この人生はフィクションです。

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プロローグ

偽善と救済

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『生きててよかった、そんな夜を探してる』



顔も本名も年齢も住んでいる場所もなにも知らない。
そんな相手からの返信を眺めて数分が経過していた。
メッセージの雰囲気や内容から、
恐らく相手が女性であるということだけは推測できていた。


つぶやきを文章という形で投稿することがメインのSNSで、偶然目にした1行に僕は興味を覚えた。



【どのみち人生というのは何を選択しても後悔ばかりなのかもしれないね】



穿った見方をする彼女の文章には、
どことなく哀愁が漂っているように感じられた。

他の投稿にも目を走らせたが、
感傷に浸り切っているような、
いわゆるメンヘラ投稿というものとは少し違って見えた。

ただ、なんとなく
彼女が並べた言葉たちの背景には、
ノスタルジーが透けているような気がした。


弱音やセンチメンタルとは違うそのなにかが、
スマホをスクロールする僕の手を止めたのかもしれなかった。


彼女はSNS上で【フィクション】というハンドルネームを使用していた。


僕は少し気になり、
彼女のアカウントをフォローした後にメッセージを送った。


初めのほうこそフィクションさんと呼んでいた僕だったが、
メッセージのやりとりが4日目となった今、
呼び名はフィクちゃんへと自然に移行していた。

これは僕の距離の詰め方が上手かったというよりは、
彼女の人を優しく受け止めてくれるような温かさがそうさせたように思えた。

その包容力に触れ、
彼女のことだけではなく、
僕自身のことについても少しずつ話すようになっていった。

自分のことを知って欲しいと思ったのかもしれない。


人間は、
自分のことを理解して欲しいと思う生き物であると何かの本で読んだことがある。

僕は多少変わり者であると思っていたのだが、
なるほど自分も例に漏れず、人からの理解を得たいと思う多数派な生き物だったのだ。
その事実にがっかりすると同時に、
少しの安心感を覚えた。


人と関わり関係が深くなるにつれて、
相手のことをもっと知りたい理解したいと思い、
同時に自分のことを理解してもらいたいと願う。

そうしてお互いの考えや価値観を共有してすり合わせ、より良い仲へ良い形へと発展していくのだろう。

どちらか一方が、
もうこの人には自分のことを理解されなくてもいいと思ったとき、きっとそれまでの関係は破綻するのかもしれない。

それなりに重みを帯びていたはずの言葉は、
その重量を失い、
空気を震わせるだけの振動となり、
最後にはその意味すらも、
霧のようになくなってしまうのだ。



僕はフィクちゃんからの返信文を眺めていた視線を、
スマホ画面の左上部に表示されている時刻へと移動させた。
午前1時過ぎ。
どちらかというと夜型の僕だが、
これまでの数日のやりとりから察するにどうやらフィクちゃんも夜型の人間のようだ。
もしかすると夜に仕事をしているのかもしれないなと考えながら改めて視線をメッセージの文章へと戻す。

どこか哀愁や切なさを感じられたフィクちゃんの投稿を見た時から思っていたことだが、
恐らく過去に何か、
人生の色を変えてしまうような重大な経験があったのではないだろうか。

そしてそれは、
『生きててよかった、そんな夜を探してる』というこのメッセージから察するに、
死んでしまいたい。
消えてしまいたい。
そんな日々を彼女が歩んだ経験からくる言葉なのではないか。
そしてそういった毎日が現在も継続している。
なにを聞いたというわけでもないが、僕にはそう思えて仕方がなかった。


最初は単純な興味だったのかもしれない。
一体、どんな重荷が彼女の言葉たちを形作っているのか。

そして次には、
彼女の為に自分が出来ることはないのだろうかと安易に考えた。
話を聞いてあげたいというのはおこがましくて、
もしかしたらいらぬお節介かもしれないとも思ったが、
それでも僕は行動に移し、
彼女にメッセージを送った。


僕がこういう風に他人のために何かをしようと思えるようになった根底には幼馴染の友人の言葉があった。



「困っている人がいたら助けるのは当たり前だろ?」



当時、学生だった僕にはその友人がとてもかっこよく見えた。
あれから季節は変わって、また変わって。
何年たったのだろうか。今年28歳の誕生日を迎える僕はずっとその言葉を大切にしていた。

友人にとっては当たり前の、
何気ない一言だったのかもしれない。
でも、そのたった一言が僕に影響を与えたのは間違いがなかった。

それからの僕は可能な範囲ではあるが、
困っている人や悩んでいる人を見かけると、手を差し伸べられるように心がけた。


しかし、僕がやっていることは偽善なのかもしれないと考えることが少なからずあった。
僕は自分に自信が持てない部分があったし、自分のことがあまり好きではなかった。
要するに自己肯定感が低いのだ。

傷つけ傷つけられて、裏切り裏切られて。
きっと日々を過ごしていく中で誰にでもそういったことはあるのかもしれない。

僕はそういった出来事に対して必要以上に自分を責める傾向があった。
これは、他人に責任転嫁をせず自らの過ちとして受け入れようと考える僕のポリシーからくるものかもしれなかった。
どうしても他責思考というものを格好が良いとは思えない。

結果、少しずつ僕は僕を嫌いになっていった。

それでも自分の一番身近な存在は、
家族でも友人でも恋人でもない。
まさに自分自身なのだ。

朝は同時に起床し、
歯磨きをしようと鏡を覗けば僕がいる。
会社へ出勤するのにも同じ運転席に乗り込み同じハンドルを握る。

とことんうんざりだった。
自分以外の他人であれば距離を置いたり関係を断つといった対応も出来るだろう。
だが、自分自身から離れることだけはどうやっても不可能だ。

じゃあねー。また来週。

そうやって自分を切り離せたらどれだけいいだろう。
ハサミでちょっきんと簡単に分断することができる紙切れ1枚にすら、わずかばかりの嫉妬を覚える。

もっとも身近な存在である自分自身のことを好きになれないという事実は僕にストレスや苦痛を与え続けた。

その辛さを緩和させたいが為に
自分を少しでも好きになれるようにと、
僕は人に優しく接したり、
なんとか救いの手を差し伸べられないかと思案したりしているのではないだろうか。

結局は他人の為ではなく自己の救済の為なのだ。
これを偽善と呼ばすしてなんと呼べというのだ。

人を助けた!僕はなんて優しいんでしょう!
そうやって悦に入って一人気持ち良くなっているだけに思えて仕方がない。
僕の優しさは、決して利他的なんかではないんだろうな。

ここまで思考を巡らせると自分が醜い生き物に思えてどうしようもなかった。

途端に吐き気を催したが、
吐瀉物が口から吐き出されるということはなく、ただえづくだけに終わった。
どこまでも自分は中途半端な生き物なのだなと心の中で自分を罵った。


やらない善よりやる偽善という有名な言葉がある。
確かに、下心や打算からの偽善だとしても、
相手にとってはそれが救いや支えになることがあるのもまた事実なのだろう。
拭えない気持ちの悪さを感じつつも、今はそれだけでもいいと思った。


しかし、
フィクちゃんと知り合って間もない現段階で、
こちらの方から何があったのか、
何を抱え込んでいるのか等といったことを聞こうとするのは少々憚られた。

軽い悩みを聞くくらいのことならそこまで忖度する必要もないのだろうが、どうもちょっとした悩みといった感じではなさそうな気がしていた。

逆に、身近で親しい間柄ではないからこそ自分の心情を話せるという場合もあるかもしれないと思ったが、
それを判断出来るのは僕ではないと思い直しすぐにその考えに蓋をした。
下手をすれば傷口にナイフを突き立てることになってしまうかもしれない。
いつかフィクちゃんが自分から話したいと思える日がくればいい。

彼女の話を聞くことで僕の中のなにかが変わるかもしれない。
彼女のことなど何も知りはしないのに、ただ漠然とそんな気がしていた。


そして、その日は思っていたよりもずっと早く訪れた。

いや、訪れさせてしまったという方が正確だろう。


僕は自分でも気付かないままナイフを握っていた。
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