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第1章〜塔の上の指揮者〜
第17話〜崩れる調律〜
「くらええええッ!!」
――馬鹿は、単純で助かる。
わざわざ声に出して作戦を宣言してくれるなんて、ほんと親切。
「ノラン、避け――!」
その声が届くより早く、命令を下していた。
最短の軌道、最速の加速――
“あの瞬間”に至るよう、私は魔物の脚と爪の筋肉ごと、反応を“上書き”した。
――ズシャッ!
手応えは、あった。
爪が若い男の腹を裂き、血が跳ねる。
軽い身体が空を舞い、土に叩きつけられる。
……それで終わるはずだった。
が。
「ノラン!!」
あの男が、また割り込んだ。
魔物の動きに割り込むように、あの男が大盾を構えた。
次の瞬間、まるで体当たりのように、その全体重を盾に乗せてぶつけた。
「くっ……!」
魔物の動きが一瞬だけ逸れた。
ほんの一瞬。
でも、それで――仕留めきれなかった。
爪は空を斬り、狙った心臓まで届かない。
(……しぶとすぎでしょ)
苛立ちが喉の奥で燻る。
もう何度、あの男に攻撃を阻まれているだろう。
この個体に“リソース”を集中させてから、どれだけ時間が経ったか。
命令の粒度を上げ、反応速度や間合い調整も手動で上書きしている。
通常の数倍の精度で、動きを細かく制御しているのだ。
本来なら――とっくに息の根を止めている。
(時間、かけすぎ。さすがに非効率)
相手はただの村人のはず。
こっちは最低ランクとはいえ、一体の魔物を一から十まで完全に制御しているというのに。
反応、踏み込み、回避誘導……すべてを直感ではなく“計算”でやらせている。
それでも倒せないというのなら――
これはもう、異常としか言いようがない。
そもそも、この戦い自体が、私の想定とまったく噛み合っていない。
蹂躙。
そう、これは“蹂躙”だったはずだ。
この辺境の村に、まともな戦力はない。
兵士もいなければ、砦もない。
村人と、木造の監視塔がぽつんとあるだけ。
上からは――「観測も兼ねて派手にやれ」と言われた。
だから、魔物を五十体放った。
実際には、そこまで必要なかった。
この程度の村なら、五体もいれば事足りる。
二十でもやりすぎだと思っていた。
有り余るほどの戦力。
あとは、“どう壊しすぎずに済ませるか”という調整のゲームだった。
念のために遠隔操作の準備だけはしておいたけれど、
基本は自律行動で十分。
潰して、崩して、蹂躙するだけ。
私の役目は、その“歯止め”だった。
それが――
魔物たちが森を抜け、村へ向かっている途中。
その時点で、すでに“半分”がやられていた。
異変に気づいたのは、複数の魔物から視界を共有していたときだ。
村への侵攻ルートが、明らかに特定の方向へ誘導されていた。
最初は、ただの地形的な偏りかと見過ごしかけた。
けれど、操作個体を切り替えるたびに違和感が増していく。
投石の集中精度と配置の妙――
あれは偶然じゃない。
おかしいと判断してルートを修正しようとしたときには、
すでに半数の個体が戦線から消えていた。
(銀影の観測者……!)
頭に浮かんだのは、あの銀髪の女。
魔物たちの動線が“敷かれていた”と気づいたとき、真っ先に思い至ったのが彼女だった。
だが、それだけでは終わらない。
(……投石の命中率。あれも異常)
ただの村人たちが、あれほど正確に石を当てられるなんて、普通ではありえない。
まるで、動きを読まれているみたいに――
……命中が“補正”されているような感覚。
操作していない個体が、
まるで軌道を読まれていたかのように落ちていく。
あの塔の上の男。
おそらく、器の力。
戦術支援系の能力――たぶん、そんなところ。
銀影の観測者の報告が曖昧なのは、まあ当然。
あの女は“それ”の中身までは知らされていない。
……だとしても。
ここまで防衛が整ってるのは、現地にいれば分かるはず。
それすらぼかして報告してるあたり――
……まあ、あの方が疑うのも分からなくはない。
でも、どうであれ私には関係ない。
どうでもいい。
言われたことをやるしか、選択肢はないんだから。
ふと、まぶたを上げる。
その瞬間、視界の隅で――“異常”を察知した。
北東から塔を目指して進ませていたはずの部隊、十体の魔物たち。
その気配に、違和感が走った。
(……なに?)
私はすぐに、
意識の焦点を北東の部隊へ切り替え――
一体の個体にリソースを集中させ、その視界を借りる。
見えたのは――
地面に崩れた魔物たちの姿だった。
十体、すべてが倒れている。
(……は?)
何が起きた?
命令は生きていた。確かに移動中だったはず。
なのに――
(なにが……?)
すぐに視界の隅に、一本の“矢”が映った。
先頭の個体――
その足を、正確に貫いていた。
(そんな……ありえない)
あのとき器が叫んだことで、伏兵の存在に気づかれていたのは分かっていた。
一瞬は焦ったが――
送り込まれたのは、たった一人。
流石にもう余裕はないのだろうと判断し、捨て置いていた。
――なのに。
たった一人で? 矢一本で?
十体まとめて止めるなんて……
どういうこと?
(そんな……そんなわけ……!)
ありえない。確率的に、絶対にありえない。
けれど――現実に、それは起きた。
(……どんな手品?)
(まさか、“力”を持った人間が、もう一人?)
馬鹿な、とすぐに打ち消す。
けれど、そうでも思わなければ納得できない。
あまりに、完璧すぎた。
(……足止め。あれは、足止めが目的だった)
あの男が、そう叫んでいた。
目を向ければ、魔物たちは
――矢が放たれた方向、
弓兵がいたと思われる場所へと向かっていた。
(今、ここで時間を潰されるのはまずい)
フィオナは即座に命令を切り替える。
「全個体、目標を監視塔に再設定。急げ」
これ以上、奇策に付き合ってやる余裕はない。
◆◇◆ 次回更新のお知らせ ◆◇◆
更新は【明日12時まで】を予定しております。
ぜひ続きもご覧ください。
よろしければ「お気に入り登録」や「ポイント投票」「感想・レビュー」などいただけると、とても励みになります。
続きもがんばって書いていきますので、また覗いていただけたら嬉しいです。
◆◇◆ 後書き ◆◇◆
ご覧いただきありがとうございました。
今回はフィオナ視点、そして“調律が崩れはじめる”回でした。
魔物の動きが思い通りにいかない。
防衛線が崩れるどころか、村側に主導権を握られはじめている。
あれ、おかしいな? の連続が、やがて――「もしかしてヤバい?」に変わる。
そういう“不協和音”がじわじわ広がっていく感覚を、少しでも感じていただけたら嬉しいです。
なお、フィオナの〈しぶとすぎでしょ〉は、作者の心の声でもあります。
◆次回:一秒の重み
間に合うのか? 本当に――間に合うのか?
ルノスは動けない。仲間たちは走っている。
そして、迫る魔物は、すでに目と鼻の先。
――時間との勝負。
“奇跡の数秒”にすがる戦いが、始まります。
どうぞお楽しみに!
――馬鹿は、単純で助かる。
わざわざ声に出して作戦を宣言してくれるなんて、ほんと親切。
「ノラン、避け――!」
その声が届くより早く、命令を下していた。
最短の軌道、最速の加速――
“あの瞬間”に至るよう、私は魔物の脚と爪の筋肉ごと、反応を“上書き”した。
――ズシャッ!
手応えは、あった。
爪が若い男の腹を裂き、血が跳ねる。
軽い身体が空を舞い、土に叩きつけられる。
……それで終わるはずだった。
が。
「ノラン!!」
あの男が、また割り込んだ。
魔物の動きに割り込むように、あの男が大盾を構えた。
次の瞬間、まるで体当たりのように、その全体重を盾に乗せてぶつけた。
「くっ……!」
魔物の動きが一瞬だけ逸れた。
ほんの一瞬。
でも、それで――仕留めきれなかった。
爪は空を斬り、狙った心臓まで届かない。
(……しぶとすぎでしょ)
苛立ちが喉の奥で燻る。
もう何度、あの男に攻撃を阻まれているだろう。
この個体に“リソース”を集中させてから、どれだけ時間が経ったか。
命令の粒度を上げ、反応速度や間合い調整も手動で上書きしている。
通常の数倍の精度で、動きを細かく制御しているのだ。
本来なら――とっくに息の根を止めている。
(時間、かけすぎ。さすがに非効率)
相手はただの村人のはず。
こっちは最低ランクとはいえ、一体の魔物を一から十まで完全に制御しているというのに。
反応、踏み込み、回避誘導……すべてを直感ではなく“計算”でやらせている。
それでも倒せないというのなら――
これはもう、異常としか言いようがない。
そもそも、この戦い自体が、私の想定とまったく噛み合っていない。
蹂躙。
そう、これは“蹂躙”だったはずだ。
この辺境の村に、まともな戦力はない。
兵士もいなければ、砦もない。
村人と、木造の監視塔がぽつんとあるだけ。
上からは――「観測も兼ねて派手にやれ」と言われた。
だから、魔物を五十体放った。
実際には、そこまで必要なかった。
この程度の村なら、五体もいれば事足りる。
二十でもやりすぎだと思っていた。
有り余るほどの戦力。
あとは、“どう壊しすぎずに済ませるか”という調整のゲームだった。
念のために遠隔操作の準備だけはしておいたけれど、
基本は自律行動で十分。
潰して、崩して、蹂躙するだけ。
私の役目は、その“歯止め”だった。
それが――
魔物たちが森を抜け、村へ向かっている途中。
その時点で、すでに“半分”がやられていた。
異変に気づいたのは、複数の魔物から視界を共有していたときだ。
村への侵攻ルートが、明らかに特定の方向へ誘導されていた。
最初は、ただの地形的な偏りかと見過ごしかけた。
けれど、操作個体を切り替えるたびに違和感が増していく。
投石の集中精度と配置の妙――
あれは偶然じゃない。
おかしいと判断してルートを修正しようとしたときには、
すでに半数の個体が戦線から消えていた。
(銀影の観測者……!)
頭に浮かんだのは、あの銀髪の女。
魔物たちの動線が“敷かれていた”と気づいたとき、真っ先に思い至ったのが彼女だった。
だが、それだけでは終わらない。
(……投石の命中率。あれも異常)
ただの村人たちが、あれほど正確に石を当てられるなんて、普通ではありえない。
まるで、動きを読まれているみたいに――
……命中が“補正”されているような感覚。
操作していない個体が、
まるで軌道を読まれていたかのように落ちていく。
あの塔の上の男。
おそらく、器の力。
戦術支援系の能力――たぶん、そんなところ。
銀影の観測者の報告が曖昧なのは、まあ当然。
あの女は“それ”の中身までは知らされていない。
……だとしても。
ここまで防衛が整ってるのは、現地にいれば分かるはず。
それすらぼかして報告してるあたり――
……まあ、あの方が疑うのも分からなくはない。
でも、どうであれ私には関係ない。
どうでもいい。
言われたことをやるしか、選択肢はないんだから。
ふと、まぶたを上げる。
その瞬間、視界の隅で――“異常”を察知した。
北東から塔を目指して進ませていたはずの部隊、十体の魔物たち。
その気配に、違和感が走った。
(……なに?)
私はすぐに、
意識の焦点を北東の部隊へ切り替え――
一体の個体にリソースを集中させ、その視界を借りる。
見えたのは――
地面に崩れた魔物たちの姿だった。
十体、すべてが倒れている。
(……は?)
何が起きた?
命令は生きていた。確かに移動中だったはず。
なのに――
(なにが……?)
すぐに視界の隅に、一本の“矢”が映った。
先頭の個体――
その足を、正確に貫いていた。
(そんな……ありえない)
あのとき器が叫んだことで、伏兵の存在に気づかれていたのは分かっていた。
一瞬は焦ったが――
送り込まれたのは、たった一人。
流石にもう余裕はないのだろうと判断し、捨て置いていた。
――なのに。
たった一人で? 矢一本で?
十体まとめて止めるなんて……
どういうこと?
(そんな……そんなわけ……!)
ありえない。確率的に、絶対にありえない。
けれど――現実に、それは起きた。
(……どんな手品?)
(まさか、“力”を持った人間が、もう一人?)
馬鹿な、とすぐに打ち消す。
けれど、そうでも思わなければ納得できない。
あまりに、完璧すぎた。
(……足止め。あれは、足止めが目的だった)
あの男が、そう叫んでいた。
目を向ければ、魔物たちは
――矢が放たれた方向、
弓兵がいたと思われる場所へと向かっていた。
(今、ここで時間を潰されるのはまずい)
フィオナは即座に命令を切り替える。
「全個体、目標を監視塔に再設定。急げ」
これ以上、奇策に付き合ってやる余裕はない。
◆◇◆ 次回更新のお知らせ ◆◇◆
更新は【明日12時まで】を予定しております。
ぜひ続きもご覧ください。
よろしければ「お気に入り登録」や「ポイント投票」「感想・レビュー」などいただけると、とても励みになります。
続きもがんばって書いていきますので、また覗いていただけたら嬉しいです。
◆◇◆ 後書き ◆◇◆
ご覧いただきありがとうございました。
今回はフィオナ視点、そして“調律が崩れはじめる”回でした。
魔物の動きが思い通りにいかない。
防衛線が崩れるどころか、村側に主導権を握られはじめている。
あれ、おかしいな? の連続が、やがて――「もしかしてヤバい?」に変わる。
そういう“不協和音”がじわじわ広がっていく感覚を、少しでも感じていただけたら嬉しいです。
なお、フィオナの〈しぶとすぎでしょ〉は、作者の心の声でもあります。
◆次回:一秒の重み
間に合うのか? 本当に――間に合うのか?
ルノスは動けない。仲間たちは走っている。
そして、迫る魔物は、すでに目と鼻の先。
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