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第2章
第31話•前編〜記録と風〜
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帳面を片手に、俺は深く息をついた。
「……セリアがいないと、こうも面倒か」
文献の整理。
収穫報告の写し。
保存庫の分類記録――。
普段なら何も言わず、セリアが整えてくれていた作業だ。
だが今は、町へ交渉に出たまま戻らない。
(まぁ、必要な仕事だし……仕方ない)
そう自分に言い聞かせつつ、館の奥へ。
記録室と物置の中間のような空間に足を踏み入れる。
棚には乾いた羊皮紙の束。
綴じかけの帳面が山積みだ。
「……さて、どこから探すかな」
書類を片っ端から確認していると、棚の横――
壁に妙な“線”が走っているのに気づく。
埃がうっすら積もる中、そこだけが妙に“薄い”。
「……?」
一度は見なかったことにして通り過ぎる。
けれど数分後――気づけばまた、そこを見ていた。
「……気になるな、あれ」
そっと指を伸ばす。
“グッ……”とかすかな手応え――
「……動いた?」
さらに力を込めると、
ズズズ……
壁の一部が“ずれる”ように開く。
隠し棚のような小さな空間が露わになった。
中には紙束。
鉛筆で描かれた図形、古代文字の写し――
その端に、見覚えのある筆跡。
――セリアの字だ。
整っていて無駄がない。だが、妙に急いだ箇所もある。
その紙には、こんな走り書きが残されていた。
――――――――――――――――――――
遺跡へ誘導、予定通り完了。
石碑に触れた直後、謎の発光現象を目視。
対象の全身が淡い光に包まれる。
その後、行動力・判断力が顕著に上昇。
知識レベル(農業・建築)も短時間で変化。
――報告は保留。要再観察。
――――――――――――――――――――
ぞくり、と背筋が冷える。
誘導? 対象?――どう考えても俺のことだ。
実験動物の観察記録みたいに……しかも彼女は、それを隠していた。
「……なんだこれは……」
漏れた声が静かな部屋に落ちる。
視界の隅がにじみ、苦い感情が胸に湧き上がった。
さらに隣の紙には、線で繋がれた符号と簡潔な図解。
「……これは、遺跡で見つけた石碑の写し……?」
楕円の紋様。
その周囲にびっしり並ぶ旧文明の記号――
恐らく、あのとき石碑に浮かんでいた記号群だ。
遺跡を調べていた――?
俺は与えられた“力”を当たり前のように使っていた。
誰も疑わない世界で、自分だけが特別に選ばれたと――思い込んでいたのかもしれない。
「……俺は、何も知ろうとしていなかった」
遺跡に触れて、力を得て、村が動き出して――
その全部を当然と受け入れていた。
だけど、本当は――
「……分からなきゃいけない。ちゃんと、知らなきゃいけない」
これが何かの実験の一部なのか。
この力がどういう意味を持つのか。
そして――セリアが何を思ってこれを隠したのか。
答えを見つけに行く必要がある。
「……もう一度、遺跡を見に行こう」
気づけば拳を固く握っていた。
今度は受け身じゃない。
俺自身の意志で、自分の力の正体に向き合うために――
足音を響かせながら、部屋を後にした。
◇ ◇ ◇
遺跡の奥。
あのときと同じように、石碑は静かに佇んでいた。
重く、黒い岩肌。
その中央に刻まれた、見たこともない文字の群れ。
(……やっぱり、読めるわけがないか)
前回と違って、今回は何の反応もない。
光も、声も、妙な通知のような表示も。
ただ、俺がここに立っているだけ。
それでも何かを知りたくて。確認したくて。
もう一度ここに来たんだ。
――ぴたりと、風が止まった。
空気が張りつめ、石の空洞に、わずかな“異物”が混じる。
次の瞬間、どこからともなく声が落ちてきた。
「やあ、塔の上の指揮官君。調子はどうだい?」
背後からかけられた声に、思わず肩が跳ねた。
振り返る。
……さっきまで誰もいなかったはずの場所に、黒衣の男が立っていた。
気配も音もなかった。けれど、そこに“いる”という確かさだけがあった。
「……失礼ですが、どちら様ですか?」
自然と声が低くなる。
警戒している。だが、あくまで冷静に。
「――やあ、突然驚かせてしまったなら謝るよ。初対面の挨拶としては、最悪だったかな?」
黒衣の男は口元をゆるめ、芝居がかったように笑った。
◆◇◆ 次回更新のお知らせ ◆◇◆
更新は【明日12時まで】を予定しております。
ぜひ続きもご覧ください。
よろしければ「お気に入り登録」や「ポイント投票」「感想・レビュー」などいただけると、とても励みになります。
続きもがんばって書いていきますので、また覗いていただけたら嬉しいです。
◆◇◆ 後書き ◆◇◆
ついに……バレちゃいましたね。
そう、我らが主人公ルノスくん――ついに気づいてしまいました。
セリアさんの、あの“例の記録”。
「観察対象:発光を確認」
「知識レベルの急上昇」
「報告は保留。要再観察」
どう見てもモルモット扱いです。本当にありがとうございました。
でも、ルノスもただの被観察者じゃ終わりません。
拳を握りしめ、もう一度、遺跡へ。
そこで待っていたのは――
黒衣の怪しい“声の男”。
突然現れ、核心を突いてくる不審者ムーブが完璧です。
◆次回:嘘と真実の狭間で
観察、疑念、誘導、選択――。
ここから物語は、もう一段階ギアが上げていきます。
お楽しみに!
「……セリアがいないと、こうも面倒か」
文献の整理。
収穫報告の写し。
保存庫の分類記録――。
普段なら何も言わず、セリアが整えてくれていた作業だ。
だが今は、町へ交渉に出たまま戻らない。
(まぁ、必要な仕事だし……仕方ない)
そう自分に言い聞かせつつ、館の奥へ。
記録室と物置の中間のような空間に足を踏み入れる。
棚には乾いた羊皮紙の束。
綴じかけの帳面が山積みだ。
「……さて、どこから探すかな」
書類を片っ端から確認していると、棚の横――
壁に妙な“線”が走っているのに気づく。
埃がうっすら積もる中、そこだけが妙に“薄い”。
「……?」
一度は見なかったことにして通り過ぎる。
けれど数分後――気づけばまた、そこを見ていた。
「……気になるな、あれ」
そっと指を伸ばす。
“グッ……”とかすかな手応え――
「……動いた?」
さらに力を込めると、
ズズズ……
壁の一部が“ずれる”ように開く。
隠し棚のような小さな空間が露わになった。
中には紙束。
鉛筆で描かれた図形、古代文字の写し――
その端に、見覚えのある筆跡。
――セリアの字だ。
整っていて無駄がない。だが、妙に急いだ箇所もある。
その紙には、こんな走り書きが残されていた。
――――――――――――――――――――
遺跡へ誘導、予定通り完了。
石碑に触れた直後、謎の発光現象を目視。
対象の全身が淡い光に包まれる。
その後、行動力・判断力が顕著に上昇。
知識レベル(農業・建築)も短時間で変化。
――報告は保留。要再観察。
――――――――――――――――――――
ぞくり、と背筋が冷える。
誘導? 対象?――どう考えても俺のことだ。
実験動物の観察記録みたいに……しかも彼女は、それを隠していた。
「……なんだこれは……」
漏れた声が静かな部屋に落ちる。
視界の隅がにじみ、苦い感情が胸に湧き上がった。
さらに隣の紙には、線で繋がれた符号と簡潔な図解。
「……これは、遺跡で見つけた石碑の写し……?」
楕円の紋様。
その周囲にびっしり並ぶ旧文明の記号――
恐らく、あのとき石碑に浮かんでいた記号群だ。
遺跡を調べていた――?
俺は与えられた“力”を当たり前のように使っていた。
誰も疑わない世界で、自分だけが特別に選ばれたと――思い込んでいたのかもしれない。
「……俺は、何も知ろうとしていなかった」
遺跡に触れて、力を得て、村が動き出して――
その全部を当然と受け入れていた。
だけど、本当は――
「……分からなきゃいけない。ちゃんと、知らなきゃいけない」
これが何かの実験の一部なのか。
この力がどういう意味を持つのか。
そして――セリアが何を思ってこれを隠したのか。
答えを見つけに行く必要がある。
「……もう一度、遺跡を見に行こう」
気づけば拳を固く握っていた。
今度は受け身じゃない。
俺自身の意志で、自分の力の正体に向き合うために――
足音を響かせながら、部屋を後にした。
◇ ◇ ◇
遺跡の奥。
あのときと同じように、石碑は静かに佇んでいた。
重く、黒い岩肌。
その中央に刻まれた、見たこともない文字の群れ。
(……やっぱり、読めるわけがないか)
前回と違って、今回は何の反応もない。
光も、声も、妙な通知のような表示も。
ただ、俺がここに立っているだけ。
それでも何かを知りたくて。確認したくて。
もう一度ここに来たんだ。
――ぴたりと、風が止まった。
空気が張りつめ、石の空洞に、わずかな“異物”が混じる。
次の瞬間、どこからともなく声が落ちてきた。
「やあ、塔の上の指揮官君。調子はどうだい?」
背後からかけられた声に、思わず肩が跳ねた。
振り返る。
……さっきまで誰もいなかったはずの場所に、黒衣の男が立っていた。
気配も音もなかった。けれど、そこに“いる”という確かさだけがあった。
「……失礼ですが、どちら様ですか?」
自然と声が低くなる。
警戒している。だが、あくまで冷静に。
「――やあ、突然驚かせてしまったなら謝るよ。初対面の挨拶としては、最悪だったかな?」
黒衣の男は口元をゆるめ、芝居がかったように笑った。
◆◇◆ 次回更新のお知らせ ◆◇◆
更新は【明日12時まで】を予定しております。
ぜひ続きもご覧ください。
よろしければ「お気に入り登録」や「ポイント投票」「感想・レビュー」などいただけると、とても励みになります。
続きもがんばって書いていきますので、また覗いていただけたら嬉しいです。
◆◇◆ 後書き ◆◇◆
ついに……バレちゃいましたね。
そう、我らが主人公ルノスくん――ついに気づいてしまいました。
セリアさんの、あの“例の記録”。
「観察対象:発光を確認」
「知識レベルの急上昇」
「報告は保留。要再観察」
どう見てもモルモット扱いです。本当にありがとうございました。
でも、ルノスもただの被観察者じゃ終わりません。
拳を握りしめ、もう一度、遺跡へ。
そこで待っていたのは――
黒衣の怪しい“声の男”。
突然現れ、核心を突いてくる不審者ムーブが完璧です。
◆次回:嘘と真実の狭間で
観察、疑念、誘導、選択――。
ここから物語は、もう一段階ギアが上げていきます。
お楽しみに!
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