死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸

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第2章

第31話•後編〜風と嘘とあの人と〜

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風が、部屋の空気をふっと押し上げた。

 

 その瞬間――分かった。

 

 帰ってきた。あの人が。

 

 

 扉のほうを振り返ると、案の定、ひとりの影がそこにいた。

 黒い外套の裾が、風と一緒にひるがえる。

 髪に砂の匂いをまとって、まるでどこか遠くの物語から抜け出してきたみたいに――

 

 (くっ……今日も、普通にかっこいい)

 

 顔に出てないといいな、と思いつつ、私はわざと本を閉じる音を立てた。

 

 

「……おかえり」

 

「ただいま」

 

 

 ラズロは、ほとんど音を立てずに歩いてきて、椅子に腰を下ろした。

 息も乱れていないし、服もほとんど汚れてない。

 

 たぶん、また風を使ってきたんだろう。

 どこまでも静かで、どこまでも軽やか。

 

 その横顔に、思わず視線が吸い寄せられる。

 

 少し乱れた前髪。目尻の影。襟元の指先。

 

 ……はあ、今日も完璧。

 

 

「ど、どうだった?」

 

 

「……うん。悪くなかった」

 

 

 ラズロは軽く目を閉じて、しばらく何かを思い返すような間を置いた。

 

「まっすぐだったよ。怖がりながらも、自分の足で立ってた。

 ……だから協力は得られると思う」

 

 

 そこまでは、想定通り。

 

 でもその次のひと言で、ラズロの目がほんの少しだけ冷えた。

 

 

「……彼は利用できる。十分にね」

 

 

 あまりにあっさりとした言い方に、一瞬だけ、胸の奥がちくりとした。

 

 

 でも、それが彼のやり方だ。

 

 理想も感情も、計画の中では切り離して考える――

 その冷静さが、ずっと変わらない。

 

 

「……仕方ないことだけど、少し心が痛いね」

 ラズロはわずかに視線を落とし、低く呟いた。

 

「……やはり、彼はあの遺跡で“力”を得たようだ。

 僕たちが長く監視していた、あの場所で――」

 

一瞬だけ、彼の目が鋭く光る。

 

「つまり彼は……“Ω010”だ。
 僕たちが探し続けてきた、最後の“器”。」

 

言葉は淡々としていたけれど、その声の奥にかすかに熱を感じた。

 

「……ようやく、僕たちの理想に、また一歩近づけそうだ」

 

 静かにそう呟いたあと、ラズロはわずかに目を伏せて言った。

 

 

「十日後、北の丘で会う約束をした。

 ……それまでに、彼がどう決めるかだね」

 

 

 私は軽く目を細めた。

 

「……そう」

 

 

 それだけ言って、本のページをそっとめくる。

 

 

 視線の端で、ラズロは遠くを見るように窓の外を眺めていた。

 

 伏せたまつげ。わずかに沈んだ光。

 吹き抜ける風に、黒衣の裾がふわりと揺れている。

 

 

 (……その物憂げな顔も、素敵)

 

 

 風がまた、静かにページをめくった。




◆◇◆ 次回更新のお知らせ ◆◇◆
更新は【明日12時まで】を予定しております。
ぜひ続きもご覧ください。

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続きもがんばって書いていきますので、また覗いていただけたら嬉しいです。


◆◇◆ 後書き ◆◇◆
たとえば誰かが、風を連れて静かに帰ってきたとき――
普通なら「おかえり」のひと言で済む場面が、

「くっ……今日も、普通にかっこいい……」
になってしまうのは、一体誰のせいなんでしょうか。

はい、今回もミラさんは絶好調です。
理性的で、分析的で、クールな“はず”なのに、目がハートになりがちなキャラ。

とはいえ、そんな彼女だからこそ、気づけるものがあるのかもしれません。


◆次回:裏切りの形をした忠義

そんな冷静な人たちが、
少しずつ熱を帯びた言葉を交わし始めます。

ページの先で、風の行方をご一緒に。
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