死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸

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第1章〜塔の上の指揮者〜

第19話〜絶望に杭を打て〜

塔の下で、子どもが泣きそうな声を上げた。

 誰かが宥める。老人が杖を握る手を震わせ、後ずさる。

 その向こうで、セリアが、たった一言を放つ。

 

「下がらないで。ここで止めると決めたはずです」

 

 静かな声。だが、それは不思議なほどによく響いた。

 どこかの老婆が、かすれた声で言う。

「……でも、でも、あんな……あんな速さじゃ……!」

 わかってる。俺だって、怖い。

 あの速度、あの数――正面からぶつかっては勝ち目などない。

 だが、そこで聞こえたのは、群衆の一角からの低く静かな声だった。

「……逃げるな。ここで退いたら、もう二度と、この村には戻れん」

 杖を支えに、前に出てきたのは――村長、ボロスだった。

 老いた身体は震えていたが、その目には、消えていない火が灯っている。

「信じるんだ。あの青年と……自分たちの手を」

杖を握ったまま、ボロスは静かに言い切った。

――そして、またひとり、前へと出てくる影があった。

「……俺もだ」

太い腕に鍬の跡を残すその男――開墾班の中心、ユルグだった。

「あいつは、水を通した。畑を甦らせた。鍛冶屋も、倉庫も……」

「口だけの貴族じゃない。――あいつは、やることをやる」

周囲に視線を向け、ユルグは静かに告げる。

「信じていい。俺たちの、今までの汗を」

「あいつは、それを無駄にしねえ」


 一瞬の沈黙ののち、誰かが小さく頷くのが見えた。


 その頷きが、波紋のように周囲へ広がっていく。

 顔色は悪く、手は震えている。だけど、逃げる者はいない。

 

 ――やれる。今なら、きっと。


 足の速い個体が先行し、他が続く。あと、十秒――いや、八秒。

 

 予測の軌道が、塔の周囲へと迫っていた。

 

 ――移動予測だ。

 このスキルが見せてくれるのは、今だけじゃない。数秒先の“未来”だ。

 

 どの個体が、どのルートを、どのタイミングで通過するのか。

 そのすべてが、マップに刻まれている。

 

 今しかない。ここしかない――!

 

 俺は息を詰め、目を閉じて叫ぶ。

 

「《地なら師》――!」

 

 視界が白く弾けた。

 意識の底で、地面が“立ち上がる”イメージを叩き込む。

 構えはいらない。ただ、そこに“現れろ”と、強く願うだけだ。

  その瞬間――地面が盛り上がった。

 

 塔のすぐ前――村人たちが身をひそめている、そのほんの数メートル先。
 そこに、巨大な土の壁が突如として立ち上がる。

 

 最上階から見下ろす俺の視界に、目を疑うほどの速度で、土が立ち上がっていくのが見えた。

 まるで巨大な棺のように、土がうねりながらせり上がっていく。

 その向こうから、魔物たちの足音と咆哮が、すぐそこまで迫ってくる。

 

 ――止まれるはずがない。

 

 走ってきた魔物たちは、ただ勢いのまま、真っ直ぐに――

 

 一体、二体、三体――
 立て続けに、魔物たちが土壁にぶつかった。

 凄まじい勢いのまま突進していたその巨体は、壁に激突した瞬間、力なく前のめりに崩れ落ちる。

 地面が揺れた。土が跳ね、重たい音を響かせながら、魔物はその場に叩きつけられる。

 その後ろから、さらに突撃――

 止まれないまま、同じ地点へ次々と突っ込んでくる。

 前に倒れた魔物たちの上に、別の魔物が重なり、またその上に別の魔物が――

 

 土壁の手前に、魔物の群れが折り重なり、山のようになっていく。

 

 速度と数が、完全に裏目に出た。

 突進していた群れ全体が、壁の前で“詰まり”、まるでそこに押し固められているようだった。

 

 ……決まった。

 だがその直後――

 

 頭の奥で、鐘のような音が響いた。

 次の瞬間、視界がぐにゃりと歪む。

 水平だった世界が傾き、塔の床が波のように揺れたように見えた。

 

 喉の奥がきゅっと縮み、せり上がる吐き気に思わず口を押さえる。

 足が、勝手に震える。血の気が引き、手先がかすかに痺れていた。

 

(っ……!)

 

 意識が、遠のく。

 目を閉じれば、そのまま落ちてしまいそうな感覚があった。

 

 《地なら師》

 

 ――本来は、地面を「ならす」ためのスキル。畑や道を整えるときに使う、地味だが実用的なものだ。

 

 それを“逆手”に取った。凹ませるのではなく、盛り上げる。強引に。

 

 高い土壁なんて、本来の用途からすれば異常も異常。

 地面に杭を打つような微調整ではなく、一気に隆起させるなんて――

 スキルの想定を、完全に逸脱していた。

 

(……まずい)

 

 視界が揺れる。手の感覚が遠い。

 それでも、倒れるわけにはいかなかった。

 

 ――ここで倒れたら、すべてが終わる。

 

 俺は、歯を食いしばりながら膝をつき、塔の縁にすがる。

 全身が軋むように痛む中、それでもなお、手を伸ばした。

 

 まだ、やれる。まだ終わらせない。

 

 次の動きは――「凹」だ。

 

 激突して倒れた魔物たちの足元――その地面を、ズブリと落とす。

 

 瞬間、土が崩れ、彼らごと地面が裂けた。

 大きな“穴”が、塔の下に開く。

 

 魔物たちは暴れる間もなく、そのまま穴へと滑り落ちていく――

 

(……いける!)

 

 そのときだった。

 

「今です!」

 

 セリアの声だ。

 次の瞬間、
 村人たちの動きが一斉に変わる――

 誰かが駆け出した。

 震える手で、布に包んだ壺を抱え、穴の縁に立つ。

 それは、松脂と獣の脂を混ぜた、即席の可燃油。
 セリアが時間をかけて集めさせた、“火口用”の備蓄だ。
 

「投げろッ!」

 

 叫び声と同時に、壺がいくつも穴へと放り込まれていく。

 中で暴れ回る魔物たちに向けて、次々と落とされていく。

 

 数秒後、重たい液体の破裂音と共に、油のにおいが立ち上った。


「火種、落とせ!」

 

 オルトの怒声が飛ぶ。
 油を染み込ませた布束が、火をつけられた棒の先で穴へと押し込まれた。

 

 ――ゴッ!

 

 火が弾ける音と同時に、油に着火。
 穴の中で、炎が一気に燃え広がった。

 

「よし、燃えたぞ……! ケルベ、滑車の調整急げ!」

「分かってる!」

 

 塔の裏手――
 建築屋ケルベが、即席で組み上げた“落とし装置”の縄を調整していた。

 古い井戸用の滑車を改造したもので、荷車を解体して作った重しを引き上げるための仕掛けだ。

 

「縄、あと半巻き! ――オルト、詰め物、追加!」

 

「任せとけ」

 

 オルトが唸りながら、鉄くずを詰めた樽に蓋を叩き込む。

 そのまま村人たちと共に縄を引き、重しを吊り上げる。

 

 炎が立ち上り、穴の中の魔物たちが暴れる。
 焼かれながらも、一体が前肢を穴の縁へとかけ、よじ登ろうとした――

 

「……落としてください!」

 

 セリアの叫びとともに、縄が手放された。

 

「せーのっ!」

 

 ごうん――と低い音を立てて、鉄と木の塊が火の中へと落下した。

 

 ――ドゥゥン!!

 

 魔物の体が、音と共に吹き飛ぶ。

 

 その後も、村人たちはオルトやケルベの指示で次々と重しを搬入し、落とし、叩き込んでいく。

 

「脚がずれてる、回転止め! 押さえろ!」

「そっちの滑車、締めろ! 崩れるぞ!」

 

 ケルベの指示が次々と飛び、現場が息を吹き返すように動いていく。

 

 火の中で暴れていた影が、ひとつ、またひとつ、動かなくなっていく。

 

 やがて、焼け焦げる臭いと、ぱちぱちと爆ぜる油の音だけが残った。

 

 一瞬の沈黙のあと、塔の下からどよめきが上がる。

 歓声とも悲鳴ともつかない、熱と安堵が混じった、不器用な声だった。

 

 そして俺は――

 

 限界だった。

 

 視界の端で赤い光が滲んだと思った次の瞬間、膝から力が抜けた。

 塔の縁にすがったまま、ぐらりと体が崩れる。

 

 喉が焼ける。吐き気が込み上げ、堪えきれずに口を押さえた。

 胃の奥からこみ上げる感覚と、頭の奥に鈍く響く痛み。

 

 もしもう一度――たった一発でもスキルを使ったら、意識が飛ぶ。

 そう確信させられるだけの気持ち悪さだった。

 

 でも――

 

 やったんだ。

 

 あの速度の魔物たちを止めた。

 あの群れを、村人と一緒に、ここで迎え撃った。

 

 気持ち悪い。

 でも、こんなに気分がいいのは、きっと生まれて初めてだ。

 

 自然と、笑みがこぼれていた。

 

 ――絶望的だった状況を、確かに乗り越えた。





◆◇◆ 次回更新のお知らせ ◆◇◆
本日は【20話】まで更新しています。
このままぜひ続きもご覧ください。

よろしければ「お気に入り登録」や「ポイント投票」「感想・レビュー」などいただけると、とても励みになります。

続きもがんばって書いていきますので、また覗いていただけたら嬉しいです。


◆◇◆ 後書き ◆◇◆

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

整地スキルで敵を迎撃する――
冷静に考えると、戦術としては割とどうかしてますが、そこがまたルノスらしいところでもあります。

もともとは道や農地を平らに整えるためのスキル《地なら師》。
それを応用して「防壁」→「落とし穴」→「火葬」→「重しで追撃」という、戦場のフルコース。
まさかの整地からの殲滅コンボが炸裂しました。

「即席爆炎地獄」って名前つけたくなるような攻撃ですね。もはや戦場DIY。


ただし当然、代償もあります。
スキルの本来用途から外れすぎれば、反動は来る。

◆次回:「力の代償」

スキルって、便利だけど、万能じゃない。
代償と副作用…
魔物を操る“あの少女”にも異変が……?

どうぞ、お楽しみに!
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