエ!」
 まっとうなことを言い出す口に、ジーグエは右の指を二本つっこむ。口のなかは身体中の熱を集めたように熱く、ジーグエをどこまでも許すようにやわらかくて、二本の指で挟むようによく回る舌をこすると、くぐもった呻きが漏れる。本当に嫌なら、歯を立てろ。言外に突きつけた言葉は正しくミスミに伝わっていて、その証拠に、苦し気に寄せられた眉はいつまでも下がったままだ。
 指先を揃えて頬のやわらかい部分を撫で、口蓋をくすぐると、ミスミは短く鋭く何度も喘いだ。引き絞られた性感が限界に近いことを察し、少し乱暴に下衣を剥ぐ。むき出した熱のまろい先端をつぶすようにぐっと包み込むと、雷に打たれたようにぴんと喉を反らしてミスミは達した。
「……早いな」
 手で受け止めた熱をまだくったりしている性器の奥へと塗り込める。脱力した全身を震わせていたミスミはしばらく意識が飛んでいたようで、それでもジーグエの指が一本、奥深くを暴き始めると我に返ったようだった。
「だから、だめって」
「抜いてなかったのか?」
「できるわけ、ないでしょ」
 放逐の衝撃から帰ってきたミスミは、髪の張り付いた頬をそのままに、横目でジーグエを睨みつける。視線だけは鋭いものの、その間から見え隠れする耳朶は赤く染まっているのだから、全然こわくない。愉快な気分になって、その赤を吸い込むように屈みこむ。
「じゃあ、その分もいっぱい出せるな」
 ゆっくりと前後させていた指をくっと曲げる。いいところは変わってなくて、それだけでおもしろいくらいにミスミは乱れた。それでもまだ逃げようと身体をよじるので、ジーグエは一度指を引き抜き、細かく震える身体を横向きにすると、その背中に沿うように横たわる。兆し始めた欲望を太腿に押し付けると、逃げようとする身体とは反対に、肉の輪は欲しがるようにきゅっと締まった。つい漏らした笑い声は、きっと腕のなかの男にも聞こえているはずだ。
「や、だめ、だって」
「本当に?」
 さんざん唾液でふやかした指でゆっくりと中を広げていく。ぴったりとくっつけた胸から伝わる、殴りつけるような鼓動はもう、どちらのものかわからない。また辺りが白くなる。ぎゅっと目をつぶったミスミの黒いまつげが光り、雷すら気づかないほどの快楽に溺れる姿に夢中になる。
 どうせ、ここにいたら危ないとか、結局はそういうことなんだろう。厳しくて、でもどこまでも甘い男の拒絶の理由なんか、考えずともわかった。その気遣いは迷惑ではないが、もうジーグエは決めたのだ。国とか命とか、そんなものより、いま、この男が欲しい衝動を優先すると。
「ほんと、って、んう」
 それ以上の言葉を聞きたくなくて、ジーグエは背後からもう一方の手をのばし、ヘソから胸へと指先を滑らす。硬く立ち上がった乳首をかすめるようにくるくる周囲に円を描けば、ミスミは逃げるように身体を丸めた。
 こんなにも全身で気持ちいいって言いながら、だめって、ウソだろう。ミスミ。
 久方ぶりの行為に確かに縮こまっていた内側は、けれど驚くような速さでやわらかくほどけていった。それが歓迎されているようでうれしくて、お返しみたいに内側のいい所を刺激すると、また嬌声があがる。十分にほぐれたことを確認して、ジーグエは身を起こすと本を開くようにミスミを仰向けにした。くるぶしで引っかかっていた下衣も取っ払って、大きくわり開いた腿の間にすべり込む。
「ミスミ」
 手早く服を脱ぎ、すでに先走りで濡れる自身の先端を、一番やわらかな奥にすりつけると、ミスミはぎゅっと敷布をにぎった。
「ミスミ」
 筋張り、いくらか薄くなったその手を包み込むように開かせ、これから抱かれる相手の背中に誘導する。意に沿わぬ狼藉を働いている相手だというのに、一切の抵抗なくしがみついてくるから困った。こいつ、わざとやってんのか? 
「あっ、や、あつい、やだ」
「名前、呼んで」
「ジーク」
 ぎゅっと腕に力がこもる。怒りにも似た好意が胸を突いて、その衝動のままミスミのなかに熱をねじ込んだ。指とは比べ物にならない質量が、ゆっくりと、熱く、意識が飛びそうなほど気持ちの良いところへ沈んでいく。寒気のような快感をぐっとこらえ、ジーグエはゆっくりと腰を進めた。
 逃がさないようしっかりと抱き込んだ身体からはもう、あ、とか、そういう意味のない吐息しか漏れてこなくて、ただ細かく震える姿は雨に濡れる小動物のようで、苛んでいるのは自分なのに、なぜだか哀れみの気持ちすら湧いてくる。優しくしてやりたくなって、ジーグエは半ばで動きを止め、上体を起こして頬に手を添えた。
「大丈夫か」
「……ん……」
 焦点の定まらない目がゆっくりとジーグエの顔に像を結ぶ。目が合った、と感じたその瞬間、唐突に下が締まった。
「おい……っ」
「あ、ああ、――っ!」
 波のように襲い来る強烈な快感を耐え、なんとか目を開ける。見せつけるように反らされた胸の先端は熟れ落ちそうに色づき、たどるように下肢に視線を向けると、そり返った性器の先端が溶けているかのように、とろとろと精が流れ出ている。
 もしかして、挿れただけでいったのか?
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