死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸

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第2章

第31話•中編〜嘘と真実の狭間で〜

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「やあ、塔の上の指揮官君。調子はどうだい?」

 

背後からかけられた声に、思わず肩が跳ねた。

振り返る。

……さっきまで誰もいなかったはずの場所に、黒衣の男が立っていた。

気配も音もなかった。けれど、そこに“いる”という確かさだけがあった。

 

「……失礼ですが、どちら様ですか?」

 

自然と声が低くなる。

警戒している。だが、あくまで冷静に。

 

「――やあ、突然驚かせてしまったなら謝るよ。初対面の挨拶としては、最悪だったかな?」

 

黒衣の男は口元をゆるめ、芝居がかったように笑った。

 

「僕はラズロ。悪いけど、君の後を追いかけてきたんだ」

 

「……後を追いかけてきた……?」

 

「驚かせたなら謝るよ。でもほら、君って働き者だろう?」

「館にいない時は、いつも誰かと何かをしてる。なかなか二人きりで話す機会がなくてね」

 

俺は、無意識に一歩引いた。

足元の土が、軽く鳴る。

 

こいつは俺を――尾行していた?

 

(こんな場所まで……何の目的で……?)

 

「おっと、警戒されるのも無理はない。けど、僕に敵意はないんだ」

「安心してほしい。ただ――確認したいことがあってね」

 

男の瞳が、ふいに真っ直ぐ俺を見据えた。

それまでの軽さが、ほんの少しだけ消える。

 

「君が持っている“力”――」

「それを、何のために使っていくつもりだい?」

 

……息をのんだ。

 

(……何者だ、こいつ)

 

“力”を持っていること。

そのことを、はっきりと認識している――

セリアと同じ、いや……セリアの関係者か?

 

思考が加速する。

 

この問いに――どう答えればいい?

 

下手に肯定すれば、処分される可能性すらある。

逆に、力を否定すれば……嘘を見抜かれて、もっと厄介な事態になるかもしれない。

 

短い沈黙のあと、俺は慎重に口を開いた。

 

「その“力”とやらが、何を指しているのかは分からないが――」

 

喉がわずかに渇く。

 

「……俺は、村を守るために、できることをしている。ただそれだけだ」

 

言葉を選びながら、相手の目を見据える。

ラズロは、何も言わずにこちらをじっと見ていた。

その視線の奥に――測れない何かがある。

 

「……すまないね」

 

不意に、ラズロが静かに言った。

 

「やり方を、間違えていたみたいだ」

 

淡く笑って、手を軽く広げる。

 

「君が警戒するのも当然だよ。こんなふうにいきなり現れて、こんな質問をされたら、誰だって身構える」

 

言葉の調子は柔らかいが――まるで“試すための布石”だったかのような含みもあった。

 

「ふふ……君が誠実な人間であることくらいは、ちゃんと伝わってきたよ。だからこそ、こうして会いに来たんだ」

 

「君なら理解してもらえると思うんだ」

 

ラズロは、一歩だけ距離を詰める。

 

「――想像してみてよ」

 

ラズロは、ゆるやかな口調のまま言葉を継いだ。

 

「君が得た“力”、それは今のところ、君自身が選び、君の手で使っている。けれどね――」

 

そこで彼は、わざとらしく肩をすくめてみせた。

 

「君がその気じゃなくても。“君の力”を使いたいと思う誰かが現れるのは……時間の問題だよ」

 

その目が、冗談のように笑みを浮かべながら、どこか鋭かった。

 

「たとえばその力が、大勢の命を救える反面、何の罪もない人々を――平気で踏みにじるために“利用”されるとしたら?」

 

ラズロの声は静かだったが、どこまでも真剣だった。

 

「そんな未来があるとしたら、君はどう思う?」

 

 

ルノスは、わずかに息をのんだ。

 

「……そんなの、間違ってるに決まってる」
 

低く、だが迷いのない声で答える。

 

「力を使って、人を踏みにじるなんて……そんなことは、あってたまるか」

 

けれど――

 

「でも……本当にそんなことができるのか? “力”を悪用するなんて……」

 

「……できてしまうんだよ。悲しいことに、ね」

 

ラズロの表情から、わずかに笑みが消える。

 

「スキルも、“力”も――本来は人を救うためにあるはずだったのに」

 

「今の帝国はそれを、兵器として磨き上げている。記録を改ざんし、歴史を塗り替え、力を持つ者を“神”のように仕立てて……」

 

「気づいたときには、誰も逆らえない世界ができあがっている」

 

 

ラズロは短く目を伏せ、やがて真っすぐにルノスを見る。

 

「だから僕は、それを止めたい。君のような人間が、踏みにじられる未来を見たくない」

 

「……そう思って、ここに来たんだ」

 

 

その言葉を聞いた瞬間、ルノスの胸の奥で何かがざわついた。

 

浮かんでくるのは――あの村の子どもたちの顔。

仲間たちの汗と声。守りたくて、必死で駆け回った日々。

 

それを、“誰かの欲”のために、利用するだと?
 

「……そんなの、許せるわけがない」

 

握った拳がかすかに震えている。

怒りか、悔しさか――自分でもわからない。

 

「そんなことのために、俺は死んだことにされたのか……?」

 

 

こみ上げる感情を抑えるように、深く息をつく。

 

「……そうか。少しずつ、全部繋がってきた気がする」

 

「でも――聞けてよかった。知らずに進むより、ずっとマシだ」

 

ゆっくりと、ラズロを見据える。

もう逃げないと決めた目で。

 

「……俺は、止めたい。そんな未来を」

「誰かの手じゃなく、自分の手で、決着をつけたい」

 

 

ラズロの口元が、わずかにほころぶ。

 

「ふふ……そう来ると思っていたよ」

 

 

だが――俺には、どうしても確かめたいことがあった。

 

「……ラズロ。俺からも、ひとつ訊かせてくれ」

 

「うん?」

 

 

俺は静かに言葉を継いだ。

 

「俺の父は、かつて帝都で粛清された。“フォルセイン卿”という男だ」

 

「家ごと消されて、俺も死んだことにされた。そして、この村へ送られた」

 

声は冷静だった。まるで、すでに何度も反芻していた記憶のように。

 

「そして……ここで“力”を得た。まるで、仕組まれていたように」

 

短く息を吐く。

 

「――これは、全部帝国の筋書きか? 最初からこの力を利用するために、俺はここに落とされたのか?」

 

 

ラズロは目を細め、しばらく黙っていた。

 

「……なるほど。君の言葉で、いくつかの点が繋がった気がするよ」

 

けれど、それ以上は語らず――

 

「ただ、僕は“君が特別な存在かどうか”を見極めるためにここへ来た」

 

「君の父や過去について、詳しく知っていたわけじゃない。……だが、納得したよ」

 

「君は、自分の意志で動いている」

 

「与えられた力に溺れるでもなく、怯えるでもなく――誰かを守ろうとしている」

 

その声音には、確かな敬意が宿っていた。

 

 

帝国の裏で進む計画。

力を持つ者が、“神”として仕立て上げられる世界。

 

もしそれが真実なら――自分も、きっとその歯車のひとつだったのだ。

 

「……君は、これからどうしたい?」

 

静かにそう問うたラズロの声には、強制の色はなかった。

ただ、確かに“意志”を求める気配だけが宿っていた。

 

 

「……まだ、確かめたいことがある。だから今は答えを出せない」

「けど――向き合うつもりだ。この先のこと、自分の意志で」

 

そう言ったとき、ルノスの脳裏に浮かんだのは、ひとりの女性の顔だった。

 

冷静で、何も語らない女。

けれど、自分のために何かを背負ってくれていた――そんな気がしている。

 

「一人、信じてる人がいるんだ」

「まだ……そいつのことを、全部知れてない気がするけど」

 

「だから――」

 

ルノスは、正面からラズロを見た。

 

「もう少しだけ、考えさせてくれないか」

 

 

ラズロはしばらく黙っていたが、やがて穏やかにうなずいた。

 

「……もちろんだとも」

 

その笑みは、どこまでも柔らかく、そしてどこか寂しげだった。

 

「……どうだろう、十日後。村の北の丘で待っていてもいいかい?」

「そのとき、君の意志が聞ければ……それで十分だ」

 

俺が答えずに頷くだけでも、ラズロの表情にはどこか満足そうな色が浮かんでいた。

 

「そのときまでに――君の意志が、はっきりしているといいね」

 

そう言い残すと、ラズロはひとつ息を吐き、静かに背を向ける。

苔むした石の床を踏みしめる足音が、ひとつ、またひとつと遠ざかっていく。

 

 

古代の空気が淀む遺跡の中に、ふたたび静寂が戻った。

 

残されたのは、冷たい空気と、自分の胸に宿った熱だけだった。




◆◇◆ 次回更新のお知らせ ◆◇◆
更新は【明日12時まで】を予定しております。
ぜひ続きもご覧ください。

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続きもがんばって書いていきますので、また覗いていただけたら嬉しいです。


◆◇◆ 後書き ◆◇◆
「あれ……敵じゃない、かも?」
「……いや、敵じゃないってことはない、かも?」

 

そんな感じの“黒い人”が現れました。
喋りは丁寧、態度は柔らか。でも目がぜんぜん笑ってない。

 

読者の皆さんも、きっとこう思ったはずです。
「誰だこいつ」「信用していいのか」「なんでそんなにかっこいいんだ」――と。

 

◆次回:風と嘘とあの人と

次回は、あの色ボケ……じゃなくて、恋するあの人の視点でお送りします。

風のように現れて、嘘か本音か読めない人って……ちょっと、ずるいですよね。

 

どうぞお楽しみに。
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