上 下
102 / 135
2年目の始まり!

教養授業25限目。鈴音先生、水について語る。

しおりを挟む

こんにちは。如月雪音です。
今週も水曜日の3限目の授業が終わりました。
短い休憩時間の後、
4限目開始のチャイムが鳴ると、
母上が教室にやって来ます。
「起立!」「礼!」
今週の教養授業の始まりですね!
いつもの様に母上様の優しい声が教室に響きます。

「今日は皆さんの最も身近な物質、水についてお話してみたいと思います。
毎日大変お世話になっているにも関わらず、多くの生徒はこれに関して
詳しく知らない様に思います。今日の授業で皆さんの認識が深まると良いですね。
 
さて、水の惑星とも言われるこの地球の水の総量は、
約13億8,600万立方メートルです。
これは琵琶湖の約5,040万杯分という、膨大な量ですが、
この内訳は海水が97.47%を占め、淡水は僅か2.53%に過ぎません。
淡水の量は、琵琶湖の約128万杯分しかないのですね。
その上この淡水の約70%は、南極やグリーンランド、
シベリアやヒマラヤ等の山岳の氷雪ですので、利用は出来ません。
残り30%…川や湖、沼にある水、地下水や大気に含まれる水分等を
私達が利用している訳ですが、
地下水の中には鉱物やヒ素、フッ素を含んでいる分もありますので、
全てを利用は出来ません。
全ての淡水の内、人類が利用可能な量は、約0.8%と言われています。
これらの事実を並べてみると、人類が利用可能な水は存外少ないのです。

その上この水資源は、大気循環しているとはいえ、地球上では偏在しています。
ある所にはあるが、ない所には極僅かにしか存在しない。
特に砂漠性気候の所は、降雨が少ない為に、
昔湿潤だった時に溜まった地下水しか利用出来なかったりします。
サウジアラビアなどが良い例で、この国は世界中に石油を輸出する一方、
それで得た利益で、海水の淡水化プラントを大規模に作り、
水を得るという事をやっています。サウジの場合は石油という資源があるので、
それの対価として水を得る事が出来ますが、
そうでないアフリカの国々の中には、悲惨な所が沢山あります。

生活に必須な、安全に管理された水を得る事が出来ない人達は、
全世界に実に22億人も存在しています。
特に生活の1㎞圏内で、必要な水にアクセス出来ない地域では、
単純に生活用水を運ぶという重労働に労働力が割かれ、
この為労働生産性が上がらず、最貧困国に陥っている国が沢山あります。
人間が1日に必要な水は最低約20リットルと言われていますが、
単純に水を運ぶだけでは橋も道路も作物も出来ません。
これに労働力が割かれてしまっては、産業の発展など夢のまた夢、
水のない生活…これがどんなに悲惨なものかは、想像するに余りあります。

そもそもあらゆる物資の生産には、必ず水が必要になります。
牛一頭を出荷する為に必要な水の総量は約500トン、
豚肉1㎏の生産に必要な水は、約20,700リットル…。
皆さんが学食で食べている豚丼一杯の豚肉を作る為には、
最低2,000リットルの水が必要なのです。
豚丼に使われるお米を作る為にも莫大な水が必要ですから、
豚丼一杯などと軽い気持ちで食べてはいけません。
残すなどもっての外だと言えるでしょう。

日本は瑞穂の国と言われ、水道をひねれば安全に飲める水が出て来ますから、
皆さんは水が豊かな国だと思っているかも知れません。
ですが、国民ひとりあたりの水資源の総量で見ると、
日本は世界平均に達していません。
日本は降雨量には比較的恵まれていますが、
国土が細長く山がちな為、雨が降ってもすぐに海に流れ出してしまい、
保水力に乏しいのですね。
水が豊かに思えるのは、ひとえに水道インフラへの投資と、
その技術開発によるものなのです。
その上、日本は牛肉や豚肉、小麦や大豆等の食料資源の大半を
輸入に頼っていますから、これらの生産に必要な水も、
考え様によっては間接的に輸入していると言えます。

それと、この人間が生きる為に必須な水ですが、
それゆえに戦略資源にもなります。
1949年、中華人民共和国は、成立直後に何故チベットに攻め入ったのか?
そうして何故自国の傘下にしたのか?この理由が実は水にあるのです。

チベットはヒマラヤの氷河に削られた氷河湖が千以上も存在し、
ヒマラヤ山脈の影響で豊かな降雨に恵まれ、膨大な水資源を持つ事から、
別名、世界の給水塔とも言われています。
インダス川、ガンジス川、メコン川、長江、黄河…
東南アジアやインド、中国の主要な大河の水源は、全てチベットにあるのですよ。
このチベットの水源に頼っている人口は約30憶人と言われています。
ここを押さえる意味が政治戦略的にどれほど大きいか…。
それはこの水源に頼っている国々を間接的に支配できる…。
そういう事なのですね。

中国は日本でも同じような事をやっています。
北海道の水源を中国資本が買い漁っている…
この事実を報道するマスコミは殆どありませんが、
皆さんはこうした水を巡る事情を真摯に学び、
水を大切にすると共に、この国の行く末を真剣に考えて欲しい…。
私はそう願ってやみません。
水と安全はタダではありません。これを得る為に、
日本人の先祖がどれほどの努力をしたのか、
一度考えて欲しいと思います。

それでは、これからは質疑応答の時間にしたいと思います。
いつもの通り手を挙げ、名前と出席番号を言って下さい。
それから授業に関係しない質問はしないこと。
それでは宜しくお願いします」

「男子出席番号 14番、土方歳三です。
サウジアラビアは石油を売った代金で、淡水化プラントを
作っていると聞きましたが、それで水を輸入したりは
しないのですか?淡水化プラントを回すにも原油はいるし、
そっちの方がコストがかかるのでは?」

これを聞いた鈴音先生は答えた。
「人間一人が一日に使う水の量は膨大なものです。
飲むだけではなく、調理にも必要だし、食器を洗ったり、
洗濯したり、お風呂に入ったり、トイレを流したり…。
故に水は安価でなくてはなりません。

ここで問題になるのは、水は軽い物質ではないという事です。
故に輸送には膨大なコストが発生します。
通常の飲料水の1トンあたりのコストは約1.2USドル、
工業用水で0.6USドル、農業用水だと0.04USドルだと言われています。
大型タンカーでの1トンあたりの輸送費は、距離にもよりますが、
通常1USドルを大きく超えますので、これではべらぼうに高いコストになって、
水が現実的な価格にならないのですね。輸送費負けしてしまうのです。
故に主要輸出品目が水…という国は存在しません。

世界の人口は未だに増え続け、安価で安心な水の需要は
増え続けています。一方で大きな水源が限られているのも事実です。
世界人口の半分近くを賄う水源を中国が握っているという一事だけで、
私はきな臭い感じがしますね。水がタンカーで運ばれる様な事態に
なる前に、大きな戦争になるのではないか?と私は思います」

ここで授業終了を告げるチャイムがなりました。
前の席のビル・G君が私の方に振り返ると言いました。
「オゥ~ミス・雪音~。ミ~のお爺さんは、
アメリカの大きな水源の権利を持っていますカラ、安心デス。
デスガ、ミ~は昨日、お風呂のお湯を暫く出しっぱなしにシテ、
溢れサセテしまいマシタ…。ソーリー」

おやおや、母上の教養授業を聞いて、ビル君も改心した様です。
意外と素直な男の子なのかもですね…。





しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

妹がナルコレプシーを拗らせまして

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:4

First Light ー ファーストライト

青春 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:4

貴方達から離れたら思った以上に幸せです!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:200,945pt お気に入り:12,078

最強勇者の夫~陰であなたを支えます。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:22

走れメロス!じゃなくて、坂口安吾!

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:2

私のバラ色ではない人生

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:100,920pt お気に入り:4,849

処理中です...